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《イル・トロヴァトーレ》人気の理由は?—アンドレア・バッティストーニ講演会「ヴェルディ・オペラと《イル・トロヴァトーレ》の魅力を語る」

1月31日、イタリア文化会館にて指揮者アンドレア・バッティストーニさんの講演会が行われました。2月に二期会で指揮するヴェルディ「イル・トロヴァトーレ」の話題を中心に、幅広いお話が展開されました。

以下、バッティストーニさんのお話です。
DSC_3609 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)

ヴェルディ・オペラの魅力

ヴェルディはイタリアの文化全面で重要な偉人であり、自分自身に常に疑問を投げかけていた人物でもあります。最初のオペラ「オベルト」と最後のオペラ「ファルスタッフ」を聴くと、まるで2人の違う作曲家を聴くかのようです。
彼の変化にはいくつか理由があります。その一つは単純で、彼が長生きしたことです。モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトといった作曲家の変容は、彼らが早世してしまったことで途上に終わりました。ヴェルディは長命に加え、19世紀末という芸術的に大きな変化があった時代に活躍しました。橋渡し的なヴェルディの存在がなければ、20世紀初頭に起こったオペラの発展はなかったでしょう。
ブッセート(現パルマ県)という人口の少ない村で生まれたヴェルディは、決して裕福な家の出身ではありません。高名な作曲家であった父レオポルトに教えを受けたモーツアルトとは違って、英才教育を受けたわけでもありませんでした。ちなみにヴェルディはミラノ音楽院の入試に落ちてしまったのですが、今その音楽院には「ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院」という名前が付いているのですが(笑)、ごめんなさいという気持ちがあったのかもしれませんね。
ヴェルディの出自からして、彼が最初に聴くことが出来たのはイタリアの地方都市の音楽でした。当時イタリアの地方都市では、シンフォニーを聴く習慣はあまりありませんでしたので、オペラの音楽との出会いが最初でした。ですので、彼の初期のオペラにはメロドラマ的な、イタリア・オペラのよき伝統が反映されています。
彼独自の個性が最初に現れたといえるのは、3作目の「ナブッコ」です。1作目の「オベルト」はイタリア・オペラの典型的なやり方です。続く「一日だけの王様」は彼唯一のオペラ・ブッファ的な作品で、ヴェルディはロッシーニ的な世界を作ろうとしたのですが、あまり成功せず興行的にもうまくいきませんでした。ヴェルディ自身が作曲家としての誇りをかけて書いたのが「ナブッコ」であり、結果的に良い作品となったのです。「ナブッコ」の台本はありきたりな歴史物ですが、怒りをぶつけるようなヴェルディ独特の音楽書法は、革命の機運もあって観る者に大きな衝撃を与えました。ヴェルディの長いキャリアの中で、彼の個性を特徴付けるものが既に「ナブッコ」には表れています。リズム、息をもつかせぬテンションなど、一瞬にして観る者に多くの衝撃を与えるのです。
「ナブッコ」の後、ヴェルディは作曲技術をより磨き、コスモポリタン的な視点も身につけるようになります。ヨーロッパに当時広まっていたロマン派的な思想も吸収し、題材選びにも非常に注意を払うようになりました。シラー、ユーゴーなどの文豪に加え、彼にとって守護聖人的な存在だったのがシェイクスピアです。シェイクスピア文学における個人主義、真理を深く掘り下げていくアプローチが後のロマン派的であり、重要だったのです。ヴェルディはこういった文豪たちの作品を取り入れ、個性的な登場人物の感情を全面に出して物語を描こうとしました。それまでは典型的な人物をパターン通りに動かしてゆくのがイタリア・オペラだったので、ヴェルディの手法は新しかったわけです。
新しい題材に加え、ヴェルディはオーケストラの音色も豊かにしました。これはドイツのシンフォニーの研究によるものです。オーケストラは歌手や合唱の伴奏にとどまらず、ドラマを取り巻く「色」を作品に付加し、台本では語られない感情やスピリットを語るものになりました。ヴェルディの研究がよく見て取れるのが序曲です。たとえば「ナブッコ」の序曲はロッシーニ的な手法で書かれており見事なのですが、オペラ中の複数の主題によるコラージュとなっており、内容の前触れになっています。それに比べて後に書かれた「ルイザ・ミラー」の序曲では、ドイツの管弦楽曲の影響がはっきり見て取れます。オペラ中の主題の組み合わせではなく、一つの主題によって構成されています。この主題は本編でも何度も現れるので、まるで「ルイザ・ミラー」のライトモチーフ的な役割を果たしています。主題以外にも動機がどんどん変容し、オペラ全体を特徴付けるのですが、この点ではウェーバーとベートーヴェンの影響が感じられます。
このように、地方出身の作曲家だったヴェルディはヨーロッパ全体を見始めたのですが、2つ目の影響としてフランス・オペラからの影響があります。ヴェルディはパリ・オペラ座と沢山仕事をして、何ヶ月もの間パリに住んでいました。その間にパリのサロンや劇場を訪れ、フランス音楽のエッセンスを吸収したのです。「イル・トロヴァトーレ」にもフランス的な影響が見て取れます。それは音楽的なものというより、アリアや合唱、全体の構成における影響です。他にも「シチリアの晩鐘」「アイーダ」「ドン・カルロ」にグランド・オペラからの影響がありますし、“セミ・セリア”(=“半分シリアスな”)とでも呼ぶべき「仮面舞踏会」にも構成の点で影響があります。議論の余地はありますが、「運命の力」にもやや影響があるでしょう。
ヴェルディ最後の作品である「ファルスタッフ」ではワーグナーの影響があります。その影響は直接的ではなく、台本作家アッリーゴ・ボイトからのものです。ボイト自身も作曲家でしたが、彼の「メフィストフェーレ」というオペラ―これは素晴らしい傑作だと思うのですが―これはヴェルディの「オテロ」、特にイアーゴの書き方に大きな影響を与えています。ヴェルディが晩年に至るまでスポンジのような柔軟な姿勢を持ち、ボイトを通じてドイツ的な要素を取り入れたことによって、イタリア・オペラは20世紀のスタートを切ることが出来たのです。
DSC_3720 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)

