オペラ・エクスプレス

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東京二期会オペラ劇場《トスカ》―――初演時の背景、衣装を再現し、作品をローマに”還し”、ドラマも”本来の姿”に戻されたのではないか

東京二期会オペラ劇場《トスカ》―――初演時の背景、衣装を再現し、作品をローマに”還し”、ドラマも”本来の姿”に戻されたのではないか

今シーズンの「東京二期会オペラ劇場」最終作はプッチーニの代表作の一つ「トスカ」。2017年2月15日から19日まで、東京文化会館大ホールで開催された公演の最終日、19日の公演についてレポートしよう。
オペラ「トスカ」は1800年、つまりナポレオンが雄飛した時代の、ある日のローマで起きた事件を描くスリリングなオペラだ。原作は、ヴィクトリアン・サルドゥによるマレンゴの戦いのその日にローマでの出来事が、虚実入り交じるかたちで描かれたメロドラマだ。マレンゴの戦いのその日に聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会で始まり、ファルネーゼ宮内、そしてサンタンジェロ城の屋上と名所で展開されるさまは、あたかも日本の大河ドラマのようですらある。そのストーリーを簡単に、あえて予告編風に言えば「ナポレオンを支持する画家と、恐怖政治を行う権力者が歌姫をめぐって対峙した時、彼女は決断する―」とでもなるだろうか。原作戯曲はそもそもが名優サラ・ベルナールのために書かれたものだから、タイトルどおり誰よりもまずドラマを動かすヒロインが活躍することを期待される作品だ。またその一方で、この作品は上述のとおり三角関係として物語が展開する。信心も嫉妬も深い一本気な歌姫トスカ、その恋人で画家のカヴァラドッシ、恐怖政治体制の代表者スカルピアの三人がそれぞれに活躍してはじめて成功が期待できるものだ。

アレクサンドル・タレヴィが今回上演されたプロダクション、つまり作品ゆかりのローマ歌劇場のために演出した舞台は、この名作が生まれた歴史的初演に立ち戻って、改めてその本来の姿を発見しようというものだ。初演時の背景、衣装を再現し、作品をローマに”還した”かっこうだ。鮮やかな色彩が印象的な衣装は初演のまま、明るい教会内部も豪奢なファルネーゼ宮も現実のままだ。そこまでは上演前にレクチャーで彼が話したとおりだったが、上演に触れた今、もしかしてもう一つの試みがあったかもしれない、と私は考えている。それは「この作品の描くドラマも”本来の姿”に戻されたのではないか」、というものだ。
先ほど私はトスカとカヴァラドッシ、そしてスカルピアについて「三角関係」と書いたが、この三人は一般的な恋敵を指す”三角関係”とは言いにくいところがある。歌姫と貴族の画家の恋仲は主人公たちとして自然だ、また街一番の歌姫を支配者が付け狙うこともあるだろう(フィクションでは、と思いたい)。しかしスカルピアから見たカヴァラドッシは「権力者に敵対的な奴らの、その中の一人」でしかない、個人として認識していてもせいぜいが「気に入らない若造」だろう。実際、作中で「トスカはすばらしい鷹だ!」とスカルピアは歌うけれど、トスカが導く先にいる狩りの目標は逃走犯アンジェロッティであり、カヴァラドッシなど眼中にない。酷い言い方になってしまってトスカと、カヴァラドッシのファンの皆さまには申し訳ないのだけれど、この三人の中ではカヴァラドッシがただ一人の一般人、非常に弱い立場なのだ。
一日の間に激しく展開するドラマにこの壊れた”三角関係”は翻弄されるけれど、最終的にドラマに決着をつけるのもスカルピア(の指示)であることを考えれば彼の策略は成就しているのだ、死んでしまったことを除けば。冒頭で鳴り響くスカルピアのモティーフが示すとおりに、このドラマは彼に支配されている、というプロダクションは創られていた、のではないだろうか?
こんな風に考えたのは、第一幕でのカヴァラドッシの控えめな振る舞い故だ。私たちがイメージする明るく雄弁な、力強い彼はここにはいない。抑圧的なローマで抵抗者として生きるなら地下生活者となるしかない、普段の上演で私たちが見る気高い反抗者として振舞うことなど許されないのではないか?「妙なる調和」を歌っていられたうちはいい、しかし逃亡者を受け入れたあとのカヴァラドッシは誰にも気を許せない、スカルピアが亡きものとなってようやく誰はばかることなく「星は光りぬ」を歌えるところまで追い詰められていく、彼の視点にたてばこのオペラはそういう辛い展開なのだ。スカルピアとトスカ、この二人と関わってしまったことが運の尽き、と言ってしまっては申し訳なくも思うところだが、カヴァラドッシは知る人ぞ知る名もなき哀しいヒーローとして現れた。このプロダクションのカヴァラドッシはトスカの想い人ではあっても抵抗の英雄ではなかった、このオペラはトスカと、スカルピアのドラマだ。タレヴィはそこまで踏み込んでこの舞台を創った、私はそのように受け取った。

