オペラ・エクスプレス

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グルーバーの”糸”は我々をどこに導いたか?———東京二期会オペラ劇場《ナクソス島のアリアドネ》

先日記者会見稽古場の様子を、そしてゲネプロの様子をお届けした東京二期会の「ナクソス島のアリアドネ」は23日に開幕した。ライプツィヒ歌劇場との提携により実現した今回の舞台は、原プロダクションを創り出した演出のカロリーネ・グルーバー、そして指揮のシモーネ・ヤングが来日して約一月にわたってリハーサルを重ねてきたものだ。ゲネプロの模様をレポートした23日&26日組キャストも充実した上演を期待させるものだったが、24日&27日組による上演は果たしてどうだったか。ということで、関東の広範囲に初雪が降った24日の公演レポートをお届けしよう。

最初に結論から言ってしまえば「1963年からのオペラ上演の歴史を誇る日生劇場に、また忘れられない舞台が登場した」ということになるだろう。上質の音楽とドラマが楽しめる、非常に情報量の多い「ナクソス島のアリアドネ」であった。十分に時間をかけたリハーサルにより音楽的にも演劇的にも隙のない舞台として仕上げられ、作品の魅力は存分に発揮された。開幕までより良い舞台を追求してくれたグルーバー、そしてヤング&東京交響楽団、なにより演技に歌に魅了してくれたキャスト各位にはあらためて拍手を贈りたい。この日の舞台を私は大いに楽しんだし、可能であれば複数回見て随所に施された仕掛けを読み解きたい、見終わって時間が経ったいまもそう感じている。

東京二期会オペラ劇場《ナクソス島のアリアドネ》より

アリアドネ:田崎尚美/バッカス:菅野敦

ホフマンスタールとシュトラウスにより改訂された「ナクソス島のアリアドネ」の第二版初演から100年となる今年は、10月にもウィーン国立歌劇場が来日公演で本作を上演している。ベヒトルフによる演出では後半のオペラが完全に劇中劇として扱われ、プロローグの世界こそが「本物」、聴衆が生きている世界であるように描いていた。その地に足のついた、どこかオペレッタ的にも感じられる作品提示はなるほどあの街らしいものだったといえるだろう。対して、ライプツィヒで作られて東京二期会が上演する舞台は何を見せてくれただろうか?グルーバーの演出は、先日の記者会見やゲネプロのレポートで紹介したとおり「芸術家の置かれた境遇について」そして「変容」の二つがテーセウスを導いた”糸”になぞらえて演出の焦点として示されていた。ここからは私も、アリアドネならぬグルーバーの導きにしたがって今回の舞台を振り返ってみよう。
東京二期会オペラ劇場《ナクソス島のアリアドネ》より
まずひとつめの「芸術家の置かれた境遇」だが、プロローグの舞台装置がまず視覚的に誤解のしようもなく率直に示す。彼らの楽屋は部屋ではなくただの地下駐車場のエントランス、ゴミ箱やトイレしかないオープンスペースなのだから、そこに敬意など感じられるわけもない。そして劇が進む中でホフマンスタールの台本が的確に彼らの扱いを示し(簡潔で要を得た字幕はその理解を助けてくれる)、それをよく考えられた演技、立ち位置や小道具など細部が裏打ちする。
スポンサーの代弁者として彼ら彼女らをいいように翻弄する執事長(多田羅迪夫)はすべての芸術家の上に君臨する暴君として舞台に君臨するし、彼が渡す金(それも相手とタイミングをいやらしく選んで!)の前に逆らう者はない。はじめから乗り気のオペラ・ブッファ組の舞踏教師(大川信之)は仕方ないとしても、弟子のオペラ・セリア「アリアドネ」を後押しするはずの音楽教師(山下浩司)も金を渡されるやあっさりとオペラと喜劇の同時上演を作曲家に命じる始末、プリマドンナ(田崎尚美)もテノール歌手(菅野敦)も自分の出番にしか興味がない。この作曲家(杉山由紀)の悲嘆に寄り添うのはひとり、ツェルビネッタ(清野友香莉)のみだ。
若者らしく観念的な芸術論を語っていた作曲家と、日常でも舞台でも自分自身としてだけ振る舞うツェルビネッタ、考えも住む世界も違うふたりだが本心から言葉をかわし共感し合う。この特別な時間は前半の心理的クライマックスとなるが、そんなささやかな、しかし大切な交流すらも荷物の受取りに阻まれてしまうのだから、いやはや、お金に左右されない芸術家はこの舞台では何も得られないのだ。師匠は隠れて歌手たちとお楽しみだったというのに!それはさておいて、いたって身も蓋もないドラマが展開するこの作品の中で、この二人の交流が聴衆の興味をプロローグからオペラへとつなぎ、ドラマ全体をつなぐ”橋”を作る。

