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神に遣わされた白鳥の騎士。尋ねてはいけない禁断の問いとは?———新国立劇場《ローエングリン》

神に遣わされた白鳥の騎士。尋ねてはいけない禁断の問いとは?———新国立劇場《ローエングリン》

新国立劇場でワーグナー《ローエングリン》を観ました。タイトルロールのフォークトが圧倒的な歌唱で、聴きごたえたっぷりの素晴らしい公演でした!

自己犠牲によって男性を救済するヒロインが多いワーグナーのオペラですが、《ローエングリン》のエルザは違います。父王を失い、まだ幼い弟も行方不明となり、苦境にあったエルザは謎の騎士ローエングリンに救われます。しかし幸せになったと思ったのも束の間、彼女はその時に誓った「彼の名前と素性を尋ねない」、という約束に耐えられなくなるのです。そしてローエングリンが必死に止めるのも空しく、ついにエルザは禁断の問いを口にしてしまいます。

聖なる国から遣わされたローエングリンも、エルザの前では一人の男性でした。二人はお互い深く思っていたのにも関わらず、愛は一瞬にして崩壊してしまうのです。物語は中世の白鳥騎士伝説が元となっていますが、このオペラに描かれている関係は実はどの時代にも通用する普遍的なテーマです。ワーグナーは本当に凄いですね。

プロダクションは2012年に新国立劇場で初演されたもの。演出はマティアス・フォン・シュテークマン。初演時の指揮はペーター・シュナイダーでした。主演はローエングリンが今回と同じクラウス・フロリアン・フォークト。今回は芸術監督の飯守泰次郎が指揮をし、キャストもタイトルロールのフォークトと伝令の萩原潤以外は一新されています。

フォークトは現在、この役に関しては世界のトップであることは間違いないと思います。長身で金髪の容姿も役柄に良く合っていて、優しい響きを持った美声には輝きがあります。歌い方には気品がありローエングリン役にぴったりです。以前は少しおっとりしているかな?と思う事もありましたが、今回は迫力のある歌唱で観客を圧倒しました。第一幕は天井(天上?)から白鳥の吊りものでゆっくり降りて来て、舞台の奥を向いたまま「可愛い白鳥よ」と歌い始めます。第三幕では彼の優しさが仇となり、エルザを狂わせていきます。そして第三幕の後半にあるこのオペラのクライマックス、ローエングリンが自らの身分を明かす「はるか遠くの国にIm fernem Land」では、出自を名乗る所の激しさ、そしてピアニッシモで歌われる愛するエルザへの呼びかけなどまさに名唱でした。

その他のキャストも充実していました。エルザのマヌエラ・ウールは叙情性に優れ演技も良かったです。ハインリヒ国王のアンドレアス・バウアーは立派な声と容姿、テルラムントのユルゲン・リンは妻オルトルートに操られる悪役を好演、オルトルートのペトラ・ラングは一流の歌劇場でワーグナーを中心に歌い続けてきたベテラン歌手ですが、邪悪さの表現がさすがでした。

伝令の萩原潤も美声と朗々とした歌唱で場を引き締めます。ブラバントの貴族達、小姓達のアンサンブル、そして第三幕に出て来る8人の侍女達のソロがとても美しかったです。合唱は場面ごとの表現が的確で素晴らしかったです。

《ローエングリン》は天上の美しさを持つ前奏曲に始まって、第二幕への序奏における低弦や管の響き、舞台裏と表で呼び交す金管、そしてオペラの中でも白眉と言っていい第三幕への前奏曲などオーケストラの聴き所が多い作品です。飯守泰次郎指揮の東京フィルは丸みのある美音でワーグナーの中でも旋律美が際立つこの作品を良く表現しました。飯守の指揮は前奏曲のテンポも必要以上に遅くならず、細部まで丁重でありながら颯爽とした若々しさがあって大変に良かったです。

フォン・シュテークマンの演出は示唆に富むものでした。舞台奥の細かい格子状になったパネルに映し出される光の模様で主人公達の心理を表します。第二幕が特に優れていて、前半の赤い光による邪悪な力強さ、エルザのバルコニーの白い光と青いパネルの純真さ、そして教会に行く場面では天井から降りて来る大きなスカートのような装置と、花嫁のヴェールが同じような金属のリングの連なりで出来ています。この幕の最後、赤い絨毯が舞台中央に敷かれた所をエルザが一人で歩く途中に彼女が倒れる場面が印象的でした。第三幕の寝室の場は、白いペーパーワークの大きな花で作られた寝台などの表現が詩的です。

それに加えて良かったのがエルザの衣裳です。第一幕と第二幕前半までの白いワンピース、その後は婚礼の場で白のロングドレスになり、第三幕は背中が開いた白のパンツスーツ、そして最後の場面は黒いロングドレス。二人の幸せが終わってしまったことを象徴する喪の色なのでしょうか?心が抉られる気がしました。

フィナーレの演出について。ワーグナーの書いた台本では、最後の場面は、白鳥がお世継ぎの幼子ゴットフリートの姿に戻るのを見てオルトルートは叫び声をあげてその場に倒れ、ローエングリンは鳩が曳く小舟で素早く出発し、弟と再会して一瞬喜んだエルザはローエングリンが去っていくのを見てその場に斃れる、とあります。今回は幼子が舞台上に独り取り残されるという演出でした。このオペラの主人公達の物語は終わってしまい、次の世代が残される、ということなのでしょうか? …いずれにせよ人生は一度きり。それを痛感させられる終わり方であることは間違いありません。

二度の休憩時間をはさみ約5時間の長丁場が終わると、初日の客席は出演者たちに熱烈な拍手をします。特に主演のフォークトには拍手とブラヴォーのかけ声が長く続きました。そして飯守マエストロや他の出演者たちにも惜しみない拍手が送られました。
(所見:5月23日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi

《ローエングリン》
全3幕/ドイツ語上演/字幕付
台本・作曲:リヒャルト・ワーグナー

新国立劇場オペラ・パレス
2016年5月23日(月)、26日(木)、29日(日)、6月1日(水)、4日(土)
ローエングリン
指揮:飯守泰次郎
演出:マティアス・フォン・シュテークマン
美術・光メディア造形・衣裳:ロザリエ
照明:グイド・ペツォルト

キャスト:
ハインリヒ国王:アンドレアス・バウアー
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ・フォン・ブラバン:マヌエラ・ウール
フリードリヒ・フォン・テルラムント:ユルゲン・リン
オルトルート:ペトラ・ラング
王の伝令:萩原潤
4人のブラバントの貴族:望月哲也、秋谷直之、小森輝彦、妻屋秀和
4人の小姓:前川依子、熊坂真理、丸山真木子、松浦麗

合唱指揮:三澤洋史

合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

芸術監督:飯守泰次郎

字幕:三宅幸夫

主催・制作:新国立劇場

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