オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

年柄年中オペラ漬け。<オペラ暦>2016年2月—新井巌(あらいいわお)

オペラ暦2

【目次】

【2月1日】プッチーニにとって、この日は幸運の日

●1893年、この日はイタリアのオペラ作曲家プッチーニ(ジャコモ・1858-1924)にとって、忘れられない日となったはずです。第3作目にして初めて成功作となった『マノン・レスコー』が、トリノ・レッジョ劇場で初演されたのがこの日。しかも3年後の同じ日、今度は『ラ・ボエーム』が同じ劇場で初演され、大成功を収めました。この時は、若きトスカニーニ(アルトゥーロ・1867-1957)が指揮をとり、それ以後、『西部の娘』『トゥーランドット』などの初演も手がけています。
●1818年、イタリアの作曲家ガッザニーガ(ジュゼッペ・1743-)が、クレーマで亡くなっています。彼の代表作である『石の客またはドン・ジョヴァンニ・テノーリオ』が、モーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・1756−91)と同じ年に、サン・モイゼ劇場で上演されています。
●1874年、オーストリアの詩人・作家ホフマンスタール(フーゴ・フォン・-1929)がウィーンで生まれています。彼は若くして才能を発揮し、のちにドイツの作曲家シュトラウス(リヒャルト・1864-1949)の盟友となり、『ばらの騎士』をはじめシュトラウス・オペラの多くの台本を書いています。
●1879年、オーストリアの作曲家スッペ(フランツ・フォン・1819-95)の喜歌劇『ボッカッチョ』がウィーンのカール劇場で初演されています。このオペレッタは、日本では浅草オペラで「恋はやさし」の歌で一躍有名になりました。
●1930年、シェーベルク(アーノルト・1874-1951)の『今日から明日へ』が、フランクフルト歌劇場で初演されています。
●1922年、戦後カラスと人気を二分した名ソプラノ、テバルディ(レナータ・-2004)がペーザロで生まれています。その豊かな響きと柔らかなフレージングは、正統的なソプラノ・リリコ・スピントとして、ヴェルディ、プッチーニからヴェリズモ作品まで幅広いレパートリーを誇っていました。日本へは、61年にイタリア歌劇団の一員として初来日。デル・モナコ(マリオ・1915-82)と共演した『アンドレア・シェニエ』のマッダレーダの名唱は筆者にとって忘れられないものでした。
●2007年、イタリアの作曲家メノッティ(ジャン・カルロ•1911—)が、モンテカルロで亡くなっています。若き日にトスカニーニの勧めでアメリカへ渡り、そこで多くのオペラを書いて成功しました。


【2月2日】この日は、古今の名歌手たちの記念日

●1900年、シャルパンティエ(ギュスターヴ・1860-1956)の『ルイーズ』がパリのオペラ・コミック座で初演されています。ヴェリズモ・オペラのフランス版として今なお人気のオペラです。
●1785年、ロッシーニ(ジョアッキーノ・1792-1868)の多くの作品の初演で主役を務め、後に妻にもなったスペインの伝説的なソプラノ歌手コルブラン(イザベラ・-1845)がマドリードで生まれています。ロッシーニの多くのオペラ・セリアは、彼女のために書き下ろされたのです。
●1901年、日本にも馴染みの深いドイツのバリトン、ヒュッシュ(ゲルハルト・-1984)がハノーファーで生まれています。1930年のバイロイトでは、トスカニーニ(アルトゥーロ・1867-1957)指揮の『タンホイザー』でヴォルフラムを歌って大成功を収めました。戦後は、日本の音楽大学でも教鞭をとり多くの歌手を育てています。
●1918年、ウィーンの名花デラ=カーザ(リーザ・-2012)が、スイスのブルクドルフで生まれています。彼女は『ばらの騎士』では、元帥夫人、オクタヴィアン、ゾフィーと3役をこなしたと言います。カラヤン(ヘルベルト・フォン・1908-89)指揮の映像版では、なぜか彼女の持ち役だった元帥夫人役をシュヴァルツコップ(エリーザベト・1915-2006)に奪われるという屈辱を味わったのです。またアラベッラからドンナ・アンナ、伯爵夫人など、多くの役でその美貌と気品のある歌声で魅了しました。
●1929年、オーストリアのテノール、クメント(ヴァルデマール・-2015)がウィーンで生まれています。1月の本欄では書き忘れましたが、2015年1月21日にウィーンで亡くなっていました。
●1969年、METで活躍したイタリアのテノール、マルティネッリ(ジョヴァンニ・1885−)がニューヨークで亡くなっています。
●2014年、日本でもおなじみの指揮者アルブレヒト(ゲルト・1935-)が、ベルリンで亡くなっています。


【2月3日】懐かしいオペラの巨匠セラフィン

●1809年には、創作したオペラはほとんど未完に終わっていますが、メンデスゾーン=バルトルディ(フェリックス・-1847)が、ハンブルクで生まれています。
●1823年、ロッシーニ(ジョアキーノ・1792−1868)のオペラ・セリア『セミラーミデ』が、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演されました。
●1904年、十二音音楽でオペラ『ウリッセ』などを作曲したダッラピッコラ(ルイージ・-1975)が、ピジーノ(現クロアチア・パジン)で生まれています。
●1968年、戦前戦後を通じて活躍したイタリア・オペラの名指揮者セラフィン(トゥリオ・1878-)が、ローマで亡くなっています。彼は、カラス(マリア・1923-77)を見出した指揮者としても有名で、彼女と共演した録音の数々は、今なお褪せることのない名盤として長く残ることでしょう。


