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愛のチカラが全能の神を変容させる神話〜《ダナエの愛》

愛が人間を変容させるだけでなく、人間の愛のチカラを目の当たりにした神をも変容させるというドラマ「ダナエの愛」。次に引用したのは大詰め近くでダナエが全能の神ユピテルに向かって歌う感動的な歌詞です。

O wende dich nicht, gütiger Fremder, ohne ein Geschenk.
Sieh, die Spange! In des Haares Tiefe barg sie sich heimlich.
Nimm den Gold von mir, von Danae!
Denn zum Glück wurde des Mächtigen Fluch!
Betrachtend die Spange, gedenke der Spender,
der Glücklichen beider, die seine Liebe vereint.
Gedenke Danaes: Dankbar preist sie der Götter Fügung,
die aus der Nächte Dunkel zu der Liebe Licht sie geführt.

おお、行かないで、善良な旅人よ、おみやげもお持ちにならないで。
ごらんくださいこの櫛(くし)を。ひっそりとこの髪の奥深くにあった櫛を。
ダナエがお贈りする黄金をお持ちください!
そうすれば恐ろしい呪いは幸せに変わるでしょうから!
この櫛を見たら贈り主のことを思い出してください、
幸せな二人のことを、愛で結ばれた二人のことを。
感謝の気持ちで神の摂理を讃えるダナエのことを。
神の摂理が夜の暗闇から愛の光へとダナエを導いてくださったのです。
(ヨーゼフ・グレゴール台本「ダナエの愛」第3幕より・筆者訳)


「ダナエの愛」はリヒャルト・シュトラウスの最後から二番目のオペラです。1944年ザルツブルク音楽祭での初演に向けて稽古が進んでいましたが、同年6月の連合軍ノルマンディー上陸に伴う戦況悪化や7月のヒトラー暗殺未遂事件を受けて音楽祭自体が直前に中止となり、ゲネプロだけが行われました。シュトラウスはゲネプロの上演に痛く感動し、「西欧文明が終焉を迎えました。私たちは難しい時代を生きていますが、きっとよりよい世界で再会できることでしょう。」と出演者に別れを告げたそうです。この時とほぼ同じメンバーによって1952年のザルツブルク音楽祭で正式な初演が行われました。初演は録音され、そのたいへん立派な演奏は今もCDで聴くことができます。その後数十年間この作品の上演回数はきわめて少なく、作品の美しさにふさわしい正当な扱いを受けて来ませんでしたが、近年その価値が見直され、世界のメジャーなオペラハウスで上演される機会が増えています。

レンブラント:ダナエ (Danae) 1636-1640年頃

レンブラント:ダナエ (Danae) 1636-1640年頃
ユピテルの到来に驚きながらも喜び受け入れるダナエ

主な登場人物は3人。エオス王国の王女ダナエ、リディア王ミダス(実は貧しいロバ引き)、そして神々の長ユピテルです。ユピテルは嫉妬深い妻ユーノーの目を逃れて様々な女たちと浮気を楽しむために自由に姿を変える能力を持っています。これまでにもレーダを口説くために白鳥に姿を変え、ゼメーレを口説くために雷雲に姿を変え、アルクメーネーを口説くためにその夫アンピトリュオンに姿を変え、オイローパを口説くために牡牛に姿を変えました。(このあたりのエピソードは「ばらの騎士」第一幕でもオックス男爵が自分をユピテルになぞらえて語っていますね。)そして今度はエオス王国の美しい王女ダナエを口説こうと美男子の貧しいロバ引きであるミダスの姿を借ります。ユピテルはミダスに対して触るものすべてを黄金に変える魔力を与えるのと引き換えに、ミダスはユピテルの指示に従っていつでもお互いの姿を取り替えるという契約を交わします。この能力を得たミダスはたちまち巨万の富を築き上げリディアの王となります。ここからオペラが始まります。舞台はギリシャの島国エオス王国の王宮です。あらすじを紹介しましょう。


