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名匠ゼッダが紡ぐ! 生きる悦びに満ちた《ランスヘの旅》公演

名匠ゼッダが紡ぐ! 生きる悦びに満ちた《ランスヘの旅》公演

日生劇場の《ランスヘの旅》公演に行ってまいりました。そこで出会ったのは東京の梅雨を吹き飛ばす爽やかさと輝きです。
ランスへの旅
会場の日生劇場は老舗らしい雰囲気のあるエントランス、エスカレーター等の使いやすさ、そして約1300席とのことで、上の階でも舞台に近く音がとても良いので、ロッシーニのようなオペラ上演には理想的だったと思います。客席もよく埋まっていて特に日曜日は一杯でした。

今回の上演の最大の聴きどころは何といっても指揮のアルベルト・ゼッダでした。ロッシーニの神様とも言われる御年87歳(!)のマエストロですが、ロッシーニを知り尽くした名匠の妙なる調べを堪能する事が出来ました。

オペラの舞台はナポレオンが失脚した後の、王政復古時代のフランス。国王シャルル10世がランスで戴冠するというので、パリ近郊の高級保養地に滞在しているヨーロッパ各国の貴族や上流階級の紳士淑女が戴冠式を見物に行こうとします。しかし馬が手配出来ず、出発しそこねた彼らは一夜の豪華な晩餐会を楽しむことになります。実際のシャルル10世の戴冠式の機会に書かれた作品で、パリのイタリア劇場のトップ歌手達が勢揃いして初演されただけあって(初日にはシャルル10世自身も臨席した)、数多い登場人物がそれぞれ時間は短いけれど華々しい見せ場を持つ『歌の競演』、といった作りになっています。ソリスト合計18名という大所帯なオペラです(今回の上演は17名)。

ゼッダがピットに登場すると大きな拍手が。指揮台が高いのでしょうか、上演中も指揮しているお姿が良く見えます。ロッシーニの音楽、なかでも《ランスヘの旅》の演奏には、軽やかさ、楽しさ、そしてポジティブなエネルギーが欠かせないと思うのですが、ゼッダ指揮の東京フィルハーモニーが紡ぎだす音楽にはその全てがありました。的確なテンポ、音楽を楽しむ姿勢、思い切った諧謔味などで、ロッシーニが書いた音楽がしっかり耳に届くのです。ふっとした音の緩め方などもまさに熟練の技。

今回の上演は初日キャストに変更があり、当日の配布物にお知らせの紙が入っていました。リーベンスコフ伯爵役に予定されていた曽我雄一が5日に歌うはずだった山本康寛に変更になるとのことでした。

何かが始まる!というワクワク感に溢れた序曲。静かな出だしから悦びが爆発するような音楽への変化が大好きです。松本重孝の演出はオペラが上演された19世紀初頭の設定で、ヨーロッパ各国を代表するセレブ達の衣裳も大きな魅力でした。台本に忠実なアプローチは、《ランスヘの旅》の20世紀蘇演がルカ・ロンコーニ演出の奇抜なものだったことを考えると、物語をきちっと描いて貴重だと思います。美術セットも美しく、後半の星空もロマンティックでした。