【2月4日】多作なオペラ作曲家だったドニゼッティ

●1824年、ドニゼッティ(ガエターノ・1797−1848)の『当惑した家庭教師』が、ローマのテアトロ・ヴァッレで初演されています。
●1836年、同じくドニゼッティ『ベリザーリオ』が、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演されました。
●1912年、ウィーン出身アメリカの指揮者ラインスドルフ(エーリヒ・-1993)がウィーンで生まれています。メトロポリタン歌劇場をはじめ、ニューヨーク・シティ・オペラやボストン交響楽団の音楽監督などを務めました。


【2月5日】ヴェルディの名作『オテッロ』が初演

●1887年、何と言ってもこの日のハイライトは、ヴェルディ(ジュゼッペ・1813−1901)の名作『オテッロ』が、ミラノ・スカラ座で初演されたことでしょう。
●1787年、ガッザニーガ(ジュゼッペ・1743−1818)『石の客またはドン・ジョヴァンニ・テノーリオ』が、ヴェネツィアのサン・モイゼ劇場で初演されています。モーツァルトもまた同じ年に、ダ・ポンテの台本で同じ題材を作曲しています。
●1866年、ドイツ出身のフランスの作曲家オフェンバック(ジャック・1819-80)『青ひげ』が、パリで初演されています。
●1939年、ドイツの作曲家オルフ(カール・1895-1982)『月』が、バイエルン国立歌劇場で初演されました。
●1911年には、戦前に活躍したスェーデンの名テノール、ビョルリンク(ユッシ・—1960)が、ストゥーラトゥーラで生まれています。
●1962年、フランスの作曲家イベール(ジャック・1890−)が、パリで亡くなっています。最近ではほとんど上演されませんが、『アンジェリック』など7つのオペラを遺しています。


【2月6日】ゴルドーニから中山悌一まで

●1793年、イタリアの劇作家ゴルドーニ(カルロ・1707−)が、パリで亡くなっています。ヴェネツィアで生まれ、当時人気の即興劇<コンメディア・デッラルテ>を批判。ゴッツィ(カルロ・1720−1806)などと対立し、その後パリで活躍した彼の作品でオペラ化されたものとしては、ハイドン(フランツ・ヨーゼフ・1732−1809)が『月の世界』『薬剤師』を、モーツァルト(ヴォルフガング・アマデウス・1756−91)が『見てくれの馬鹿娘』を作曲しています。
●1760年、イタリアの作曲家ピッチンニ(ニッコロ・1728−1800)の代表作『チェッキーナまたは良い娘』が、ローマのダーメ劇場で初演されています。18世紀後半に主としてフランスで活躍した彼は、生涯に100以上ものオペラを書いたと言います。
●1813年、ロッシーニ(ジョアッキーノ・1792−1868)『タンクレーディ』が、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演されています。これは今まで書いていたファルサではなく、本格的なオペラ・セリアに取り組み成功した最初の作品で、この翌年から彼はヴェネツィアを離れ、ナポリへ赴きました。
●1920年、日本のバリトンで二期会を設立した中山悌一(-2009)が、大分で生まれています。柴田睦陸(1913-88)らとともに二期会(元東京二期会)を結成。戦後の声楽界を牽引した一人です。
●1959年、プーランク(フランシス・1899-1963)『人間の声(または人の声)』が、パリのオペラ・コミック座で、デュヴァル(ドゥニース・1921-)によって初演されています。コクトー(ジャン・1889-1963)の台本で、たった一人の登場人物によるモノドラマ。


【2月7日】モーツアルトVSサリエリの激突

●1786年、イタリアの作曲家サリエリ(アントーニオ・1750-1825)『まずは音楽、それから言葉』が、ウィーンのシェーンブルン宮殿のオランジェリー(大温室)で初演されています。同時にオーストリアの作曲家モーツアルト(ウォルフガング・アマデウス・1856−91)のジングシュピール『劇場支配人』も同じ場所で初演。皇帝ヨーゼフ2世の趣向で、歓迎行事の一環としてイタリア・オペラとドイツ・オペラを同じ場所で競演させたのです。
●1792年、イタリアの作曲家チマローザ(ドメニコ・1749-1801)『秘密の結婚』が、ウィーンのブルク劇場で初演されました。この日は、レオポルド2世の要請で、なんと全曲がアンコールされたと言います。


【2月8日】アメリンクが歌った、唯1曲のオペラは?