「イル・トロヴァトーレ」におけるフランス的な影響

「イル・トロヴァトーレ」は有名な三部作の一つであり、スペインのグティエレスの戯曲による作品です。内容としては暗く怪奇的で、夜的なところもある話なのですが、(”bizzarro”=“奇妙な”という単語をバッティストーニさんは何度も用いました)一作前の「リゴレット」もせむしの主人公を描いた作品ですので、怪奇的な特徴をもつ作品にこの時期のヴェルディは惹かれていたようです。このような題材を用いることにより、イタリア・オペラにおける新風をもたらしかったのでしょう。主役の選択においてもよくある美男のテノールではなく、せむしのバリトンとすることによって、違った切り口で物事を語ることが出来ます。
「イル・トロヴァトーレ」でも同様で、まずヴェルディが惹かれたのはジプシー女のアズチェーナでした。最初の段階ではアズチェーナを主人公に考えていました。彼女を中心にすることで、母親の亡霊に復讐を命じられ、憑かれたようになるという、奇妙でグロテスクな物語を描いたのです。アズチェーナを用いることは、音楽的にも興味深いものでした。彼女の母親が火刑に処されたことを語るアリア「炎は燃えて」は、伝統的な登場のアリアとして書いたのみならず、ある人物の物語を語るのに大変適した「バッラータ」という形式を使っています。これは非常にフランス的で、またオペラ・アリアというよりはカンツォーネのようです。また合唱の用い方にもフランス・オペラからの影響が見られます。

「イル・トロヴァトーレ」人気の理由

26あるヴェルディのオペラの中でも、「イル・トロヴァトーレ」はすぐに大成功になりました。今日的なわれわれの感覚からすると、少々疑問もあるのですが。
この作品は、その時期のイタリア・オペラの特徴をはっきりと持っているのです。イタリアの伝統の良い点と新しい要素の両方があるのですが、その新しい要素が「新しすぎない」ものであったので、観客に不安や拒否感を与えることはありませんでした。作品が安全バリアの中に守られているともいえます。前作の「リゴレット」では新たな要素が強烈だったので、「イル・トロヴァトーレ」ほどは理解されませんでした―だからこそ「リゴレット」はイタリア・オペラを前進させた傑作なのですが。ヴェルディ自身、「自分は進みすぎた」と思ったのではないでしょうか。次の作品では奇妙な題材を扱いつつも、保守的なスタイルで作品を書いたわけです。
「イル・トロヴァトーレ」では台本作家カンマラーノの存在が大きかったでしょう。カンマラーノはイタリア・オペラにおける一流の作家であり、たとえばドニゼッティの「ルチア」などを手がけました。彼によって、奇妙で複雑な筋を持った物語がオペラの観客に分かりやすい形となり、オペラの質が保証されたのです。3人の中心人物やアズチェーナにうまく声の配分を行い、美しいメロディを使って登場人物を観客に焼き付けています。
DSC_3635 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)