女中頭のマッダレーナ、続いてテルメの医師ドン・プルデンツィオ、「金の百合亭」の女主人コルテーゼ夫人が登場し、宿泊客達の出発の世話で忙しそうにしています。そこにファッションに命を賭けている若いフランス人、フォルヴィル伯爵夫人が登場します。最先端のモードなのでしょうか、ちょっと不思議なピンクの衣裳が華やかです。この役を歌った光岡暁恵はよく通るムラのない声で抜群のテクニックを持つコロラトゥーラ・ソプラノ。本人は大真面目なのに回りには滑稽に見えるという役を、見事なコメディエンヌぶりで演じながら超絶技巧のアリアを難なく歌い拍手喝采でした。からかうようなホルンの響きも最高です。このアリアで客席の温度がぐっと上がったように感じました。
ランスへの旅
音楽狂のドイツ人で皆のまとめ役のトロンボノク男爵は三浦克次。暖かみのある声ととぼけた味わいが秀逸です。続いてはポーランドの貴婦人、メリベーア侯爵夫人を巡っての恋の鞘当ての場面。ロシア人のリーベンスコフ伯爵とスペイン人のドン・アルヴァーロが火花を散らしあわや決闘、となる6重唱です。どのパートも音の跳躍が多く歌うのが難しそうな曲。リーベンスコフの山本はまだ若そうですが、容姿端麗、声の音色も美しく、情熱的な歌が魅力的でした。メリベーアの鳥木弥生は人目をひく美貌と品格のある歌唱でこの役にぴったり。ドン・アルヴァーロの牧野正人はベテランの味わい。骨董好きのイタリア人ドン・プロフォンド役の久保田真澄もバスの美音を響かせます。この重唱にも出て来る“ズン・パッパ・ズン・パッパ”というイタリア・オペラによくある単純な刻みの伴奏ですが、これが柔らかく演奏されてまさに耳福でした。
ランスへの旅
そこにバルコニーの上からハープの妙なる響きが。女流即興詩人コリンナが友愛の素晴らしさを歌い、下でそれを耳にした二人が決闘を思いとどまる場面です。ちなみに、ちょっとコミカルなキャラクターとして描かれることも多いコリンナですが、今回はコリンナがこのオペラの要であり、ヨーロッパの平和と兄弟愛を歌う詩人であることがはっきり分かる人物造形になっており納得出来ました。コリンナの歌はハープの伴奏のみによる曲ですが、佐藤美枝子はコロラトゥーラとフレージングの妙技を駆使した歌唱でディーヴァとしての貫禄を示しました。
ランスヘの旅
次は英国紳士シドニー卿がコリンナへの愛を歌う曲。美しいフルートのオブリガートで始まり、途中で花売り娘たちの合唱を挟んでの長大なアリアです。同じゼッダ指揮、松本演出で4月に大阪フェスティバルホールで《ランスへの旅》が上演された時にドン・プロフォンド役を歌った伊藤貴之ですが、こちらではシドニー卿を歌い、カンタービレと後半の技巧的な部分を巧みに歌い分け素晴らしかったです。ブラヴォーの声が飛び交い長い拍手が続きました。
ランスヘの旅
続くのはコリンナと、彼女に横恋慕する騎士ベルフィオーレの二重唱です。ベルフィオーレの小山陽二郎は輝かしい美声で自分勝手なラテン・ラヴァーを熱唱。でもコリンナは彼を軽くいなして立ち去ります。軽やかなピッツィカートも美しかったです。次はドン・プロフォンドの有名なアリア。各国の国旗が巻かれた旅行鞄が次々と運ばれて来ます。久保田のドン・プロフォンドは滑らかな早口言葉に味わいがありました。そしてついに第一部のクライマックスの十四重唱。馬が見つからず出発出来ない事を知った皆の「あ〜〜〜!」という叫びで始まり、ショックを受けて呆然としている重唱を経て、コルテーゼ夫人がパリにいる自分の夫からの手紙を持って駆け込んで来る中盤、そして手紙を読んだ後、ランスに行けないならパリに行こうと決めた皆の喜びの歌で終わるまで。途中で二人のソプラノによる高音合戦も含み、最後にはジグソーパズルがピッタリ合ったように、女声陣を中央にした横一列に並ぶ歌手達とオーケストラが、ロッシーニ・クレッシェンドで「今を生きる悦び」を歌いました。


休憩を挟んで第二部です。

本当は愛し合っているのに意地っ張りの二人、メリベーア侯爵夫人(ちなみに彼女の夫は結婚の当日、敵の急襲を受けて死亡したそうです。《ランスヘの旅》の台本における人物説明はやたらと細かいです!)とリーベンスコフ伯爵による官能的な二重唱。ゼッダの瑞々しいテンポに乗って鳥木、山本の二人が愛情あふれる歌を聴かせてくれました。
ランスヘの旅
翌日にパリ行きの駅馬車で出発する事にした皆は今夜は大宴会だ!と盛り上がります。お国自慢で各国の曲を歌うのですが、これは当時 動乱のヨーロッパで、それぞれの国の特徴を認め合いながら平和を目指して一つになろう、という願いを表しているのだと思います。今回の舞台でも歌う人の国旗が次々に登場して華を添えました。そして最後にやはりコリンナが皆に頼まれ、即興詩を歌います。舞台上手にハープが置かれますが、このハープ奏者の赤いマントをつけたギリシャ風衣裳がとても素敵でした!演奏も良かったです。第一部の友愛を求める歌に対し、こちらは「黄金の百合」(ブルボン朝のシンボル)の心地よい陰のもとでシャルル王の治世は何百年もの幸せを我らにもたらすだろう、という国王賛歌です。

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佐藤コリンナは堂々とした歌唱で平和への道を示してくれました。歴史が物語る通り、シャルル10世の治世はたった6年間しか続きませんでした。しかしフランス国王が作らせた《ランスヘの旅》の素晴らしい上演を、ゼッダのこの上なく若々しい指揮で聴いていると、このオペラの音楽がもたらす幸せは何百年たっても健在なのだと感慨深かったです。