●1874年、プーシキンの同名の戯曲から材をとったムソルグスキー(モデスト・ペトロヴィチ・1839-75)の『ボリス・ゴドゥノフ』が、ペテルブルクのマリインスキー劇場で初演されています。
●1938年(1933年という説も)、日本へも度々来日して人気の高かったオランダの名歌手(ソプラノ)アメリンク(エリー・)が、ロッテルダムで生まれています。典型的な可憐なリリック・ソプラノで、モーツアルト、シューベルトなど多くの歌曲に名演奏を残しています。ただし、オペラでは『イドメネオ』のイーリアしか歌ったことがなかったと言います。


【2月9日】ヴェルディの最後にして最高のオペラの初演

●1893年、なんといっても、この日のハイライトは、イタリアの大作曲家ヴェルディ(ジュゼッペ・1813-1901)の生涯最後のオペラ作品『ファルスタッフ』が、ミラノ・スカラ座で初演されたことでしょう。齢80を直前にして、この創作力は、ただただ脱帽するのみ。最終幕の大詰めで歌われる「人生はみな冗談」こそ、ヴェルディが遺した最後のメッセージだったのでしょうか。
●1897年、オーストリアの作曲家「歌曲王」シューベルト(フランツ・1797-1828)のオペラ『フェエラブラス』が、カールスルーエで初演。彼は幾つかのオペラさ曲を残していますが、いずれも生前には上演されず、この作品も彼の死後に上演されたものです。
●1885年、オーストリアの作曲家ベルク(アルバン・1825-1935)が、ウィーンで生れています。20世紀を代表するオペラ『ヴォツェック』『ルル』(未完)を書いて、その後のオペラ界に大きな影響を及ぼしました。


【2月10日】唯一のオペラの初演に間に合わなかったオッフェンバック

●1881年、オペレッタの帝王と呼ばれたフランスの作曲家オフェンバック(ジャック・1819-80)でしたが、なんとか“オペラ”を作曲したいという希望があり『ホフマン物語』を作曲。しかしほぼ完成する直前に亡くなり、友人たちによって補作され、その4ヶ月後のこの日、彼の唯一の“オペラ”としての『ホフマン物語』が、パリのオペラ・コミック座で初演されたのです。
●1882年、ロシアの作曲家リムスキー=コルサコフ(ニコライ・アンドレエヴィチ・1844-1908)『雪娘』が、ペテルブルクのマリインスキー劇場で初演されています。
●1927年、オーストリアの作曲家クルシェネク(エルンスト・1900-91)『ジョニーは演奏する』が、ライプチヒで初演。2年間に450回も上演されたほどの人気でしたが、ナチスによって“退廃芸術”の烙印を捺されてしまいました。
●1927年、アメリカのソプラノ歌手プライス(レオンタイン・)が、ミシシッピ州ローレルで生まれています。1953年に『ポーギーとベス』のベス役でデビュー、カラヤンなどに認められ、“黒いプリマ”としてMETでも大活躍し、黒人歌手の地位向上に大きな役割を果たしました。
●1935年、日本のオペラ作曲家・原嘉寿子(−2014)が、東京で生まれています。『さんせう太夫』『脳死をこえて』などオペラ作曲家として活躍。新国立劇場でも『罪と罰』が上演(1999)されています。その後、2014年11月30日に亡くなっていたことが新聞で報道されました。


【2月11日】ドニゼッティとヴェルディ、新旧の入れ替えが始まる

●1768年、イタリアのオペラ作曲家ヨンメッリ(ニコロ・1714—74)『フェトンテ』が、ルートヴィヒスブルクで初演されています。彼は、モーツァルトよりちょっと前の時代に活躍し、この作品はグルックの改革オペラの先鞭をつけたという評価もあります。
●1840年、イタリアの作曲家ドニゼッティ(ガエターノ・1797-1848)『連隊の娘』が、パリのオペラ・コミック座で初演されています。フランスのコミック・オペラの典型的な作品で、日本では浅草オペラ時代に盛んに上演され、昨今では、この曲でハイCを9回連続で歌ったフローレス(ファン・ディエゴ・1973-)の歌唱で人気を高めています。
●1843年、イタリアの巨匠作曲家ヴェルディ(ジュゼッペ・1913-1901)『第1回十字軍のロンバルディア人』が、ミラノのスカラ座で初演。
●1938年、スイスのソプラノ歌手マティス(エディット・)がルツェルンで生まれています。彼女のケルビーノは魅力的でした。
●1959年、ドイツの指揮者のメルクル(準・)が、ドイツ人の父と日本人の母の間でミュンヘンで生まれています。新国立劇場でも『指環』を全曲振って高い評価を得ました。


【2月12日】畑中良輔とゼッフィレッリの誕生日

●1889年、チェコの作曲家ドヴォルジャーク(アントニーン・1841—1904)『ヤコビーン(ジャコバン党員)』が、プラハの国民劇場で初演されています。
●1894年、ドイツの指揮者ビューロー(ハンス・フォン・1830—)が、カイロで亡くなっています。
●1896年、フランスの作曲家トマ(アンプロアス・1811-)が、パリで亡くなっています。彼のゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』に基づく『ミニヨン』は、今なお人気の高いオペラです。
●1936年、ヴォルフ=フェラーリ(エルマンノ・1876—1948)『イル・カンピエッロ』が、ミラノ、スカラ座で初演。ゴルドーニの喜劇が原作で、題名はヴェネツィアにある小広場のこと。
●1922年、日本のバリトン歌手で、二期会創設者の一人でもある畑中良輔(−2012)が、福岡で生まれています。新国立劇場初代のオペラ芸術監督でした。
●1923年、イタリアの演出家ゼッフェレッリ(フランコ・)が、フィレンツェで生まれています。日本では『ロメオとジュリエット』『ブラザー・サン・シスター・ムーン』の映画監督として名が売れ、のちにオペラ演出家としても注目。とくに『トゥーランドット』『アイーダ』『ラ・ボエーム』などでの華麗な演出は、現代的な演出が多い昨今でも多くの人気を集めています。
●1951年、グルジアのバス歌手プルチュラーゼ(パータ・)が、トビリシで生まれています。1982年チャイコフスキー・コンクールの声楽部門で優勝し、その後、ヨーロッパ、アメリカでその圧倒的な声量によりイタリア・オペラ、スラブ・オペラなどで活躍しています。


