オペラ・エクスプレス

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“新生”《夕鶴》とは??—ドリームチームが臨む、メイドインジャパンのオペラプロジェクト

2014年1~4月に全国で上演された、團伊玖磨(だんいくま)作曲のオペラ《夕鶴》の舞台が、今週末の2月14日より再演を迎えます。

日本人なら誰もが知っている、木下順二の戯曲を台本として書かれたオペラ《夕鶴》は、国内外で800回以上も上演され、日本オペラの代表作とも言うべき作品です。團のオペラ化に際し、「一言一句戯曲を変更してはならない」という、木下からの承諾条件があったということも、よく知られています。それが影響してか、《夕鶴》と言えば、田舎の情景の具象的な装置を使用するなどの、世話物風の演出が主流となっています。
ところが、今回再演される《夕鶴》の舞台には、家や囲炉裏などの装置はなく、鍋釜などの小道具も登場しないのだそうです。つうも着物ではなくドレスを着、他の登場人物も洋服に靴だといいます。


市川右近(演出)

演出の市川右近氏は、團伊玖磨が加筆したト書きの部分—「いつともしれない物語、どこともしれない雪の中」—に、このオペラの真のテーマを見出します。
市川右近「團先生の求めていた《夕鶴》とはどういうものなのか、自問を重ねるうちに、ト書きの部分か浮かび上がって来ました。一言一句変えてはならないという約束の上でオペラ化するという条件だったのに、團先生はこのト書きを加筆されている。ここにおそらく團先生が目指すところがあるのではないか・・・。時代を超え国境を超え、人間と自然界とのつきあい方、ふれあい方。恒久に普遍的な平和の理念。それが、この作品をオペラとして世界に紹介したかった理由なのではないか。木下先生の厳しい言葉の中に、このト書きを加えられていることが、全てを語っているのではないかと考え至りました。」
「これまでにない新しい《夕鶴》を作ろうというのが、参加者共通の思いでした。しのぶさんという方は大変ゴージャスな方で、本当にこの“新生”《夕鶴》にふさわしいつう役です。また、森先生のご考案で、つうが着物を脱いでドレスを着たというのが凄いところなんです。素朴で質素というつうのイメージを、着物ではない形で、納得できる新しいつうの姿にしてくれた。」
「つうの髪に赤い羽根がついているんですが、これも森先生のご提案で、いわゆる丹頂づるのイメージです。遠目で見ますとお花を付けているようにも見えて、ゴージャスな衣装の貴婦人に赤いアクセントを着けただけで、かわいらしい少女のような童女のようにも見える。つうが本来持っているものをこの赤い羽根一個で出せて、純朴な雰囲気を加えることができたかなと、最終的には大満足でした。」
「いつともしれない物語、どこともしれない雪の中—普遍性を出していきたいというところからのスタートです。森先生がまず、「洋服着せましょうよ」「これは世界でできるものにしましょう」って言って下さった。だけど言葉はなまっているし、鍋釜がやたら出てくる。囲炉裏もあります。まず、鍋釜を排除して囲炉裏をなくす。民芸調を一切廃止することから始めました。最終的に小道具で出てくるのは、最後に織った織物のみに集約しようということにしまして。それ以外のものは一切出さないで、できるだけ食卓に向かわせない。あらゆることを切り捨てて切り捨てて行って中核となるところに行けたのではないかと思います。」
「そぎおとすという意味では、能舞台的なセットになっておりました。回り舞台は歌舞伎の大昔からある演出法の一つ。それに傾斜をつけたのは、オペラの舞台から*。歌舞伎と歌劇の融合とも思えますね。」

*欧米では一般に、オペラの舞台に傾斜がついていて、舞台奥が高く客席側が低い。


森英恵(衣裳)

© Naoko Nagasawa_3155「この《夕鶴》は、メイドインジャパンの、幸せな仕事でした。今回更に磨きをかけたものを、皆様にお見せしたいと思います。」
「洋服という職業を長い間ニューヨークやパリでやって来たわけですが、私の中ではいつも、純粋な日本というものを何かの形で表現できたらいいなあという気持ちがありました。そんなときにこのお話を頂きまして。この作品はやればやるほど磨きがかかって行くのではないかと期待しております。」
「お願いしたいことは、これは絶対に外国でもやって頂きたいということです。純粋の日本製のオペラは、日本はもちろんですが地球的な規模で外国にも持って行きたいものです。」


佐藤しのぶ(つう)