最後になりましたがその他の役を歌った歌手達、そして合唱もよくまとまり演技もスムースで楽しかったです。また、レチタティーヴォを支えるフォルテピアノの小谷彩子が、音楽的にもお芝居の一部としても実に巧みな演奏でこの上演に大きく貢献していた事も書いておきたいと思います。

翌日の7月4日も名歌手が数多く出演し良い公演でした。特にコリンナ役の砂川涼子の女らしさ溢れる名唱、フォルヴィル伯爵夫人役の清水理恵の華やかさ、メリベーア侯爵夫人役の向野由美子の美声、ベルフィオーレ役の中井亮一のベルカントの卓越した歌唱、ドン・プロフォンド役の安東玄人のコミカルな演唱、スマートなトロンボノク男爵役を歌った森口賢二、輝かしい声で魅了したドン・アルヴァーロ役の谷友博など聴きごたえがありました。

(所見:7月3、4、5日)※写真は全て7月3/5日キャストのもの

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photograph by Naoko Nagasawa


《ランスヘの旅》

(字幕付き原語上演)
ジョアキーノ・ロッシーニ作曲
ルイージ・バローキ台本2015年

7月3日(金)18時30分開演
7月4日(土)14時開演
7月5日(日)14時開演

日生劇場

《共同制作公演》
藤原歌劇団×日生劇場×東京フィルハーモニー交響楽団×フェスティバルホール×ザ・カレッジ・オペラハウス

<ニュープロダクション>

指揮:アルベルト・ゼッダ
演出:松本重孝

コリンナ(ローマの女流即興詩人):佐藤美枝子(7/3・5) 砂川涼子(7/4)
メリベーア侯爵夫人(ポーランドの未亡人):鳥木弥生(7/3・5) 向野由美子(7/4)
フォルヴィル伯爵夫人(ファッションに夢中なフランスの未亡人):光岡暁恵(7/3・5) 清水理恵(7/4)
コルテーゼ夫人(温泉宿の女主人):清水知子(7/3・5) 平野雅世(7/4)
騎士ベルフィオーレ(フランスの若き士官で色男):小山陽二郎(7/3・5) 中井亮一(7/4)
リーベンスコフ伯爵(メリベーア侯爵夫人に恋するロシアの将軍):山本康寛(7/3・5) 岡坂弘毅(7/4)
シドニー卿(コリンナに恋心を抱くイギリスの陸軍大佐):伊藤貴之(7/3・5) 東原貞彦(7/4)
ドン・プロフォンド(骨董マニアの文学者):久保田真澄(7/3・5) 安東玄人(7/4)
トロンボノク男爵(音楽を愛するドイツの陸軍少佐):三浦克次(7/3・5) 森口賢二(7/4)
ドン・アルバロ(メリベーア侯爵夫人を恋い慕うスペインの提督):牧野正人(7/3・5) 谷友博(7/4)
ドン・プルデンツィオ(温泉宿の医者):柿沼伸美(7/3・5) 押川浩士(7/4)
ドン・ルイジーノ(フォルヴィル伯爵夫人のいとこ):真野郁夫(7/3・5) 所谷直生(7/4)
デリア(コリンナが面倒をみている孤児):山口佳子(7/3・5) 宮本彩音(7/4)
マッダレーナ(温泉宿の女中頭):河野めぐみ(7/3・5) 松浦麗(7/4)
モデスティーナ(フォルヴィル伯爵夫人のお手伝い):但馬由香(7/3・5) 楠野麻衣(7/4)
ゼフィリーノ(使者):藤原海考(7/3・5) 井出司(7/4)
アントーニオ(温泉宿の執事):立花敏弘(7/3・5) 清水良一(7/4)

合唱:藤原歌劇団合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
フォルテピアノ:小谷彩子
合唱指揮・副指揮:安部克彦

指揮補:園田隆一郎
美術:荒田良
衣裳:前岡直子
照明:服部基

字幕:松本重孝

舞台監督:菅原多敢弘

公演監督:折江忠道

制作:公益財団法人日本オペラ振興会

主催:公益財団法人日本オペラ振興会(藤原歌劇団)、公益財団法人ニッセイ文化振興財団、東京フィルハーモニー交響楽団、朝日新聞、朝日新聞文化財団、フェスティバルホール、大阪音楽大学ザ・カレッジ・オペラハウス


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COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 3 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. By 川面 ふさ子

    圧巻につきますね‼

    • By オペラ・エクスプレス

      川面様、コメントありがとうございます。
      ゼッダ先生のランス、圧巻ですね♪堪能致しました。

  2. 美しい写真。写真家の御名前を見たら長澤直子様、やっぱりと納得。碧千塚子

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