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ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン「イル・トロヴァトーレ」―――四人の歌手たちの饗宴!息つく暇もないヴェルディの名旋律の数々

「ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」の新作は、ヴェルディの傑作「イル・トロヴァトーレ」だ。デイヴィッド・ベッシュによるプロダクションの再演が、3月3日(金)から各地で順次公開される。
この有名なオペラのストーリーはなかなか説明しにくい。いや、説明だけなら簡単だ。”王女の女官レオノーラを愛したルーナ伯爵、しかし彼女はマンリーコと名乗る吟遊詩人を愛していた…もつれる三角関係、そしてマンリーコとルーナ伯爵の親にも関わる過去と現在が絡み合う闘争の結末や如何に!”といった悲劇なのだが、話がすすむ中で明かされていく真実の意外さ(原作由来)は往年のマルクス兄弟の映画「オペラは踊る」でもさんざんにいじられて、あのアルトゥーロ・トスカニーニが上演を心配したとさえ言われるものだ。だが、それでもこの作品はオペラの代名詞としてオペラファンが長く愛し続けてきた。それは何より音楽の魅力ゆえだが、それはメインキャスト四人の歌手が充実している場合の話だ。果たして今回ロイヤル・オペラ・ハウスの舞台はどうだろうか?

Il Trovatore by Verdi; Royal Opera House; Covent Garden; London, UK; 29 June 2016;  Cast A: Željko Lučić  as Count di Luna (left); Francesco Meli as Manrico; Lianna Haroutounian as Leonora;  Conuctor - Gianandrea Noseda; Director - David Bösch; Set and video designer - Patrick Bannwart; Costume designer - Meentje Nielsen; Lighting designer - Olaf Winter;  Photo: © ROH Photographer: CLIVE BARDA

Il Trovatore by Verdi;
Royal Opera House;
Covent Garden;
London, UK;
29 June 2016;
Cast A:
Željko Lučić as Count di Luna (left);
Francesco Meli as Manrico;
Lianna Haroutounian as Leonora;
Conuctor – Gianandrea Noseda;
Director – David Bösch;
Set and video designer – Patrick Bannwart;
Costume designer – Meentje Nielsen;
Lighting designer – Olaf Winter;
Photo: © ROH Photographer: CLIVE BARDA

キャストを見る前にまずは演出について。”時代劇”と言ってしまっていい「イル・トロヴァトーレ」はそもそも原作が虚構的なものだから、お話の整合性にこだわっても効果が上がらない、というよりも自由な演出を許す余地が大きい。バイエルン国立歌劇場「ニュルンベルクのマイスタージンガー」などでも知られる演出のデイヴィッド(ダヴィッド)・ベッシュは、この作品から貴族や修道院といった上品な意匠を剥ぎ取ってこの作品が「カルメン」にも近い、陰惨で暴力的な性格を秘めたものであることを現代的な意匠で示す。
対立する男二人を、”LUNA”と名前を大書した戦車まで持ち出す強権的なルーナ、いくつもの赤ちゃん人形を貼り付けたトレイラーハウスで暮らす根無し草のマンリーコと設定することで、対立する二人を”貴族とロマだから”などと身分で善悪を判断させてくれない。いや、”どちらかは正しい”と示さないことで、このドラマは属する集団同士の抗争でしかないことを表現するのだ。力だけが支配するドラマは殺伐とした雰囲気の中で展開し、両者ともに敵への嗜虐的なふるまいにためらいもない(ここで描かれる捕虜への虐待は、現在の我々に否応なく中東で振るわれる暴力を思い出させるものだ)。そんな暴力的な世界で長く生きてきたアズチェーナは視線も定まらず、過去に我が子を火に投げ入れたトラウマに苦しんでいると登場してすぐに見て取れる。こうも濃厚なキャラクターたちの中で、ひとり身ぎれいなレオノーラを、二人の男が奪い合う物語が展開する。ロイヤル・オペラ・ハウスの「イル・トロヴァトーレ」はそんな舞台だ。

そんな殺気立ったプロダクションでも、ヴェルディの名旋律の数々で息つく暇もなく聴かせてくれるのが「イル・トロヴァトーレ」の最大の魅力だろう。その成功のために求められる四人の名歌手として、ロイヤル・オペラ・ハウスが集めたキャストはリアンナ・ハルトゥニアン(レオノーラ)、グレゴリー・クンデ(マンリーコ)、アニタ・ラチヴェリシュヴィリ(アズチェーナ)、ヴィタリー・ビリー(ルーナ伯爵)と、世界各地で活躍する実力派が揃っている。
中でも、アズチェーナを演じたアニタ・ラチヴェリシュヴィリが見事、ヴェルディがもう一人の主役に擬した濃厚なキャラクターを、うわ言から預言の如き力強さまで多彩な歌唱表現で説得的に示している。レオノーラを演じたリアンナ・ハルトゥニアンは気品ある歌唱で、特に終盤の歌唱は迫力も十分、堂々たるヒロインとして輝いてみせる。男性陣はグレゴリー・クンデ(マンリーコ)は何度となく訪れる見せ場をヴェテランらしくこなし、ホロストフスキーのキャンセルを受けてロイヤルに初登場したヴィタリー・ビリーは力ある歌唱を聴かせている。
この実力派たちを束ねてみせるのは指揮のリチャード・ファーンズだ。彼はオペラ・ノースで長く活躍した実力を存分に示し、ヴェルディが受け継いだイタリア・オペラの伝統をそのままに、引き締まったテンポで見事に造形してみせる。キャストに指揮に実力派が揃い、作品への新しい光をあてたこの舞台は、熱心なオペラファンには新鮮なものとなり、オペラに不慣れな方には名作を知ることができるのに加えてお硬いオペラへの先入観を壊してくれる、刺激的な舞台となるだろう。これから興味深い演目が続くバレエともども、「ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン」に注目、である。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba


ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン
イル・トロヴァトーレ

2017年3月3日(金)より全国順次公開

演出:デイヴィッド・ベッシュ
指揮:リチャード・ファーンズ

出演:
リアンナ・ハルトゥニアン(レオノーラ)
グレゴリー・クンデ(マンリーコ)
アニタ・ラチヴェリシュヴィリ(アズチェーナ)
ヴィタリー・ビリー(ルーナ伯爵)

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