東京二期会オペラ劇場《ナクソス島のアリアドネ》より

作曲家:杉山由紀/ツェルビネッタ:清野友香莉

休憩を挟んで開幕するオペラの舞台は豪邸の広間、もしくはホテルの宴会場のように設えられていて「アリアドネ」に必要なはずの「荒れたナクソス島」のセットはない。喜劇と悲劇が共存させられた芝居は食後の歓談に興じる招待客たちに交じるかたちで、舞台と現実の垣根のない場所で展開されることになり、その設定はプロローグの物語の帰結として視覚化されたものだろう。そしてグルーバーが示したもうひとつのキーワードである「変容」は、この宴もたけなわを過ぎてしまった会場で繰り返し歌われることになる。「過去の恋愛を忘れず、変わらないことを望む」アリアドネと、「一人の男が去ったら、また別の男と出会って新しい恋を始める」と語るツェルビネッタのふたりの女性の対比が軸となるのはもちろんだが、ほかにも数多くの場面で「変容」のあり方は示されている、バッカスにしてもキルケーとのエピソードを経て変容した存在として登場していることを思い出そう。
東京二期会オペラ劇場《ナクソス島のアリアドネ》より
オペラは紆余曲折ありながら、テーセウスとヘルメス、つまるところ過去や死だけを思うアリアドネと、キルケー(チルチェ)との出来事を反芻するバッカスの言葉はすれ違いながらもようやく重なり始め、音楽も美しく高揚し始めてハッピーエンドが訪れる、周囲も「真夏の夜の夢」の幕切れにも通じる多幸感に包まれる(視覚的にわかりやすいのはニック・ボトムへのオマージュだろう)……そんな大団円への期待が最終盤に一転、音楽と舞台上の出来事との間で齟齬が生じ、回復する間もなくオペラは終わる。
その最後の場面にも登場するキューピッドに代表される黙役は、この舞台では重要な存在だ。第一幕で意味ありげに登場して登場人物たちを観察し、その幕切れでは絶望する作曲家を押しとどめ、最終的にドラマを閉める役どころを持たされたキューピッドに込められた含意は、否応なく聴衆の読みを挑発する。最後に照明が落ちた瞬間、「メッセージはどうぞご自由に受け取ってください」、そうグルーバーから言われたように感じ、アイロニカルな意味合いが随所に込められたこの舞台を繰り返し楽しみたいと切に感じた次第だ。
東京二期会オペラ劇場《ナクソス島のアリアドネ》より
シモーネ・ヤングが会見で「小さな宝石のような」と語った、小編成のオーケストラにより演劇とオペラの融合を目指した「アリアドネ」は、キャスト勢とオーケストラを見事に率いた彼女の指揮によりその多面的な性格を明らかにした。プロローグにおけるセリフと歌、そしてレチタティーヴォが入り交じる展開を見事にさばいた自在な緩急、オペラにおける深刻さと軽妙さの両立に彼女の本領を見たように思う。その指揮に応えた東京交響楽団は、この作品以前の大編成で雄弁なシュトラウスとは違う、小編成による繊細な音楽を奏でてくれた。
多くの役名付きキャストが出演したこの作品で、今回のキャストはみな充実した歌と演技で素晴らしい舞台を作り出していたけれど、私からはメインの役どころで健闘した二人の若手の名を挙げておきたい。まずは東京二期会公演のデビューを、ツェルビネッタという難役で飾った清野友香莉だ。序盤に少々の硬さは感じられたものの、この演出ではツェルビネッタに役者として多くが求められただろうことを思えば、見事なデビューだと言っていいだろう。
そして、とまどいを見せる一人の人間的存在から神へと変容していくバッカスを演じた菅野敦も、この役を声の力で神威を誇るだけの存在ではないキャラクターとして創り出したことを高く評価したい。もっとも、この舞台を最後まで見た後には果たしてバッカスとは何者だったのか?という答えのない問いが残ってしまうのだけれど(もちろん、それは彼の責任ではない)。

最後に、「海外の歌劇場との提携によって、さらなる上質な公演を」という東京二期会の方針によって今回の公演が実現したことに深く感謝を申し上げたい。演出先行、などとよく言われるかの地での近年のオペラ上演がそう簡単に割り切れるものではなく、上質な舞台は作品からの多様な読みを刺激するものでありうることを示してくれたように思う。出来合いの「正解」を示すのではなく、制作サイドと聴衆が共に作品を読み解く上演の成功例として、今回の「ナクソス島のアリアドネ」は記憶に残る舞台となった。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba / photo: Naoko Nagasawa


東京二期会オペラ劇場
NISSAY OPERA 2016 提携
ナクソス島のアリアドネ
会場:日生劇場
公演日:2016年11月23日(水・祝)17時/24日(木)14時/26日(土)14時/27日(日)14時

指揮: シモーネ・ヤング
演出: カロリーネ・グルーバー

装置: ロイ・スパーン
衣裳: ミヒャエラ・バールト
照明: 喜多村貴

配役 11月23日,26日/11月24日,27日
執事長:多田羅迪夫(全日)
音楽教師:小森輝彦/山下浩司
作曲家:白理香/杉山由紀
プリマドンナ/アリアドネ: 林正子/田崎尚美
テノール歌手/バッカス:片寄純也/菅野敦
士官:渡邉公威/伊藤潤
舞踏教師:升島唯博/大川信之
かつら師:野村光洋/原田圭
召使い:佐藤望/湯澤直幹
ツェルビネッタ:髙橋維/清野友香莉
ハルレキン:加耒徹/近藤圭
スカラムッチョ:安冨泰一郎/吉田 連
トゥルファルデン:倉本晋児/松井永太郎
ブリゲッラ:伊藤達人/加藤太朗
ナヤーデ:冨平安希子/廣森彩
ドゥリヤーデ:小泉詠子/田村由貴絵
エコー:上田純子/北村さおり

管弦楽: 東京交響楽団

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