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「春風よ、なぜに我を目覚ますのか?」白皙の美青年に訪れた残酷な恋の結末———新国立劇場《ウェルテル》公演レポート

「春風よ、なぜに我を目覚ますのか?」白皙の美青年に訪れた残酷な恋の結末———新国立劇場《ウェルテル》公演レポート

新国立劇場でマスネの《ウェルテル》を観ました!ゲーテの名著「若きウェルテルの悩み」を原作とした、恋愛の暗いパッションを描くフランス・オペラです。出演者の変更が相次ぎましたが、結果はとても良い公演となりました。

今回、大きな変更があったのは主役ウェルテルと指揮者です。もともと一度キャスト変更があったのに加え、初日が近づいてきた3月初頭になって、予定されていたマルチェッロ・ジョルダーニがキャンセルという発表がありました。代役に決まったのは、ロシア人のテノール歌手ディミトリー・コルチャックです。そしてその後に、指揮に予定されていたフランス・オペラの巨匠ミッシェル・プラッソンがやはり降板、すでにアシスタントとして来日していた息子のエマニュエル・プラッソンが指揮台に立つことになりました。

今回の《ウェルテル》は新演出です。演出はニコラ・ジョエル。パリ・オペラ座の総監督も務めた重鎮です。ジョエルは過激な読み替えなどはせずに写実的な舞台を好む演出家で、舞台美術(エマニュエル・ファーヴル)と衣裳(カティア・デュフロ)が大変美しかったです。

第一幕は石造りの館の奥に目に鮮やかな木々の緑が映し出されています。第二幕は下手に教会があり、手前のスペースはアーチの下でほの暗くなっています。そして第三幕のシャルロットの家は広々とした暗い部屋。上手にはクラヴサン(チェンバロ)が置かれています。舞台奥の窓の外は降りしきる雪。そしてウェルテルが悲惨な最後を遂げる終幕は、天井までを埋め尽くす本棚がある白い部屋です。この部屋には螺旋階段で昇って来るようになっています。それぞれの幕の装置が違うのはきょうびオペラの舞台でもなかなか無い贅沢ですから嬉しかったです。そして、この舞台の美しさは照明のヴィニチオ・ケリによって完成されていました。ヨーロッパ好みの暗めの照明ですが、木漏れ日、アーチのある建物の影、窓から差し込む光などが舞台にニュアンスを与えていました。

指揮のプラッソンは、どうしてもパリ・オペラ座の《ウェルテル》映像などでお馴染みのお父さんと比べてしまいますし、もともとアシスタントで入っていたということですから作品解釈も巨匠のそれを踏襲しているとは思うのですが、ドラマを強調する音楽作りと、激しいパッションの表現がとても良かったです。東京フィルハーモニーはいつもにも増して歌心のある演奏。音楽の中に次々に浮き出てくる管楽器やヴァイオリン、ホルンなどのソロは、どの楽器もたっぷり歌って最高でした。

オペラの第一幕は大法官と子供達の歌声で始まります。大法官の久保田真澄は柔らかいバスの声で優しい父親役を好演。子供達も歌に演技に大活躍です。ソフィー役に砂川涼子はもったいないくらいの配役ですが、しっかりものの次女というキャラクターで姿も可愛らしく、よく通る声が魅力的でした。脇役の面白いおじさん二人組、シュミットの村上公太、そしてジョアンの森口賢二も声、演技共に素晴らしかったです。

皆が一旦いなくなると、チェロとヴァイオリンがあの印象的なメロディを奏して、村人に導かれたウェルテルが登場します。コルチャックは白皙の美青年で役柄にぴったりの容姿。ウェルテルの衣裳は、ゲーテの描写にある青い燕尾服に黄色のジレではなく、第一幕、第二幕はグレーのコート、第三幕は黒い服装でした。コルチャックは声もリリックで甘いので、ウェルテル役によく合っていました。

シャルロットのエレーナ・マクシモワは金髪のやはりロシア出身の美女で、妖艶すぎるくらいですが、凛とした演技が役にふさわしかったです。メゾの豊かな声がマスネの書いた木管楽器群の音色ともよく合って、うっとりするような効果を生み出していました。第一幕は清楚な淡い薔薇色のドレス、そして第二幕からの紫色のドレスもよく似合っていました。
アルベールのアドリアン・エレートは誠実そうな容姿と声。言葉が聴きとりやすく、演技も上手でした。