【2月13日】ワーグナー、ヴェネツィアに死す!

●1883年、ドイツの大作曲家ワーグナー(リヒャルト・1813—)が、お気に入りの滞在先ヴェネツィアのヴェンドラミン・カレルジ宮で亡くなっています。3日後の16日朝、黒い布に覆われたゴンドラがヴェンドラミン・カルレジから、カナル・グランデを静かに特別列車が待ち受けているサンタ・ルチア鉄道駅に向かい、ヴェネツィアを発って24時間後にミュンヘンに着いたのです。
●1873年、ロシアの伝説的バス歌手シャリアピン(フェードル・—1938)が、カザン近郊で生まれています。帝国ホテルの「シャリアピン・ステーキ」は、彼が来日した折に特別に注文したものだそうです。
●1725年、ドイツ出身でイギリスに帰化した大作曲家ヘンデル(ジョージ・フレデリック・1685−1759)『ロデリンダ』が、ロンドンのヘイマーケット国王劇場で初演されています。これはコルネイユ(ピエール・1606−84)の戯曲「ペルタルト、ロンバルドの王」が原作で、内容は7世紀のロンバルディアを舞台としたもの。
●1920年、アメリカのソプラノ、ファレル(アイリーン・-2002)が、コネティカット州ウィルマンティックで生まれています。亡くなったのは、2002年3月23日ニュージージー州パークリッジ。まさにワーグナー歌手にふさわしいその堂々たる体躯で、METのワーグナー上演にはなくてはならない存在でした。
●1926年、オネゲル(アルチュール・1892—1955)『ジューディド』が、初演されています。


【2月14日】モンテヴェルディの後継者カヴァッリ誕生

●1602年、イタリアの作曲家カヴァッリ(フランチェスコ・-1676)が、クレーマで生まれています。彼はモンテヴェルディ(クラウディオ・1567-1643)の後継者であり、ヴェネツィアで活躍。従来貴族のためのオペラを一般大衆に普及させた功労者でもありました。
●1829年、イタリアの作曲家ベッリーニ(ヴィンチェンツォ・1801—35)『異邦人』が、ミラノ・スカラ座で初演されています。
●1922年、イタリアの作曲家ザンドナーイ(リッカルド・1883-1944)『ジュリエッタとローメオ』が、ローマのコスタンツィ劇場で初演されています。彼はマスカーニ(ピエトロ・1863−1945)に師事して、プッチーニ以後のオペラを支えた一人でした。
●1945年、日本を代表するメッゾ・ソプラノ伊原直子が、東京で生まれています。
ヴェルディ、ワーグナー、そしてカルメン役には定評がありました。


【2月15日】傑作が、次々と初演されています

●1845年、イタリアの巨匠作曲家ヴェルディ(ジュゼッペ・1913-1901)『ジョヴァンナ・ダルコ』が、ミラノ、スカラ座で初演されています。ジャンヌ・ダルクの話ですが、シラー(ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・1759-1805)原作によるものですが、史実とはかなり違う結末になっています。
●1884年、ロシアの大作曲家チャイコフスキー(ピュートル・イリイチ・1840—93)『マゼッパ』モスクワ、ボリショイ劇場で初演。
●1910年、フランスの作曲家マスネ(ジュール・1842-1912)が、バス歌手シャリアピン(フェードル・1873—1938)のために書いた『ドン・キショット(ドン・キホーテ)』が、モンテカルロ・カジノ歌劇場で初演されています。
●1965年、ドイツの現代作曲家ツィンマーマン(ベルント・アーロイス・1918—1970)『軍人たち』が、ケルン市立歌劇場で初演されています。最近では、新国立劇場で2008年5月に上演されました。
●1857年、ロシアの作曲家グリンカ(ミハエル・イヴァノヴィチ・1804-)が、ベルリンで亡くなっています。代表作『ルスランとリュドミーラ』は有名です。
●1979年、戦前に活躍し、日本人初のスカラ座の専属歌手になった原信子(1893—)、東京で死去。若き日は、浅草オペラでも活躍し、戦後に活躍する歌手たちを育てました。


