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人は許す事で前進する事が出来る—私が《イェヌーファ》を愛する6つの理由

人は許す事で前進する事が出来る—私が《イェヌーファ》を愛する6つの理由

新国立劇場でヤナーチェク《イェヌーファ》GP(ゲネプロ)を観てきました。大変素晴らしい仕上がりで、ここまで心に直接響いてくるオペラはなかなか無いと思いました。

演奏ついては公演の本番を観てまた書きますが、本当に貴重な上演だと思いますので、出来るだけ多くの人がこの公演を観るようにと願っています。役に立つかどうかは分かりませんが、私が《イェヌーファ》を愛する理由をいくつかあげてみます。

以下に書くことの中には物語のあらすじを含みます。知りたくない方は読まないようにご注意下さい。(このオペラはもし出来ればストーリーを予習してから行った方が良さが分かると思います。台本も新国立劇場の売店その他で販売されています。でも、その時間が無い方も、ぶっつけ本番でも勿論大丈夫ですから、可能な方はどうぞ劇場にお運び下さい。)
※日本ヤナーチェク友の会のサイトに《イェヌーファ》のあらすじと人物相関図が掲載されています。※

1. 《イェヌーファ》は社会派のドラマである。
《イェヌーファ》の台本は本当によく書けています。このオペラの中では残酷なことがいくつか起こります。若く美しいイェヌーファの顔がナイフで傷つけられたり、結婚前の恋愛で生まれた赤ん坊が殺されたりします。でも、今でも似たような事件が世界中で起こっています。主人公達は名もない市井の人々、しかもそれぞれ美質も欠点も持ち合わせています。

イェヌーファは、男性の理想としてのヒロインではありません。「ボヴァリー夫人は私だ」というのはフローベールの有名な言葉ですが、まさに「イェヌーファは私だ」と言いたくなる位、真実味のある主人公です。

このオペラはチェコ語では《彼女の養女》というそうです。ストーリーは、イェヌーファと2人の男性との恋愛という軸の他に、義理の母と娘の関係がとても重要な意味を持っています。オペラの最後の方に出て来るコステルニチカの台詞に「今やっと分かったけれど、私はお前より自分を愛していたんだ。」という部分がありますが、この言葉は本当に他者を愛する難しさを教えてくれます。


2.ヤナーチェクの書く「歌」は素晴らしい!

このように演劇的に卓越した《イェヌーファ》の台本ですが、ヤナーチェクの音楽こそがこの物語を真の傑作にしています。ヤナーチェクはチェコのモラヴィア地方に生まれ、人生の殆どをそこで過ごしました。チェコは首都プラハがあるボヘミアはドイツ・オーストリアにも文化的に近い土地、それに対してモラヴィアは田園地帯が中心になり郷土色豊かなのだそうです。

モラヴィアは民俗音楽の宝庫として知られ、ヤナーチェクは若い頃、モラヴィアの民謡採集の仕事をした事もあり、この地方に独特の言葉のリズム、抑揚、旋律などを記録し、研究するようになりました。《イェヌーファ》の登場人物達の歌が、言葉と奇跡的に一致しているのはヤナーチェクが自国の言葉の抑揚のための音楽を書いたからです。そのことが彼らの心情を私達に痛いほど伝えてくれるのです。


3.ヤナーチェクの書く「オーケストラ」は美しい!

今ではヤナーチェクは20世紀前半の代表的オペラ作曲家と見なされ、《カーチャ・カバノヴァー》《利口な女狐の物語》《マクロプロスの秘事》そして《死の家から》など上演も多いようですが、《イェヌーファ》は彼の出世作となったオペラです。作曲に長い年月がかけられ、また完成後も上演まで紆余曲折がありました。このオペラではヤナーチェクの瑞々しい音楽に驚きます。まるでオパールの中に見える様々な色の煌めきのようなのです。

オペラの冒頭から同じ音で執拗に鳴り続けるシロフォン(木琴)、弦楽器の哀しくも美し過ぎるメロディー、木管、金管の雄弁さ、激しい打楽器。次々と思いもかけない音色がオーケストラ・ピットから浮かび上がっていて素晴らしかったです。特に第二幕の劇的表現、第三幕の崇高さには圧倒されました。今回はチェコ人のトマーシュ・ハヌス指揮、東京交響楽団の演奏ですが、ドラマに沿った表現で大変良い演奏だと思います。


4.今回の演出はこのオペラの本質をついている。

今回のプロダクションはクリストフ・ロイ演出で、2012年にベルリン・ドイツ・オペラで初演されたものです。民俗調を抑えた、アンドリュー・ワイエスの絵画にでもありそうな田園風景、真っ白い部屋、現代的な服装などの特徴があります。そのことによって、チェコで昔あったお話ではなく、いつでもどこでもあり得る話として示されているし、台本の内容をきっちり演技に反映している優れた演出だと思いました。


5.出演歌手達が登場人物を生きていて素晴らしい!

キャストはベルリンでもこのプロダクションに出演した歌手が中心です。それぞれの役柄をよく把握し、声の調子も良いようでした。特にイェヌーファのミヒャエラ・カウネの叙情的な美声、ラツァのヴィル・ハルトマンの情熱的な歌唱、そしてもっとも重要なコステルニチカのジェニファー・ラーモアは表現がさすがでした。また日本人キャストも重要な役柄で出演していますが、みな役作りも素晴らしい出来でした。合唱も活躍します。


6.《イェヌーファ》は許しのオペラである。

今まで書いてきた一つ一つは、他のオペラ作品で味わえる事も多いと思います。でもなぜこのオペラはこんなに心に響くのか?それは多分、《イェヌーファ》が許しを描いたオペラだからではないでしょうか?

人は許す事で前進する事が出来る。《イェヌーファ》は、それを教えてくれる傑作なのです。

文・井内美香 text by Mika Inouchi

新国立劇場《イェヌーファ》特設WEBサイトへ

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