今回の上演の成功には、ウェルテル役のコルチャックとシャルロット役のマクシモワの相性が良かったことも大きいと思います。ロシア人同士で音楽性にも共通点が感じられるのです。第一幕の二重唱は、若い二人が恋に落ちる雰囲気がよく出ていました。第二幕はすでにアルベールと結婚したシャルロットが、ウェルテルの恋心がどうしても収まらないので、彼にしばらく自分たちに会わないでほしい、と宣言する場面です。すでに悲劇が進行している中、ソフィーがアルベールとウェルテルを踊りに誘う音楽が効果的な対照を成しています。ソフィー役の砂川が退場しながら歌う「何て楽しいのかしら!」という台詞の最後の高音、美しかったです!その後はウェルテルとシャルロットの対話。思い悩みながらも自分からはシャルロットの元を離れることが出来ないウェルテルは、彼女に「もうクリスマスまで会わないことにしましょう」と言われ、「いいえ、もう二度と!」と叫びながら走り去ります。コルチャックの高音、輝かしかったです。

そして起承転結の「転」にあたる第三幕です。シャルロットはウェルテルが書き送ってきた手紙を読み、思い乱れる心情を吐露した後にソフィーの訪問を受け、心の悩みを打ち明けるソロ「泣くままにさせてVa! Lasse couler mes larmes」を歌います。ここではサクソフォンが歌に寄り添うのですが、その音色は深みがあり、また、かなりゆったりとしたテンポで歌うマクシモワとサクソフォンの歌心が素晴らしくてしびれました。ウェルテルが登場すると音楽が衝動的な激しさを帯びてきます。そしてこのオペラのもっとも有名な場面、彼が詩を朗読する「オシアンの歌」もじっくりと遅めで、コルチャックのクライマックスへの持って行き方もとても良かったです。アリアの後は一旦音楽を切って、客席からはブラヴォーと拍手が飛び交っていました。

感動のあまりウェルテルへの想いを隠せなくなるシャルロットにウェルテルはついに口づけをし、我を取り戻したシャルロットはその場から駆け去ります。彼女の後を追っていったウェルテルは彼女からの返事が無いので再び舞台に戻り、自殺を決意してその場から走り去ります。アルベールが戻ってきて訪ねて来たウェルテルの従者にシャルロットの手からピストルを渡させて幕となります。

音楽はそのまま途切れずに、二人の思い乱れる心や、降りしきる雪などを感じさせる盛り上がりをみせます。ここでは金管も活躍し暗い情熱を表現。その音楽の最中に銃声が響きます。

終幕はウェルテルの部屋。窓はありませんでした。安楽椅子にもたれたウェルテルの白いシャツには血が流れています。二人の歌唱は最後まで緊張感を持ち秀逸でした。ソフィーと子供たち(そして女声合唱)が歌う「ノエル(クリスマス)」という声が天使達の迎えのように響く中、ウェルテルは息絶えます。その後の幕切れの音楽は、これまでの甘美なメロディーを断ち切るかのようで残酷な結末を感じさせました。

初日の幕が降りると、ブラヴォーと拍手が長く続きます。コルチャック、マクシモワには特に大きな拍手がありました。演出家のニコラ・ジョエルは舞台に上がらず、客席にいる彼にスポット・ライトがあたり、そこからお客さんの歓声に応えていました。新国立劇場らしい美しいプロダクションが観られて良かったです。
(所見:4月3日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi

《ウェルテル》新制作
新国立劇場 オペラパレス
全4幕/フランス語上演
原作:ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ
台本:エドゥアール・ブロー/ポール・ミリエ/ジョルジュ・アルトマン
作曲:ジュール・マスネ

指揮:エマニュエル・プラッソン
演出:ニコラ・ジョエル
美術:エマニュエル・ファーヴル
衣裳:カティア・デュフロ
照明:ヴィニチオ・ケリ

キャスト:
ウェルテル:ディミトリー・コルチャック
シャルロット:エレーナ・マクシモワ
アルベール:アドリアン・エレート
ソフィー:砂川涼子
大法官:久保田真澄
シュミット:村上公太
ジョアン:森口賢二
ブリュールマン:寺田宗永
ケッチェン:肥沼諒子

合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
児童合唱:TOKYO FM 少年合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

字幕:増田恵子
(台本原訳:和田ひでき)

芸術監督:飯守泰次郎

主催/制作:新国立劇場
新国立劇場《ウェルテル》※お断り:こちらの画像は、指揮者変更以前のものです。

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