【2月16日】伝説の名歌手フラスキーニの誕生

●1816年、イタリアの伝説的テノール、フラスキーニ(ガエターノ・-1887)が、パヴィーアで生まれています。彼はヴェルディ(ジュゼッペ・1813−1901)の初期作品や『仮面舞踏会』の初演で主役を務めています。
●1854年、フランスの作曲家マイアベーア(ジャコモ・1791-1864)『北極星』が、パリのオペラ・コミック座で初演されています。
●1890年、イタリアの作曲家カタラーニ(アルフレード・1854—1893)『ローレライ』が、トリノ歌劇場で初演されています。
●1892年、フランスの作曲家マスネ(ジュール・1842-1912)の代表作『ウエルテル』がウィーンの宮廷歌劇場でドイツ語によって初演されています。ゲーテの『若きウエルテルの悩み』は、当時の青年たちに衝撃的な関心を集めました。フランスでの初演は、その翌年でした。
●1895年、イタリアの作曲家マスカーニ(ピエトロ・1863—1945)『グリエルモ・ラトクリフ』が、ミラノ・スカラ座で初演されています。
●1927年、オーストリアの作曲家レハール(フランツ・1870—1948)『ロシアの皇太子』が、ベルリンで初演されています。
●1896年、スイスの名バリトン、パンゼラ(シャルル・—1976)が、ジュネーブで生まれています。ペレアスなどフランス物を得意としていました。
●1907年、イタリアの指揮者プレヴィターリ(フェルディナンド・-1985)が、アドリアで生まれています。何度か来日も果たして日本人にもおなじみの指揮者でした。


【2月17日】人気オペラ『仮面舞踏会』『蝶々夫人』の初演の日

●1856年、ドイツのロマン派詩人ハイネ(ハインリッヒ・1797-)が、パリで亡くなっています。彼の作品である『ヴィルヘルム・ラトクリフ』は、マスカーニ(ピエトロ・1863—1945)『グリエルモ・ラトクリフ』、キュイ(ツェーザリ・1835-1918)によってオペラ化。さらに『さまよえるオランダ人』でも彼の著作がヒントになっているといわれています。
●1859年、イタリアの巨匠作曲家ヴェルディ(ジュゼッペ・1813—1901)『仮面舞踏会』が、ローマ、アポロ劇場で初演。スウェーデン王グスタフ3世の暗殺事件を題材にしたものだけに、検閲により舞台はアメリカ、国王もボストン提督に書き換えられてようやく上演にこぎつけたのです。
●1904年、イタリアの作曲家プッチーニ(ジャコモ・1856-1924)『蝶々夫人』が、ミラノ・スカラ座で初演。プッチーニの異国趣味を反映させた作品ですが、日本人にとっては愛憎半ばする評価も。何れにしても“泣ける”オペラであることは確かなようです。
●1952年、ドイツの作曲家ヘンツェ(ハンス・ヴェルナー・1926-)『孤独大通り』が、ハノーファーのランデステアターで初演。
●1902年、METに初めて出演した黒人アルト歌手アンダーソン(マリアン・-1993)、フィラデルフィアで生まれています。トスカニーニ(アルトゥーロ・1867−1957)によって「100年に一人の声」とも絶賛されました。
●1962年、ドイツで生まれ、アメリカに渡ってMETなどで活躍した名指揮者ワルター(ブルーノ・1876-)が、ベヴァリーヒルズで亡くなっています。若い頃にマーラーと出会い、以後ドイツ、オーストリアを中心に赫赫たる活躍をしたものの、ユダヤ系ということでナチスから迫害を受け、アメリカに逃れたのです。
●1673年、フランスの劇作家モリエール(ジャン=バティスト・1655-)が、パリで亡くなっています。


【2月18日】第二次世界大戦中に『賢い女』初演

●1837年、ドニゼッティ(ガエターノ・1797-1848)『ピーア・デ・トロメイ』が、ヴェネツィアのアポロ劇場で初演されています。
●1902年、フランスの作曲家マスネ(ジュール=エミル=フレデリク・1842-1912)『ノートルダムの曲芸師』が、モンテカルロ、カジノ歌劇場で初演されています。
●1943年、ドイツの現代作曲家オルフ(カール・1895-1982)『賢い女』が、フランクフルト・アム・マインで初演。グリム兄弟の童話をもとに作曲された現代オペラの中でも誰でもが楽しめる作品です。
●1947年、イタリア生まれのアメリカの作曲家メノッティ(ジャン=カルロ・1911−2007)『電話』が、ニューヨークのヘクシャー劇場で初演。同じ電話をモチーフにしたプーランク(フランシス・1899−1963)『人間の声』とは違って、明るいオペラ・ブッファの1幕物。
●1956年、フランスのヴェルズモ作曲家シャルパンティエ(ギュスターヴ・1860-)が、パリで95歳という長命で亡くなっています。オペラとしては出世作『ルイーズ』の他は、ほとんど今は上演されません。