《第1幕》
王国破産の危機に瀕し債権者に追われるポルックス王は、美しい王女ダナエの夫としてリディア王ミダスを迎えるために4人の姪たち(レーダ、ゼメーレ、アルクメーネー、オイローパ)を遣わしたことを債権者たちに説明し、ミダス王が債務を返済してくれるので数日間猶予してくれるようにと懇願。夜、ダナエは黄金の雨を浴びる夢を見る。夜明けとともに快活な行進曲が聞こえ、ポルックス王の姪たちが帰ってくる。ダナエは黄金をもたらす求婚者を待ちわびる気持ちを歌う。やがてミダス王の船が到着。ミダス王がダナエの肖像に触れると黄金に変わったことが告げられる。ダナエは昨晩の黄金の夢に見たのはミダス王のことだったと歌う。ダナエのもとにミダス王の従者(実はユピテルの指示で変装したミダス自身)が求婚の使者として現れる。ミダスはひと目でダナエに惹かれるがユピテルとの約束を思い出し行動を自重する。しかし気持ちを抑えきれず、ミダス王はやがてあなたに飽きて別の女を求めるだろう、その時は私(従者)があなたに愛を捧げると予言する。ダナエも使者に変装したミダスに不思議な魅力を感じ、目の前の従者への恋心と黄金への執着との間で揺れ動く気持ちを歌う。ミダス王に変装したユピテルが王宮に現れ、一同の歓迎を受ける荘厳な音楽の中、幕となる。

《第2幕》
ダナエの寝室。婚礼の準備をするポルックス王の4人の姪たち。ミダスに変装したユピテルが現れる。彼女らはかつてユピテルとかりそめの関係を結んだが捨てられ、まだユピテルに未練を残しているので、変装したユピテルの正体がわかり、ダナエへの嫉妬を歌う。ミダス本人が登場。ユピテルは(ダナエの夢の中で)黄金の雨となってダナエに触れた時の感触を思い出し、今夜こそ抱きしめたいが、ダナエは過去の女と違って心を閉じたままで、自分が船から降りた時も自分の姿ではなく従者に変装したミダスの姿を探していたと不満を歌う。ミダスの挙動からミダスがダナエに惹かれ始めたことを悟ったユピテルはミダスに対して、黄金を取るのか乙女の心を取るのか選択を迫り、ミダスが手に触れるものは黄金に変わってしまうという契約を再度念押しする。ダナエが新婚の寝室に入ってくる。ミダス本人と二人きりになると、ダナエはミダスに素性を問い、あなたは実はあの求婚の使者なのでしょうと問い詰め、何が真実なのか教えてほしいとミダスに迫る。ミダスは真実を告げ、ダナエがミダスを選べばダナエがあれほど憧れていた黄金をすべて失うこと、ミダスがダナエに触れればダナエも動かぬ黄金になってしまうことを知らせるが、ダナエはあなたの思うままにとミダスの抱擁を促す。ミダスが意を決してダナエを抱擁するとダナエは黄金の像に変わってしまう。ミダスがユピテルの悪巧みを呪うと、ユピテルは二人のうちどちらを愛するのか、ダナエに選ばせようという。ダナエはミダスを選び、黄金の夢に別れを告げる。ユピテルは、黄金の神殿がおまえを迎えようとしていたのに、ミダスを選んだお前にはみじめな貧しい人間の運命が待っていると捨て台詞を吐く。

《第3幕》
シリアの砂漠。ミダスは元通り、貧しいロバ引きとなってダナエと困窮のうちに暮らしている。ミダスはかつてユピテルと契約を交わしたこと、ダナエの姿を見て黄金の力を捨てる決心をしたこと、富を失ったがダナエの愛を得たことを語る。ダナエは求婚の使者としてミダスが変装した従者が現れた時、ミダス王の黄金の力ではなく、従者の清らかな眼差しに心を動かされたことを語る。二人はともに選んだ運命に祝福あれと二重唱を歌い上げる。場面変わってユピテルと従者メルクリウスが登場。メルクリウスが、オリンポスではユピテルの愚行が妻ユーノーをはじめ神々の笑いの種になっていることを語る。かつて変身したユピテルとかりそめの関係を交わしたレーダ、ゼメーレ、アルクメーネー、オイローパが現れ、ユピテルの不実な愛をなじる。ダナエの父ポルックス王とその債権者たちが押しかけ、ダナエを奪ったペテン師は実は貧しいロバ引きだった、弁償しろと騒ぎ立てると、メルクリウスが黄金の雨を降らせて彼らを追い散らす。ユピテルが舞台に残り、金のない人間の幸せなど見たことがなかったが、ダナエはこの年寄りの金持ちを選ばなかった、ミダスとともに貧困の生活をするダナエにはこの世界はどんなふうに明るく輝いているのだろうと独白する。この後、美しい間奏曲が続く。ユピテルの諦観を表現するものなのだろうか。ダナエが一人でミダスの小屋にいる。貧しいミダスの小屋がダナエの王国、かつて黄金の夢を見させて私に近づこうとした異邦人がいたが、ミダスが私に寡欲な中の希望と愛を与えてくれたとミダスへの愛を歌う。ユピテルが登場するがダナエはそれが誰だか分からず、見知らぬ旅人と思い、ロバ引きミダスの水で喉を癒やしてくださいと水をすすめる。ユピテルは神々の最高位にある私がおまえに祝福を与えるから望みを申せとダナエにたずねるが、ダナエは貧しく質素に暮らすミダスの心に祝福を与えてくださいと答え、貧しい暮らしの中でも夫を愛していることを伝える。ユピテルは、不死の神にすら入り込むことができない二人の愛に感動し、創造主である自分が創造物である人間に近づき、人間の幸福を実現したいと願う心持ちを歌う。ダナエは自分の髪から櫛を抜き、せめてものおみやげとユピテルに差し出し、愛で結ばれた幸せな二人を思い出してくださいと愛の力を試す試練を与えてくれた神への感謝を述べ、ミダスの名を叫ぶと幕が降りる。

