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坂下忠弘 ファースト・アルバム「HEROISM」発売記念インタビュー

バリトン歌手「ヒロ」こと坂下忠弘さんのファースト・アルバムがオクタヴィア・レコードから発売になりました。アルバム・タイトルは「ヒロイズム」。ボーカル・グループLa Dillの活動や、フランス歌曲等で高い評価を得ている坂下さんですが、今回は自分らしさをもった曲を集めたMy Favoritesな一枚が出来上がったということです。坂下さんのアルバムへの思いを伺ってきました。
Tadahiro Sakashita HEROISM
Q: 「ヒロイズム」発表、おめでとうございます。

A: ありがとうございます。

Q: とても自然なアルバムというか、坂下さんのお声がすごくナチュラルな美声なのがまず印象的でした。

A: それはどうもありがとうございます。自分の声については、以前は弱点、というか欠点のように感じていたんです。東京二期会の研究生だった頃ですが、周りを見ても本当にいい声の方や声量のある方が多勢いて。でもその頃、短かったけれどもオランダに勉強に行く機会を得まして、チェコ出身の先生に毎日レッスンを受けたんですね。そうしたらその先生が、声をそんなに作らなくていいんだとおっしゃるんです。歳を取れば声も変化していくし、今 自分に合ったものを歌いなさい、ナチュラルにやりなさい、と言われました。そこから発声の感じもだいぶ変わりました。

Q: アルバムが出来上がって、今の思いはいかがですか?

A: 昨年La Dillのメンバーとしてクラウンレコードに収録したCDの時もそうでしたが、リリースされてもなかなか実感がないんです。周りの方が言ってくださって徐々にですね… 今回はオクタヴィア・レコードさんがプロモーションなど色々と協力してくださるので、そういう機会にやっと実感がわいて来ています。

Q: これは坂下さん個人としてはファースト・アルバムなわけですが、誰にどういう時に聴いてほしいと思っていますか?

A: 聴いた時に元気をくれる歌は結構あると思うんですけれども、ちょっと寂しい時や辛い事があった時にそういう気持ちを発散させて、聴いて独りで泣けるような…静かに心に届くアルバムになったらいいな、と思って作りました。夜や、疲れている時や…寝る前などに。割と静かな曲が多いので。

Q: ライナーノーツに「癒し」という言葉がありましたけれど、それは特に考えた事なんでしょうか?


A: 考えましたね。ただ、「癒し」って言っても難しいですよね。僕自身が歌で発散するのではなくて、聴いている人が自分の気持ちをふわぁって出してくれるような歌を歌いたい、という風にずっと思っているんです。そういう気持ちになってもらえたら本当の「癒し」になるのではないかと。押し付けるのではなくて、ふっと自然な感じにそうなって頂けたらいいな、と思っているんですけれども。

Q: 選曲や全体の構成に坂下さんの個性が反映しているのではと思いました。まずタイトルはどうやってつけたんですか?

A: 曲が様々なのでタイトルは困りました。「ヒロイズム(HEROISM)」、というのはまあ、「自分らしさ」みたいな意味を込めてつけたんです。このアルバムのレコーディング・ディレクターは中田基彦さんという方で、中田さんとはもう十何年前からのお付き合いで、僕の歌を本当に良く知ってくださっている方なんです。準備段階から一緒に考えていったんですけれどもタイトルについては決まらないまま何ヶ月もたってしまいました。でも、ある時に「ああ、これはどう?」、「いいですね、簡単だし覚えやすいし」って。最後にはぴったりのタイトルが見つかったと思っています。曲は40曲くらい集めた中から、15曲にしぼりました。

Q: それぞれ全然違いますが、共通するムードもある気がします。

A: 曲のつなぎが本当に難しくて。以前、波多野睦美さんのCDを聴いた時に、色々な曲が混ざって入っていたんですね。でも違和感がなく最後まですっと聴けたんです。言語や作曲家で集めるのではなく、お互いがなじむような曲を集めたCDって素敵だなと思って。すっと聴けるような…

Q: 最初の曲「わが愛は真紅の薔薇のように」はスコットランド民謡ですね。

A: 大好きな曲です。ロバート・バーンズの詩で作曲者は分かっていません。あまり聞かない曲ですが、とてもいいので一曲目に持ってきました。

Q: プーランクはよく歌われるようですが、どこがお好きですか?

A: すごく歌いますね。そうですね、どこが好きかと言えば…やっぱり、洒落ていますよね。軽いだけではなく、明るくてイタリア的な所もあります。明るく笑い飛ばす、というか。

Q: きらめきがありますよね。このアルバムの中でも一番華やかな曲がプーランクですね?