【2月19日】懐かしい昭和の名歌手たちの生と死

●1914年、イタリアの作曲家ザンドナーイ(リッカルド・1883—1944)『フランチェスカ・ダ・リミニ』が、トリノ王立歌劇場で初演されています。当時、人気作家だった原作者ダンヌンツィオ(ガブリエーレ・1863-1938)の協力を得て完成。
●1923年、昭和を代表するソプラノ砂原美智子(-1987)が、広島で生まれています。藤原歌劇団には入り、プリマドンナとして活躍。パリのオペラ・コミック座など海外でも活躍。『夕鶴』の海外初演(チューリヒ)にも出演、成功を収めています。
●1932年、フランスの傑出した演出家ポネル(ジャン=ピエール・-1988)、パリで生まれています。バイロイトにおける『トリスタンとイゾルデ』は革新的な演出でした。
●1975年、イタリアの現代作曲家ダッラピッコラ(ルイージ・1902-)が、フィレンツェで亡くなっています。『夜間飛行』『ヨブ』『ウリッセ』などを革新的なオペラを書いています。
●1988年、二期会を創設した日本を代表するテノール柴田睦陸(1913-)が、東京で死去。睦陸は「むつむ」と読みます。念のため。


【2月20日】ヘンデルとロッシーニの傑作が生まれた日

●1724年、ドイツ生まれのイギリスの大作曲家ヘンデル(ジョージ・フレデリック・1685-1764)の中では一番上演回数も多い代表作『(エジプトの)ジューリオ・チェーザレ』が、ロンドンのヘイマーケット王立劇場で初演。いうまでもありませんがジューリオ・チェーザレは、ジュリアス・シーザーのイタリア語読み。
●1816年、イタリアの大作曲家ロッシーニ(ジョアキーノ・1792-1868)『セビリアの理髪師』が、ローマ、アルジェンティーナ劇場で初演。ロッシーニより先にパイジェッロ(ジョヴァンニ・1740-1816)が同じ題材をオペラ化しているために、
反ロッシーニ派の妨害もあって、初演は歴史に残る失敗だったとか。
●1898年、『三文オペラ』を書いたドイツの劇作家ブレヒト(ベルトルト・-1956)が、アウクスブルクで生まれています。この戯曲にヴァイル(クルト・1900-50)が音楽をつけ大ヒットとなりました。
●1923年、イタリアの名バス歌手シェピ(チェーザレ・-2010)が、ミラノで生まれています。フルトヴェングラー(ウイルヘルム・1886−1954)の『ドン・ジョヴァンニ』題名役の颯爽とした舞台姿が映像でも残されています。
●1929年、日本の作曲家黛敏郎(-1997)が、神奈川で生まれています。パリ音楽院出身で、三島由紀夫(1925-1970)の『金閣寺』をオペラ化したり、テレビ番組「題名のない音楽会」の司会をやったりと多才な人でした。
●1953年、いまや巨匠に風格を持つイタリアの指揮者シャイー(リッカルド・)が、ミラノで誕生。今日は63歳の誕生日です。
●1861年、フランスの劇作家スクリープ(ウジューヌ・1791-)が、パリで亡くなっています。劇作家としての活躍より、今日ではオベール(ダニエル=フランソワ=エスプリ・1782—1871)、マイアベーア(ジャコモ・1791-1864)、トマ(アンプロアス・1811-96)からロッシーニ(ジョアッキーノ・1792-1868)、ドニゼッティ(ガエターノ・1797−1848)、ヴェルディ(ジュゼッペ・1813−1901)など、実に多くの作曲家に台本を提供した人として著名です。
●1963年、ハンガリーの指揮者でベルリン・ドイツ・オペラの総監督でもあったフリッチャイ(フェレンツ・1914-)が、49歳という若さでバーゼルで亡くなっています。


【2月21日】バレエ音楽だけではないドリーブ

●1831年、フランスの台本作家メイヤック(アンリ・—1897)が、パリで生まれています。オッフェンバック(ジャック・1819-80)の『美しきエレーヌ』『青ひげ』などのオペレッタのほか、マスネ(ジュール=エミル=フレデリク・1842−1912)『マノン』でも共同で台本を手がけています。
●1836年、フランスの作曲家ドリーブ(レオ・-1891)が、サンジェルマン・デュバルで生まれています。彼はバレエ音楽『コッペリア』『シルヴィア』などで有名ですが、オペラでも『ラクメ』などを作曲しています。
●1886年、ロシアの作曲家ムソルグスキー(モデスト・ペトロヴィチ・1839-81)『ホヴァンシチーナ』(リムスキー=コルサコフ編)が、ペテルブルクのコノノフ劇場で初演されています。
●1907年、イギリスの作曲家ディーリアス(フレデリック・1862-1934)のプロローグと3幕からなるオペラ『村のロメオとジュリエット』が、ベルリンのコーミシュオーパーで初演されています。19世紀のスイスの村での悲恋物語。


