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フレンチ・バロックオペラの上演における日本随一の団体———ジョイ・バレエストゥーディオ「プラテ」公演レポート

フレンチ・バロックオペラの上演における日本随一の団体———ジョイ・バレエストゥーディオ「プラテ」公演レポート

5月7日、ジョイ・バレエストゥーディオによるラモー「プラテ」の再々演を観てきました。会場は練馬文化センターです。バレエ・スタジオの主催によるこのシリーズは、これまで「プラテ」の他に「レ・パラダン」「優雅なインドの国々」といったラモーのオペラを継続的に上演してきており、既に17年は「レ・パラダン」、18年は「プラテ」と予定が目白押しです。更にこの企画で注目すべきは、従来の上演におけるカット箇所を可能な限り復元し、ラモーのオリジナルな考えに迫ろうとしている点です。これまでの上演でも数々の世界初演や復刻が行われてきました。ジョイ・バレエストゥーディオは、フレンチ・バロックオペラの上演における日本随一の団体といってよいでしょう。
プラテ
1745年に「プラテ」がヴェルサイユ宮殿にて初演された時、本編全3幕の内容が「相応しくない」とされ、その後の上演機会が限られてしまったといいます。当時の王家・貴族階級を痛烈に皮肉った内容ゆえの処遇でしたが、ここ最近はヨーロッパ各地で上演されており、当時「相応しくない」とされた点が強調されているとのこと。これこそはラモーが抒情喜劇という形式に込めたメッセージ性が普遍的であることの証でしょう。
オペラはプロローグと続く3幕から成り、ギリシアのブドウ畑での長閑な会話から始まります。悲劇の創始者であるテスピスは喜劇の創始者という設定であり、彼とタリー(喜劇の神)、モミュス(嘲笑の神)、アムール(愛の神)らにより、喜劇「プラテ…ジュノンの嫉妬」が創り出されることに。―ギリシア神ジュピテルの妻ジュノン(風の女神)の嫉妬により地上は激しい嵐に見舞われ、これを何とか丸く収めるためにギリシア王シテロン、メルキュール(ジュピテルの使者・旅人の神)らが画策します。その内容は、シテロン山の麓にある沼の女王プラテとジュピテルを偽装結婚させ、式の最後に嫉妬にかられたジュノンを大笑いさせて和解させようというもの。無事仲直りしたジュピテルとジュノンはじめギリシア神たちはさっさと天界へ戻ってしまい、散々振り回されたプラテは怒りの言葉を吐いてもといた沼へ戻っていきます―短いエピローグでオペラは最初のテスピスらの場面へ戻り、幕を下ろします。

このオペラの大きな特徴として、全曲において頻繁にバレエ音楽が挿入される点が挙げられます。オペラの場面自体に舞踏が組み込まれているのですが、その点今回の上演は充実していました。バレエスタジオの主催ということで、どの場面を見ても入念な振り付けが成されており、舞台上の緊張感が見事に保たれていました。バレエミストレスの錦織舞さんを中心に、スタジオの生徒さんによる群舞も見ごたえあり。個人的には第2幕、フォリー(狂喜の女神)の家臣による赤ん坊やギリシアの哲学者を模した踊りが印象的でした。
バレエ・歌・オーケストラ、それぞれの「最も表現しやすいテンポ」は異なったでしょうが、舞台上に齟齬は感じられず、三者間でじっくりと調整が行われたことをうかがわせました。根本卓也さん指揮のオーケストラは序曲から引き締まったサウンドで新鮮さを表出し、歌手やバレエの必要に応じて急速なテンポでも見事な演奏を維持していました。劇場の規模からいって必ずしも十全とは言えない編成でしたが、その中でもソロの箇所を作るなど音色面の対比が試みられていたのも好印象。根本さんのアイディア・実力がいかんなく発揮された結果でしょう。
バレエと有機的に結合した演技を見せ、かつ当然歌でも魅せることが期待される歌い手ですが、若手実力派によるキャストはいずれも見事な出来栄えを示しました。やはりプラテ役の糸賀修平さんは高らかなテノールで、ホールの特質を素早くつかんでスケールの大きい戯画的な歌唱で魅了しました。彼(彼女!?)の存在感なしには語ることができません。また、フォリーの高橋美千子さん、タリーの藤井玲南さん、アムールの溝呂木さをりさん、ジュノンの杉山由紀さんら女声キャストもそれぞれの神々らしい表情で演じ、フランス語のディクションも素晴らしい。上手袖から下手袖まで目いっぱいに使ったダイナミックな見せ方も意外性がありました。プロローグで知的な雰囲気を振りまいたテスピスの北嶋信也さんも引き込まれました。「クワ!クワ!」というカエルを模したユーモラスな合唱も楽しい。

いわば劇中劇ともいえるラモー「プラテ」ですが、散々言葉巧みに利用され、夢見心地だったプラテを観ていると可哀想に思えてきます。第3幕では結婚式が遅々として進まず、雲行きが怪しくなって遂にジュノンが乱入してすべて嘘だったことが判明するのです。その後プラテは「クワ!クワ!」と絶叫しながらもといた沼に泣き戻るのですが、そこで挿入されるシーンは非常にドキリとするメッセージを孕むものでした。天界に戻ったギリシア神たちは暗いヴェールに包まれ、差し込む黄金の光の中で享楽にふけっている―その画はエロティックですらあります。一方のプラテは客席に背中を向け、沼の女王として変わらず君臨するという凄み、神性を感じさせる姿を見せます。観るものは「本当に愚かなのはどちらなのか?」と自答せざるを得ません。この場面にこそまさに、「プラテ」でラモーが主張したかった人間の二面性が現れているのでしょう。それを最後に強く印象付けた今回の上演の価値は実に大きいといえます。

【公演データ】
2016/5/7
ジョイ・バレエストゥーディオ プロデュース フレンチバロック・オペラVol.5
ジャン=フィリップ・ラモー「プラテ…ジュノンの嫉妬」再々演 ≪1745年版≫
@練馬文化センター 大ホール

ラモー:プロローグと3幕のバレエ・ブフォン「プラテ…ジュノンの嫉妬」(1745年版)

芸術監督・演出・振付:錦織佳子
プラテ:糸賀修平(テノール)
フォリー:高橋美千子(ソプラノ)
シテロン:高田智士(バリトン)
サティーユ/ジュピテル:駒田敏章(バリトン)
タリー/クラリーノ:藤井玲南(ソプラノ)
メルキュール:田中健晴(バリトン)
ジュノン:杉山由紀(メゾ・ソプラノ)
テスピス:北嶋信也(テノール)
モミュス:望月一平(バリトン)
アムール:溝呂木さをり(メゾ・ソプラノ)
ナイアード:山口清子(ソプラノ)
イリス/メナード/ナイアード/フォリーの家臣:錦織舞(バレエ)
サティロス/アキロン/フォリーの家臣:ジョン・ヘンリー・レイド(バレエ)
サティロス/アキロン/アポロン/フォリーの家臣:オリヴァー・ホークス(バレエ)
メナード/ナイアード/フォリーの家臣:大橋悦子(バレエ)
バレエ:ジョイ・バレエストゥーディオ
管弦楽:ジョイ・オペラ・アンサンブル
指揮:根本卓也

取材・文:平岡拓也 reported by Takuya Hiraoka

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