クリムト:ダナエ (Danae) 1907-1908年頃

クリムト:ダナエ (Danae) 1907-1908年頃
ダナエの両脚の間に流れるのは、ゼウスの象徴である黄金の雨


一言でまとめると、愛の力がお金の力に勝った、真実の愛バンザイということなんですが、これでは物語に深みがありませんよね。そこで冒頭に引用した幕切れでのダナエとユピテルのダイアローグをもう一度見てみましょう。

ダナエはミダスと自身に与えられた愛の力の真実を問う試練すらも愛の力を確信させてくれた「神の摂理」と感謝の気持ちで受け止め、黄金が象徴する富や力への執着から解放され、神たるユピテルへの施しとしてなけなしの財産である櫛を贈る、つまりダナエは富への執着を捨てただけでなく、貧しい中でも与えること、施すことの喜びさえも自分のものにしたのです。ダナエの愛のチカラの大きさに感動したユピテルは神々の長たる自らの無力さを知るのです。神であり創造主である自分の創造物であり、自分が自由に支配できるはずの人間が、創造主ですら想像できなかったような強い力を見せたことに感動するのです。人間であるダナエとミダスにとって「最後に愛は勝つ」というJPOPの歌詞にもあるテーゼ(命題)は自明に真(True)であり、それだけではドラマとして安っぽい。このドラマでいちばん大きな変容は、人間の愛のチカラが神を変容させたことであると筆者は思います。ある意味、ブリュンヒルデの愛の力と自己犠牲で神々の罪が贖われ、安心してヴァルハラ城とともに炎上して果てるヴォータンの最後の諦観と通じるものがあるのではないでしょうか。

シュトラウスが生きた時代(1864-1949)は、大小の領邦国家が分裂していたドイツが普仏戦争を経て国民国家として統一を成し遂げ(1870)、急速な産業革命を成功させて工業生産力を高め、英仏を凌ぐ欧州最大の経済大国にのし上がり、力による欧州覇権を夢見たものの、第二次世界大戦で完膚なきまでに叩きのめされ、営々と築き上げてきた国富を失い、人々が明日を生きるための道標として「力」に変わる新たなモチベーションを探そうとしていた激動の歴史にちょうど重なっています。「ダナエの愛」が初演を迎えようとしていた1944年8月。その直前には連合軍がノルマンディ上陸を果たし、ドイツ占領下のパリ解放は目前、東部戦線でもレニングラード包囲網を突破したソ連軍の進撃で6月にはドイツ中央軍集団が壊滅しました。「ダナエの愛」初演は中止。シュトラウスにとってはまさに「文明の終焉」であり、劇場生活への永遠の決別も覚悟する状況だったでしょう。ドイツ人だれもがユピテルの全能性のごとくに信じて疑わなかったドイツ帝国が崩壊しようとしている状況で、人間の愛の力が神をも動かすことを歌い上げたこのオペラの楽観性と未来を信じる世界観はシュトラウス自身にとって、またゲネプロを目撃した幸運な人々にとって、どんなに胸に沁み入るものだったでしょうか。

レヴィ=ストロースが説くように神話の本質がその普遍性にあるとすれば、すなわち物語の具体的な状況や登場人物の設定を越えて、その物語が伝えようとする真実が様々な時代や状況で真実であり続けることが神話の本質であるとすれば、ユピテルに象徴される人間の力を超える全能性を持つ何らかの暗い力がダナエとミダスの関係に象徴される人智や愛の力で覆されることを信じるというこの物語の楽観的なメッセージは、シュトラウスが「よりよい世界で再会しましょう」と語ったあの時代においてはまさに神話であり得たでしょうし、21世紀を生きる私たちにとっても神話であり続けていると私は信じたいと思います。

(かまたひろたか)

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