【2月22日】日本の名ソプラノ2人の誕生日

●1884年、日本人として最初に国際的に活躍したソプラノ三浦環(-1946)が、東京で生まれています。日本で最初に上演されたグルック(クリストフ・ヴィリバルト・1714-87)のオペラを翻案した『オルフォイス(オルフェーオとエウリディーチェ)』ではエウリディーチェ(百合姫)役を歌っています。ロンドンで『蝶々夫人』でデビューし、イタリアでコスタンツィ劇場にも出演、プッチーニからも賞賛されたとも。
●1900年、イタリアの作曲家ヴォルフ=フェラーリ(エルマンノ・1876-1948)『チェネレントラ』が、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場で初演されています。ロッシーニ(ジョアッキーノ・1792-1868)の同名のオペラとは違い、よりペロー(シャルル・1628-1703)の原作に近く、やや心理学的な要素も含まれた作品として仕上がっています。
●1903年、オーストリアの作曲家ヴォルフ(フーゴー・1860—)が、ウィーンで亡くなっています。歌曲王として知られる彼の唯一のオペラが『お代官さま』。このウィーン上演を巡って盟友だったマーラー(グスタフ・1860−1911)と諍いを起こし、それがもとで精神を病み、精神病院で生涯を閉じたのです。
●1927年、日本のソプラノ伊藤京子が、静岡で生まれています。二期会に属し、現役を退いた後は、社団法人日本演奏連盟理事長なども務めています。
●2013年、ドイツの名指揮者サヴァリッシュ(ヴォルフガング・1923-)が、バイエルン州グラッサウで亡くなっています。NHK交響楽団の常任指揮者も務め、日本でも馴染みの深い指揮者ですが、バイロイトでは史上最年少で指揮者に起用され、バイエルン国立歌劇場総監督、フィラデルフィア交響楽団音楽監督などを歴任した巨匠でした。


【2月23日】ヘンデル誕生。英国に帰化したので英語読み?

●1685年、生まれた日なのでゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(-1759)とドイツ語表記としました。この日、ハレで生まれています。本稿では、他の表記ではイギリスに帰化したのでジョージ・フレデリックと、英語読みにしています。
●1835年、フランスの作曲家アレヴィ(フロマンタル・1799-1862)の代表作『ユダヤの女』が、パリ・オペラ座で初演。フランスのグラン・トペラ(グランド・オペラ)全盛期には、マイアベーア(ジャコモ・1791-1864)と人気を二分したほどの人気作曲家でした。
●1856年、フランスの作曲家オベール(ダニエル=フランソワ=エスプリ・1782—1871)『マノン・レスコー』が、パリ・オペラ座で初演されています。アべ・プレヴォー(本名アオントワーヌ・フランソワ・1697−1763)の原作は人気が高いですね。ちなみにマスネ(ジュール=エミル=フレデリク・1842−1912)の『マノン』は28年前、プッチーニ(ジャーコモ・1858-1924)の『マノン・レスコー』は、37年後の上演でした。
●1928年、ロシアの作曲家ストラヴィンスキー(イゴール・1882−1971)『エディプス王』が、ウィーン国立歌劇場で舞台初演。前年にサラ・ベルナール座で、演奏会形式で初演されました。台本には、コクトー(ジャン・1889-1963)が協力しています。
●1931年、オーストラリアの伝説的な名歌手メルバ(ネリー・1861-)が、シドニーで亡くなっています。今日では「ピーチ・メルバ」というお菓子の名前で名を残しています。
●1955年、フランスの詩人クローデル(ポール・1868-)が、パリで亡くなっています。オネゲルの『火刑台上のジャンヌ・ダルク』の台本作者でもありました。外交官でもあり、1921年から5年間日本に滞在しています。


【2月24日】この日から、オペラが生まれた?

●1607年、イタリアの大作曲家モンテヴェルディ(クラウディオ・1567-1643)『オルフェーオ』が、マントヴァ宮廷で初演されたのが、この日と推定されています。これをもって、本格的なオペラの誕生とされています。ギリシャ神話に基づくプロローグと5幕からなる大作です。
●1711年、イギリスの大作曲家ヘンデル(ジョージ・フレデリック・1685-1764)『リナルド』が、ロンドンのヘイマーケット女王劇場で初演。
●1740年、フランスのバロック期の作曲家シャルパンティエ(マル=カントアヌ・1645/50?-)が、パリで亡くなっています。宗教曲作曲家として有名ですが、モリエールと協力してコメディ=バレの幕間音楽を作曲し、オペラも『メデ』『ダビデとヨナカン』などを残しています。
●1821年、イタリアの大作曲家ロッシーニ(ジョアッキーノ・1792-1868)『マティルデ・ディ・シャブラン』が、ローマのアポロ劇場で初演されています。
●1842年、イタリアの作曲家・台本作者ボーイト(アッリゴ・-1918)が、パドヴァで生まれています。作曲家にしては『メフィストーフェレ』『ネローネ』などを残し、ヴェルディ(ジュゼッペ・1813−1901)最後期の『オテッロ』『ファルスタッフ』の台本作者として大きな功績を残しています。
●1933年、イタリアの名ソプラノ、スコット(レナータ・)が、サヴォーナで生まれています。18歳で『椿姫』でデビューし、2002年に引退するまで、イタリアのベルカント唱法の正統的な継承者として高い評価を受けています。
●1934年、泉鏡花原作のオペラ『天守物語』の作曲家、水野修孝が徳島で生まれています。
●1979年、ドイツの現代作曲家ベルク(アルバン・1885-1935)の未完のオペラ『ルル』(3幕版)が、彼の死後44年後にパリ・オペラ座で初演されています。(2幕版は、没後翌年の1936年6月2日に初演)


