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東京二期会《トリスタンとイゾルデ》―深遠に、かつ熱情的に。充実の二期会初演

ワーグナー畢生の大作「トリスタンとイゾルデ」が、ついに東京二期会初演と相成りました。それも、とびきり幸福な形の上演で。
オペラ史のみならず、西洋音楽史を語る上では絶対に避けて通ることの出来ない「トリスタンとイゾルデ」。我が国を代表するオペラ団体である二期会において、これが初の上演というのは少々意外な気もするのですが、これだけ観応えある初演だと、まさに「機は熟した」という言葉が相応しいようにも思えます。近年の二期会の中でも大ヒットと言って良いでしょう。以下、11日と18日の公演についてレポートします。

東京二期会オペラ劇場《トリスタンとイゾルデ》

東京二期会オペラ劇場《トリスタンとイゾルデ》9月18日
(C) Naoko Nagasawa

今回のヴィリー・デッカーによる演出(ライプツィヒ歌劇場との提携)では、前面に張り出したひし形の舞台と後方に設置された大きな背面の壁、そして舞台中央の小舟が3幕を通じて用いられます。壁や舞台の色彩の変化、照明との融合により音楽の進行が示され、観る者に場面展開を印象付けるという点で、「音楽を阻害しない」演出と言えるでしょう。ざっくり分けると1幕では海原の青、2幕では森林(マルケ王の狩を象徴?)、3幕では水墨画のような白黒の世界となります。特に雄弁に思えたのは第2幕で、マルケ王はじめコーンウォールの人々は緑、愛に燃えるトリスタンとイゾルデは深紅の衣装と区分されています。また表題役2人のうち、まずトリスタンが「私を死なせてください」と歌うのですが、幕の後半でイゾルデも同じ台詞を歌います。更に、今回のデッカー演出では小舟の中で2人の立ち位置が入れ替わるようになっており、「トリスタン⇆イゾルデ」と両者の境界が瓦解し、陶酔しながら愛の極致へと向かう様が視覚的にも表現されていました。また、本来メロートの剣によりトリスタンが重傷を負う幕切れの箇所では、表題役2人がそれぞれ目を傷つけ合うという「読み替え」(とはいえ、昨今のヨーロッパの読み替えに比べればはるかに穏当なものでしょう)があり、これによりトリスタンとイゾルデは盲目になります。続く第3幕ではトリスタンを追ってイゾルデがカレオールに辿り着くものの、目が見えないためにお互いがすれ違い、遂に相見えぬうちにトリスタンが事切れるというのは悲劇的な展開でしょう(ただ、クルヴェナールら従者は隣で何をしているのか、という演劇的なもどかしさもあります)。

現れる要素がシンプルな舞台であるが故に、歌い手が担う演劇的な役割は非常に重くなります。厳しい音楽的要求を前提としてそれらを達成することが歌い手には求められるのですが、11日のキャストは理想的とも言える水準で、単純に驚きました。トリスタンの福井敬さんは英雄的な性格をよく描きつつ、第3幕の苦悩の演技でも魅せました。彼の従者クルヴェナールを演じた友清祟さんも多彩な表情で、村上公太さんのメロートとのやり取りも緊迫感がありました。イゾルデを支えるブランゲーネの山下牧子さんは、第1幕終盤で媚薬を飲んだトリスタンとイゾルデを見て絶望(その永遠の苦しみは彼女が図ったことなのですから!)、また第2幕での警告の呼び声など、声楽面・演技面ともに卓越した高水準。逢引に嘆くマルケ王は小鉄和広さん、渋いバスの魅力で魅せました。そして、イゾルデを演じ切った池田香織さんの名唱は忘れ難いものです。第1幕での激昂、第2幕での恍惚たる表情、第3幕を閉じる「愛の死」へ繋がる神秘的とも言える表情、それら全てが緻密な計算の上に達成されていました。

18日のキャストも高水準でした。トリスタンのブライアン・レジスターは徐々に調子を上げてまずまずの歌唱。一方イゾルデの横山恵子さんはオペラティックな迫力。ブランゲーネの加納悦子さん、メロートの今尾滋さんは安定感抜群。こちらのキャストで最も雄弁に感じられたのはマルケ王を演じた清水那由太さん、クルヴェナールの大沼徹さんでした。清水さんの起伏大きな歌唱、大沼さんのドイツ語の美しさは特筆すべきものです。

※写真は9月10・18日キャストのものです※

そして、長丁場の音楽を骨太に支えたのはヘスス・ロペス=コボス指揮する読売日本交響楽団。昨年9月、常任指揮者カンブルラン指揮により「トリスタン」を演奏会形式上演した経験がオケにとっては何よりの宝だったことでしょう。厚みあるサウンドはこの楽団ならではのものでした。ヴェテランのロペス=コボスの棒は、粘らず音楽を美しく響かせていきますが、歌手を的確に助け、舞台上と緊密に連携していました。テンポの伸縮もあくまで自然。第1幕最後の男声合唱とバンダ(金管の別働隊)はかなり控えめに聴こえましたが、次幕冒頭のバンダは好バランスで響きました。

二期会の総力を挙げた「トリスタンとイゾルデ」、大いに堪能しました。両キャストを通して、 「わ」の会の「トリスタン」と重複する歌い手の皆さんが特筆すべき水準を聴かせてくれたのも喜ばしいことでした。

文・平岡拓也
Reported by Takuya Hiraoka / photo:Naoko Nagasawa


東京二期会オペラ劇場
R.ワーグナートリスタンとイゾルデ(全3幕/ドイツ語上演/字幕付)
2016年9月10(土),11日(日),17日(土),18日(日)14時
東京文化会館 大ホール

指揮:ヘスス・ロペス=コボス
演出:ヴィリー・デッカー
(以下、11、17日キャスト/10、18日キャスト)
トリスタン:福井敬(テノール)/ブライアン・レジスター(テノール)
イゾルデ:池田香織(メゾ・ソプラノ)/横山恵子(メゾ・ソプラノ)
マルケ王:小鉄和広(バス)/清水那由太(バス)
クルヴェナール:友清崇(バリトン)/大沼徹(バリトン)
メロート:村上公太(テノール)/今尾滋(テノール)
ブランゲーネ:山下牧子(メゾ・ソプラノ)/加納悦子(メゾ・ソプラノ)
牧童:秋山徹(テノール)/大野光彦(テノール)
舵取り:小林由樹(バリトン)/勝村大城(バリトン)
若い水夫の声:菅野敦(テノール)/新海康仁(テノール)
合唱:二期会合唱団
管弦楽:読売日本交響楽団ube

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