イタリア人指揮者にとってのヴェルディ

毎回の公演が非常に大きな挑戦です。お話したとおりヴェルディのスタイルは長い人生の間で変化しているので、それぞれの作品の性格や意味、雰囲気を理解して振らなければいけません。ヴェルディが自らの作品に決して満足せず、常に前進してきた作曲家であるゆえに、私たち演奏者も音色や声のスタイルなどを掘り下げ、音楽以外のこと―イタリアやヨーロッパの歴史、ヴェルディの人生も読み解くことが必要です。


DSC_3696 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)


講演会の締めくくりは、客席からの質疑応答です。

Q. 「イル・トロヴァトーレ」が数多のオペラの中で最愛の作品です。1850年代当時に吟遊詩人や魔女、ジプシーなどの被差別民を題材にした先鋭性にヴェルディの凄さがあると思いますが、このことに対する当時の反響ははどのようなものだったのでしょうか。また、あなたが一番好きな「イル・トロヴァトーレ」の録音を紹介してください。
A. まず録音の方からお答えします。私も沢山聴きましたが、「リゴレット」「オテロ」とは違って、心から共感できるものはまだありません。この作品の解釈には非常に難しい点があるからです。これまで聴いた中ではトマス・シッパース指揮のものに一番満足しましたが。「イル・トロヴァトーレ」は二つの典型的な方向性で演奏される傾向にあります。一つはドイツ系―カラヤンもそうでしょう―の解釈で、「オテロ」や改訂後の「シモン・ボッカネグラ」の手法から遡って「イル・トロヴァトーレ」を解釈する方向性です。この解釈は作品の流れをやや留めてしまい、オーケストラの音色も重くなりがちです。もう一つは、それまでの作品と同じように「イル・トロヴァトーレ」を解釈する方向性です。テンポは速く颯爽としており、声のスタイルもそれまでのベルカント的なものです。この二つの方向性のどちらにも陥らない、「イル・トロヴァトーレ」のポジションを見つけた演奏というのがなかなか見つかりません。勿論私自身もそれを見つけたとはまだまだ言えませんし、それは本当に不可能に近いことかもしれません。
(最初の質問について)当時スキャンダルにはならなかったようです。中産階級の人々がオペラを観に行ったわけですが、自分たちに関係のない奇妙な人々を舞台で観ることにかえって魅力があったようです。だからといって、実際にそういった人々にお金を恵んだりということは無かったと思いますけれど。

Q. アズチェーナには恐ろしい女としての側面、母としての側面があると思いますが、最後のシーンはどのように解釈しますか。
A. この物語を合理的に検証して読み解くことは非常に難しく、一人ひとりが自分の解釈を持つしかないと思います。一番典型的なシーンで、アズチェーナがアリア「炎は燃えて」の最後に“自分の子供を投げ入れてしまったんだ!”と言って、マンリーコが“じゃあ僕は誰なの?”と尋ねると、アズチェーナがそれまで述べたことを否定するわけです。つまり、現代的な考えでこのオペラに整合性を求めるのは不可能に近いです。ヴェルディは、観客が色々なことを想像し、舞台上の出来事にどれだけ衝撃を受けるかという点に重きをおきました。台本作家のカンマラーノは当初最終場面で復讐の意味や母の悲しみを語らせようとしたのですが、ヴェルディはそれを断り、3~4小節でパッと終わらせたのです。ヴェルディは壁にぶつかって作品が終わるような衝撃を求め、その先の部分で何を考え、感じるかは観客に委ねたのです。


アンドレア・バッティストーニ講演会「ヴェルディ・オペラと《イル・トロヴァトーレ》の魅力を語る」
2016年1月31日(日)14時
イタリア文化会館 アニェッリホール
司会:加藤浩子
通訳:井内美香
主催:イタリア文化会館、日本ヴェルディ協会
協力:公益財団法人東京二期会


バッティストーニさんの知性と情熱、並々ならぬヴェルディへの傾倒を感じられる講演会でした。バッティストーニさんが二期会で指揮する「イル・トロヴァトーレ」の公演は、2月17・18・20・21日に東京文化会館で行われます。

東京二期会オペラ劇場《イル・トロヴァトーレ》

文・平岡拓也 reported by Takuya Hiraoka / photo:Naoko Nagasawa

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