【2月25日】

●1707年、イタリアの偉大な喜劇作家であったゴルドーニ(カルロ・-1793)が、ヴェネツィアで生まれています。(2月6日の項参照)
●1781年、オーストリアの大作曲家ハイドン(フランツ・ヨーゼフ・1732−1809)『報いられた真心』が、エステルハージ宮廷歌劇場で初演されています。
●1881年、ロシアの大作曲家チャイコフスキー(ピュートル・イリイチ・1840−1893)『オルレアンの少女』が、ペテルブルクのマリインスキー劇場で初演。言わずと知れたジャンヌ・ダルクの物語ですが、原作はシラー(ヨハン・クリストフ・フリードリヒ・フォン・1759-1805)の同名の戯曲。NHKでは、これを『ジャンヌ・ダルク』として紹介していましたが、明らかに誤りです。
●1937年、日本のオペラ運動を牽引した伊庭孝(1887-)が、東京で亡くなっています。当初浅草オペラに参加、その後評論家や音楽番組の制作に携わるなど八面六臂の活躍。その功績で「伊庭孝歌劇賞」が制定されています。


【2月26日】本当はオペラ化されたくなかった?ユゴー

●1802年、フランスの文豪ユゴー(ヴィクトール・-1885)が、ブザンソンで生まれています。彼の書いたものは数多くのオペラの原作となっています。ヴェルディ(ジュゼッペ・1813−1901)は『エルナニ』『リゴレット』を、ポンキエルッリ(アミルカーレ・1834−1906)は『ジョコンダ』、ドニゼッティ(ガエターノ・1797−1848は『リュクレース・ボルジア』、シュミット(フランツ・1874−1939)も『ノートル・ダム(・ド・パリ)』をとりあげています。『レ・ミゼラブル』?これはミュージカルでした。


【2月27日】伝説の名テノール、カルーゾ生誕

●1869年、もともとは1862年にペテルブルクで初演されたヴェルディ(ジュゼッペ・1813-1901)『運命の力』の改訂版が、ミラノ・スカラ座で初演。
●1873年、イタリアが生んだ20世紀最大のテノール歌手カルーゾ(エンリーコ・-1921)が、ナポリで生まれています。出身地ナポリでデビューし、スカラ座やコヴェントガーデンに出演。その後メトロポリタン歌劇場に登場し、ラダメス、カニオなどを熱演。『西武の娘』『フェドーラ』などの初演にも参加しています。
●1887年、ロシアの作曲家ボロディン(アレキサンドル・ポルフィリェヴィチ・1833-)が、ペテルブルクで亡くなっています。国民楽派「ロシア5人組」の一人で、オペラ『イーゴリ公』を作曲(未完)しています。
●1888年、ドイツ出身のアメリカのソプラノ歌手レーマン(ロッテ・-1976)が、ペルレベルクで生まれています。20世紀を代表するソプラノと言われ、ワーグナー(リヒャルト・1813−83やシュトラウス(リヒャルト・1864-1949)を得意としていました。シュトラウスの『インテルメッツォ』は彼女のために作曲されたものです。
●1935年、イタリアのソプラノ歌手フレーニ(ミレッラ・)が、モデナで生まれています。ミミを歌わせたら絶品の名ソプラノで、パヴァロッティ(ルチアーノ・1935-2007)とも同郷でした。彼との共演の『ラ・ボエーム』は必聴の名盤。


【2月28日】『石の客』は、あの「ドン・ジョヴァンニ」と同じ題材

●1862年、フランスの作曲家グノー(シャルル・1818—93)『シバの女王』が、パリ・オペラ座で初演されています。
●1872年、ロシアの作曲家ダルゴムイシスキー(アレクサンドル・1813-69)の『石の客』が、ペテルブルクのマリインスキー劇場で初演されています。プーシキン(アレクサンドル・1799-1837)の同名の劇詩をそのままロシア語の台本とし他3幕のオペラ。未完だったため5人組のキュイ(ツェーザリ・1835-1918)とリムスキー=コルサコフ(ニコライ・アンドレエヴィチ・1844-1908)が補筆して完成し、上演にこぎつけたのです。
●1882年、昨日誕生日だったカルーゾとも共演したアメリカの名ソプラノ歌手ファラー(ジェラルディン・-1967)が、メルローズで生まれています。『修道女アンジェリカ』や『カルメン』を得意としていました。
●1924年、オーストリアの作曲家カールマン(イムレ・1882-1953)『マリツィア伯爵夫人』、ウィーン、アン・デア・ウィーン劇場で初演。


【2月29日】4年に一度のロッシーニの誕生日。

●1792年、『セビリアの理髪師』から『ギョーム・テル(ウイリアム・テル)』まで数多くのオペラを作曲し、後半生は美食三昧のロッシーニ(ジョアッキーノ・-1868)、ペーザロで生まれています。
●1826年、オベール(ダニエル=フランソワ=エスプリ・1782—1871)『ポルティチの啞娘』パリ、オペラ座で初演。
●1836年、マイアベーア(ジャコモ・1791-1864)『ユグノー教徒』パリ、オペラ座で初演。


・その日に初出の人名はフルネームで表記し、基本的には生没年を表記していますが、紹介の項目が生誕年の場合は没年を、没年には生誕年のみを記しています。
・参考文献等は、個別に記してはおりませんが、主として『オペラ辞典』(音楽之友社・刊)その他資料に準拠しています。
・記述には十分正確に記しているつもりですが、誤りがあればご教示くださいますようお願いいたします。 

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