オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

オペラで愛まSHOW!■番外編■香盛(こうもり)修平のたわけた一日~「祈り」そして「復興の力」~

サラリーマン、オペラ歌手?小説家?の

香盛(こうもり)修平です。

連載の他に「オペラ観劇して感激した!」といった話を不定期につぶやきます。題して「香盛(こうもり)修平のたわけた一日」
~「祈り」そして「復興の力」~

オペラで愛まSHOW!


■番外編■~「祈り」そして「復興の力」~

 2015年5月17日、石巻市河北総合センター(ビッグバン)にて「関西音楽人の力『集』石巻復興のちからIN石巻」と銘打ったコンサートが開催された。
 東日本大震災の年から関西のプロ・アマの垣根を越えて集まったメンバーが、毎年ザ・シンフォニーホールで復興支援コンサートを開催してきた。代表である指揮者井村誠貴氏が何度も被災地を訪れて強い思いで実現を望んでいた石巻でのコンサート開催に「関西音楽人の『集』」のメンバーが共感し、石巻の皆様とともに作り上げた奇跡のコンサートが実現した。
 関西からはオーケストラ、合唱、スタッフ合わせて200名を超えるメンバーが参加。石巻市民交響楽団、石巻合唱連盟、そして未来を担う地元の中学校吹奏楽部が演奏に加わった。
 私も合唱の一員として参加した。震災から月日は経過しているが、映像で何度も見た震災の記憶は想像を絶しており、未だ脳裏に焼き付いている。実際に石巻に行って演奏し、支援の気持ちをどこまで伝えることができるのか、不安で一杯だった。その不安は本番の舞台に並んだ時も私の全身を緊張させていた。
 第一曲、モーツァルト作曲アヴェ・ヴェルム・コルプス。過去に対しては「祈る」ことしかできない無力さ。だが、同時に石巻の人たちと音楽という共通の言語を持っていることに感謝した。ひたすら与えられた音符、歌詞をなぞる。声が自分の身体を離れて、ハーモニーとなって会場に降り注いでいくのが見えた。
 そこからは音楽に没頭した。涙を出せば声帯にはよくないと必死で我慢していたが、勝手に涙があふれてくる。石巻出身の佐々木克二氏がタクトを振られたフィンランディア。マエストロのこの曲に託した復興への想いを感じ、合唱の歌い出しのところで涙が完全に決壊した。
 一曲、一曲が心に刻み込まれた。目を輝かして大オーケストラと演奏していた中学生達の表情は忘れることができない。
 会場となった河北総合センターは、音楽に適した会場とは言えない。しかしある瞬間、音楽に呼応して響きが変化したように感じた。コンサートが終了し、地元の方々からの素晴らしいスピーチがあった。「瓦礫が取り除かれ、道が整備されてきた。だがハードが整備されるだけでは本当の復興とはならない。音楽が日常的に楽しめ、文化が育つ。その時初めて復興したと言える」このスピーチを聞きながら、私はコンサートの途中に突然響きが変わった瞬間を思い出した。このコンサートが一過性のものであって欲しくない。音楽専用のホールでなくても、そこに人が集い、音楽が溢れれば、何かが変わり前に進みだす力となる。
 関西音楽人のちから『集』のメンバーは早速動き出している。中学校の吹奏楽部メンバーとの約束をまもって石巻へ指導に行くもの、石巻の方々の声をメンバーに伝えるもの。それぞれが出来る範囲のことを一つ一つつないでいくことで、また石巻でコンサートができることを願っている。
 
 コンサートの翌日、女川町から仙台までの被災地を案内していただいた。海はきらきらと光り、空気も透き通っていた。しかし、その美しさと対照的に被災の傷跡そのままの光景が広がっていた。その場で手をあわすことしかできず言葉少なく今の被災地を目に焼き付けた。コンサートの後すぐにこの投稿を書こうと思っていたが、いろいろな想いが交錯し、しばらく書きだすことができずにいた。

 音楽や言葉という心を伝える手段を持っているということは、幸せなことだと何度も噛みしめながらこの投稿を書いている。コンサート会場に来ていただいた方は演奏をともにさせていただいた方は、お客様を含めて1,000人を超えた。しかし、まだコンサート会場に足を運ぶこともできない方々がたくさんおられる。復興はまだまだこれからであり、今回のコンサートは未来への第一歩をようやく踏み出したということだと思う。

 私はサラリーマンの傍ら歌を歌っている。今回のコンサートでも一日有給休暇をとって参加した。しかし、プロのメンバーは大変だ。演奏活動で生活をしていくことはなかなか難しいのが現状。一日仕事を休めば収入に直結する。そういうメンバーが自ら義援金を出し、自費で石巻まで駆けつける。これは言葉で言うのはたやすいが、復興への強い想い、音楽が伝えることのできる力を信じているからこそできる行動だと思う。私もできることを継続していきたいが、是非、この活動を多くの方に知っていただき、関西音楽人のちから『集』の活動を多くの方に支援いただきたい。

 阪神・淡路大震災の年、尼崎のアルカイックホールでヘネシーオペラシリーズ「セヴィリアの理髪師」が開催された。会場となった尼崎エリアはまだ被害が少なかったが、それでも開催にあたっては相当な葛藤があったに違いない。私自身も震災直後の混乱の中、オペラを聴くことにためらいがあった。また、休みがいつとれるのかわからない復旧作業に従事していたため、なけなしの小遣いで買ったチケットの存在さえ忘れかけていた。偶然にもその日に休みが巡ってきた、妻に背中を押されてほこりにまみれた作業服をその日だけは脱ぎ、ジャケット姿でアルカイックホールに向かった。
 小澤征爾マエストロがオーケストラピットに登場すると、万雷の拍手の後、一瞬の沈黙が訪れた。オーケストラも観客も震災直後のオペラをどう楽しんでいいのかためらっていることが感じられた。
 オペラの前に特別に用意されたのはバッハのアリア。オーケストラピットからの祈りの気持ちが会場に静かに響いた。
 弦楽器の美しい響きが会場に残り、誰もが自然と目を閉じ、祈りをささげた。
 その後、小澤マエストロは一瞬笑顔を観客に見せ、オーケストラの方に振り向くと力強くタクトを振りおろした。
 全身全霊をかけ、「セヴィリアの理髪師」という人間ドラマを底抜けに明るく演奏された。カーテンコールでは歌い手と手をつなぎ何度も最高の笑顔を見せ、ひと時震災復旧に追われる日常を忘れさせていただいた。あの時の抱いた感謝の気持ちと、音楽の素晴らしさは忘れない。

 石巻でのコンサートの打ち上げで、石巻合唱連盟の皆さんと話をした。抑圧され、閉じられていた扉が音楽の力で一気に解き放たれたように皆さん雄弁だった。返す言葉もないようなつらい話も、初めて会う関西から来た男にしていただいた。本当に大変思いをされてきたのだと心が痛かった。それでも音楽の話をする時には目が輝き会話がはずんだ。コンサートでは第一、四列が関西の合唱団、第二、第三列が石巻の合唱団という並びだったが、最後列のソプラノメンバーの声が、頭の上を束になって飛んでいく迫力に感動して、身体が震えたとおっしゃられていた。「いつか皆さんでまた石巻に来て、オペラを聴かせてくださいね」共通の夢が一つ生まれた。

関西音楽人のちから『集い』東日本大震災支援復興チャリティコンサート HP

コメントを残す

COMMENT ON FACEBOOK

Return Top
%d人のブロガーが「いいね」をつけました。