A: 「美しき青春」ですね。歌詞はくだらないですけれども(笑)。でもそれがいいんですよね。プーランクの「美しき青春」と「セレナーデ」は〈陽気な歌〉という曲集に入っている最後から二番目と最後の曲なんです。ですからその流れは変えずに並べました。本当は全部歌いたかったんですけれども、欲張りすぎると大変な事になってしまうので。候補曲を書き出してみた時にフランスの曲はたくさんあって100曲くらい出て来てしまって。また何かの機会があったらフランスの歌曲集のような形でだせたらいいなとは思っています。

Q: ピアニストの江澤隆行さんも素晴らしいですね。フランスものは特に良く合うというか、音の表現にもエスプリがありますね。

A: はい。やはり歌詞がよく分かっていらっしゃるので寄り添ってくれますね。ああいう方は珍しいと思います。とても信頼しているピアニストです。

Q:歌曲は一体というか、ピアニストと一緒に作り上げていくものですものね。

A: 実は、僕のピアノを弾くのは結構、複雑で難しいらしんです。ここの音は長く、とかすごく細かいんです。細か過ぎて「もう誰も弾いてくれないよ」とか、「本当にこんなに細かい人、見た事ない」とか言われることも…(笑) この言葉はテンポで行きたくない、とか色々考えがあるんです。ぶつかったり、喧嘩もします。

Q: そこが醍醐味というか?

A: すごく楽しいです。僕は全然疲れないんですけれども、向こうはちょっと疲れている、みたいな(笑)。主張が強いんですよね。親しくならないと何も言えないんですけれども(笑)、気を許した方には、あ〜、やっぱりあれも、これも言わないとって。結局全部言ってしまう。

Q: そういう意味でも自己主張が強いフランスの曲がお好きなのかも知れないですね(笑)。

A: そうかも知れないです(笑)。

Q:後半は日本の歌です。ここでも選曲がいいですね。中田喜直の「カーネーションに寄せて」は聴いた事がありませんでしたがとても印象深い歌です。

A: この曲を知っている人は少ないと思います。すごく好きな曲なんです。毎年、五月に〈水芭蕉コンサート〉という演奏会に出演させて頂くんですが、母の日に近いということでこの曲を皆で歌うんです。素朴ですよね。(中田喜直の曲を)入れたのは二曲でしたが本当に迷ったんです。今回は有名な曲というよりは初めて聴いて、押し付けがましい感じではなく、メロディーが簡単にすーっと入ってくるような曲を選びました。二曲目の「悲しくなったときは」は結構重い曲なので…

Q: そして最後に「花は咲く」ですね。それまでの流れの中でちょっと不思議ですが違和感は無いですね。あ、ここで終わるんだという納得がいきました。

A: 「悲しくなったときは」と同じ深い哀しみがきっと「花は咲く」にもあって、その哀しみの向こう側に、今は人をただ思い出してそして花は咲く、という風に自分の中では思って歌っています。

Q: 歌は色々な表現が可能ですね。

A: はい。無限大に…このCDを作ってまた、こういう曲も歌いたいな、こういうのも、こういうのも…というのが増えてしまったので困っています(笑)。

Q: これからも坂下さんらしいアプローチでたくさんの歌の魅力を紹介して頂けたら嬉しいです。

A: 歌に対する姿勢が昔とはまったく変わりました。やはり、ヨーロッパに行った時に色々な方の歌を聴く機会があって、自分に無いものを表現しようといくら勉強しても仕方がない、自分自身にあるものを出そう、と思った事が大きいです。さきほど言ったチェコの先生もそうですが、特にジュリアード音楽院の名誉教授をされているロレーヌ・ヌバール、ジェシー・ノーマンを育てた先生でもありますが、その方に「あなたの声は独特な感性を持っているから、オペラにこだわらず色々なものを歌いなさい」と言って頂いたんです。「音楽というのは無限大で、全然縛られることはないんだから」と。音楽の勉強に行っていた身としては、その時はちょっとショックでした。オペラ歌手になろうと思っていたのにそこから外されちゃった、みたいな感じで。

でも今 考えると、すごくいい事を言って頂いたな、と思います。例えば、以前の僕だったらLa Dillみたいなお話を頂いた時に断っていたかも知れないです。自分の中にこだわりがありましたから。今はもう全然ないですけれど(笑)。「何でも合うわよ、ロックだって何だって音楽は音楽なんだから」って言われて、ああ、そうだよなぁって。

Q: これからはどういう歌を歌って行きたいですか?

A: どう進んで行くか分からないですね。色々お仕事も頂いていて、きちんとそれを一つ一つやっていきたいです。性格としてあまりたくさんの事を一緒に出来ないので、一つ一つ真面目にやっていれば自然に結果が出てくるんじゃないかと思います。オペラも歌いますよ。来年の一月にはサントリーホールの〈成人の日コンサート〉で《カルメン》のエスカミーリョを歌います。エスカミーリョはずっとやりたかった役なんです。僕はオペラの役でやりたかったのがドン・ジョヴァンニとエスカミーリョとヴォツェックなので。

Q: ヴォツェックもですか!?

A: ああいう役は凄く魅力的ですよね。エキセントリックな役をやってみたいんです。それからコルンゴルトの《死の都》に出て来るフリッツ、道化師に扮した男の役ですが、とても素敵な役で好きなんです。ヨーロッパに行った時にはコンサートなどであの曲を歌う事が多かったので、日本でもいつか歌ってみたいですね。

Q: 大変興味深いです。まずはエスカミーリョがとても楽しみですね。様々なジャンルの歌を歌う傍ら、オペラにもたくさんご出演頂けたら嬉しいです。今日はお話をどうもありがとうございました。

インタビュー・文:井内美香  / photo: Naoko Nagasawa


◆アルバム詳細◆
耳とこころを揺さぶる、柔らかい歌声。坂下忠弘デビュー!
jacket

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