© Naoko Nagasawa_3157「團先生がご存命の時分、何度もお声掛け頂いていながら、まだ自信がなく逃げ回っていました。先生が思いがけず蘇州でお亡くなりになってしまい、非常に悔しく思っていましたが、その後もいつのひか自分も歌えるようにと努力と勉強はしておりました。つうではないですが、先生にご恩返しをしようと。この素晴らしい皆さんと一緒に、思いがけないくらいのドリームチームで実現できるということを知ったときには飛び上がるほど嬉しかったです。でも反対に、もし先生がご存命だったら何と仰るかなと・・・。ちゃんと誉めて下さるかしら、それとも怒られるかしらと、期間中、ずっと恐い思いをしていまいた。ですので、皆さんが涙を流して「ありがとう」と駆け寄って来て下さった時には、本当にほっとしました。初演の時から《夕鶴》をずっとご覧になっていた方や先生の近親者の方や、本当に色々な方たちが満足して下さったようです。」
「初演の時にご覧になれないお客さまが続出したということで今回再演になるということも、オペラ界では中々ないことなので、本当ありがたいことだと思っています。前回以上に気を引き締めて素晴らしいステージで作品を見て頂きたいと思っております。」
「このお話は、どんなに時代が変わっても人間にとって決して失ってはいけない本当に大切なことを描いています。だからこそ、具体的に世話物で見せるのではなく音楽が象徴していること、團先生がお伝えになりたかった普遍的なもの—人間にとって一番大切な美しい魂—を象徴的に作り上げたいという思いが強かったのです。皆で苦しんで、時間を掛けてエネルギーを掛けて、話し合い練習をし合い作り直し、具現化して行きました。」
「今回惣ど役をなさる、高橋啓三先生から伺った言葉で、福島県の方言で「までい」という言葉があります。までいというのは「真」の「手」と書くのですが、「真心を込めて」「大切に」「両手で大事に愛するように」「丁寧にゆっくりと」という意味があるそうです。この言葉を、見終わった方が心のどこかに持って頂けるような歌を歌えたらなと思います。」
「元々、大道具小道具を全部排除したいと言ったのは私なんです。スタッフからそんなことは無理だ、書いてあるからと言われましたが、私は最初からできると思っていて。私の頭のなかでは、それは可能なことだったんです。大事なことはお鍋やお茶碗やお箸ではなく、二人が非常に中睦まじく家庭的にいるということ。それを出すために、おひつがあったりするだけです。音楽が全てのモチーフを出してくれている。それがオペラですから。全ては團先生が音楽に書いて下さっています。」


現田茂夫(音楽監督・指揮)

© Naoko Nagasawa_3167アシスタント時代から、沢山の《夕鶴》に関わって来ましたが、今回の《夕鶴》は、今までのものと全く違うものです。我々の中には、《夕鶴》と言えば、日本の山の奥の雪深い感じが染み付いているものです。それが本当に正しいのかどうかがわからなかったし、本当の意味で何を表したかったのか・・・。」
「《夕鶴》という作品は、既に海外での公演も多いですが、世界各地に似たような話はあるのです。助けた動物が恩返しをするという、動物は鶴だったりキツネだったり犬だったり鳥もありますね。題材としては、元々普遍的なものだと思います。この「鶴の恩返し」という話は、同じものを見ているようで実はそれぞれでとらえかたが違っていたという、それが悲劇の元である。悲劇というか、この中でつうが与ひょうのもとを去らなければならない一つの要因ではある。例えばつうがいう台詞がありますが「お金ってそんなに大事なの」と。そうすると与ひょうが「それは金があれば何でもええものを買うだ」と言うんです。そうするとつうは「買うってなに?いいもんてなに?」そもそもの考え方がすれ違っている。このことが我々の日常にも、頻繁に起こっていることなのかもしれないと思います。このすれ違いこそがドラマです。心理的な側面を見ること、それをお客様に見せることによって何か感じて頂くことが音楽家の使命でもある。」
「一番最初に聞こえるのが子供の歌です。どこからともなく聞こえて来る子供の歌に、千住さんの雪景色の美しい舞台。自然と《夕鶴》の世界に引き込まれて行く、何とも素晴らしい舞台です。子供達は森先生の衣装によって、妖精というか天使のようにとらえることができます。各地の公演で、子供はその地方の子供達と共演します。何度か稽古する中で、《夕鶴》の世界に自然に入って来る。順応性も早いし、子供は天才だなと思いました。」
「普段は平らなところでしか稽古できませんから、中々想像が出来なかったんですが、舞台装置がまた大変です。大きな丸で傾いていて、尚且つ回る。歌舞伎では当たり前のことなのでしょうが、その上に立ってみると、相当こわい。回っている途中で移動してそこをライトが当たったり当たらなかったり。これは歌ってる人に向かって指揮を見ろなんて言えないなと。どこに指揮者がいるのかわからなくなってるという状況がよくありました。」
「2014年とにかく印象に残っているのは、2月16日に熊谷で予定されていた舞台が大雪で中止になってしまったことです。我々も、相当大変な思いをしてホールに到着はしたものの、全ての交通機関が止まり、お客さまが会場に来られないということで公演自体が中止になってしまいました。本当に申し訳ないことをしたなと思っていましたが、今年熊谷での公演もさせて頂きます。」
「明後日から八丈島に行き、團先生の「筑後川」という合唱曲を演奏して来ます。團先生は、長年八丈島にお住まいでいらっしゃいましたから、その前に、こうして記者会見をするというのも何かの縁だと思います。團先生にも、このことをご報告して来ようと思います。」


公演日程
2016年2月14日(日)15時 神奈川県民ホール
2016年3月24日(木)14時 東京文化会館
2016年3月27日(日)14時 東京文化会館

《夕鶴》全国スケジュール

※お断り※
この記事は、2015年10月に行われた制作発表記者会見の内容を、公演のプレビュー用に再編したものです。そのため、記事の中の日付が、一部2015年10月時点のものとなっております。

文・写真: 長澤 直子

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