ドラマ、演技からはこの示唆を受取り、それとは別に「わずか一日の間に、次々と事件が起きて悲劇的な幕切れに至る」筋書きの急速な進行をはっきりと教えてくれたのは、東京都交響楽団を力強く導いたダニエーレ・ルスティオーニの指揮だ。冒頭の堂々たるスカルピアから一転して音楽が逃亡者アンジェロッティのモティーフへ、そしてカヴァラドッシとトスカのやり取り、絢爛たるテ・デウムまで、緩急を自在につけつつも一気呵成に聴かせてくれたその手腕はさすがは「イタリアの若手三羽烏」のひとり、本領発揮の見事な指揮だった。昨年の東京交響楽団への客演でもその実力のほどは明らかだったけれど、さすがはイタリアのマエストロ、オペラでの緩急自在な指揮ぶりは見事と言うしかない。自ら「最も好きなイタリアオペラのひとつで、プッチーニのオペラのなかでいちばん美しいと思う」と語った(東京二期会公式サイト 指揮者 ダニエーレ・ルスティオーニに訊くより)「トスカ」で、存分にその実力を、彼の音楽の魅力を示してくれた。その出来栄えのほどは彼も満足したのだろう、終演後のカーテンコールにおけるはしゃぎよう(と評するしかないほど、屈託のない姿)は見ている私たちも嬉しくなるほどだ。
全身をしなやかに使う彼の指揮に応えた東京都交響楽団も賞賛に値する見事な演奏だった。ふだんオーケストラ・ピットに収まらない都響だけれど、ルスティオーニによく反応してプッチーニの繊細なスコアを美しく音にしてくれたことに感謝したい。カーテンコールで見せた相思相愛ぶりは微笑ましくすらあり、「トスカ」の後には都響の定期演奏会にも登場したダニエーレ・ルスティオーニだが、今後のさらなる共演にも期待したく思う。

キャストについて触れていこう。ドラマにおいてはスカルピアが支配的であっても、オペラとしてはやはりタイトルロールが上演の成功を左右する。その点ではこの日の大村博美はそんな大役を見事にやってのけた。「一本気で気まぐれなところのある少女」よりはむしろ「歌姫」としての存在感のほうが強かったのは、彼女が積み重ねてきたキャリア故だろうか。アンジェロッティを早く逃したいカヴァラドッシを困らせる少女としてより、いざとなればスカルピアの思惑に立ち向かえる芯の強いディーヴァとしてのトスカを堪能させていただいた。
さてそのスカルピアだが、出演を予定していた直野資の体調不良のため他日程でも同役を演じた今井俊輔が代役として出演した。五日間に三回、この大役をスケジュールどおりにこなすことも簡単ではないだろうに、立て続けにこの役で出演したことは想像を絶する厳しさだったことだろう。まずはハードな日程をこなしてくれたことに拍手を贈りたい。困難はあったとしても、本公演三回目の舞台ということで演技や歌唱の安定感はさすが、スカルピアとしての貫禄は十分だった。
私は”弱い英雄”としてこのプロダクションでの役柄を受け取ったけれど、カヴァラドッシを演じた城宏憲は第三幕で、そう、スカルピアが消えた後にその実力を存分に示した。千秋楽の最終幕と厳しいながら「星は光りぬ」では力強い満場の喝采を浴びていた。
この三人が本筋を猛烈な勢いですすめる中、そのストーリーを膨らませたのはそれ以外のキャストたちだ。堂守を演じた峰茂樹はコメディを、スポレッタを演じた高梨英次郎はサスペンスを、といったようにそれぞれの役割でこのスピーディーなオペラに奥行きある物語を創りだした。合唱まで含めて彼ら彼女らの活躍あってこそ、三人のドラマは際立ったものとなった。

なお、この最終日の公演はNHKにより映像収録され、早くも3月12日深夜(13日未明)のBSプレミアムシアターで放送が決まっている。美しい舞台、日本人キャストたちの活躍、そしてルスティオーニと都響の自在な音楽を多くの方にお楽しみいただきたいものである。そして放送をご覧になった皆さまがこの舞台をどのように受け取られるか、私も楽しみにしている。

東京二期会のオペラは、3月11日に大分で、そして18、19日に横浜で「魔笛」を上演して今シーズンが終了する。新シーズンはグラインドボーン音楽祭との提携によリ「ばらの騎士」で7月にスタートする。最近村上春樹の新作で話題となったこのタイミングにこの作品に興味が湧いた方にも絶好の機会となることだろう。その後も「蝶々夫人」「こうもり」、「ローエングリン」に「ノルマ」と名作が続々登場する東京二期会オペラ劇場は、新シーズンも注目だ。

取材・文:千葉さとし reported by Satoshi Chiba / photo: Naoko Nagasawa


《ローマ歌劇場との提携公演》東京二期会オペラ劇場
主催:公益財団法人東京二期会 公益社団法人日本演奏連盟
トスカ

台本:ルイージ・イッリカ及びジュゼッペ・ジャコーザ
作曲:ジャコモ・プッチーニ

東京文化会館 大ホール
2017年2月15日(水) 18:30/16日(木) 14:00/18日(土) 14:00/19日(日) 14:00

指揮:ダニエーレ・ルスティオーニ
演出:アレッサンドロ・タレヴィ

舞台美術:アドルフ・ホーエンシュタイン
照明:ヴィニチオ・ケリ

合唱指揮:佐藤宏
演出助手:菊池裕美子

舞台監督:村田健輔
公演監督:大野徹也

キャスト:2月15,18日/2月16,19日

トスカ:木下美穂子/大村博美
カヴァラドッシ:樋口達哉/城宏憲
スカルピア:今井俊輔(2月15,18,19日)/増原英也(2月16日)
アンジェロッティ:長谷川寛/山口邦明
堂守:米谷毅彦/峰茂樹
スポレッタ:坂本貴輝/高梨英次郎
シャルローネ:増原英也/高橋祐樹
看守:清水宏樹/大井哲也

合唱:二期会合唱団
児童合唱:NHK東京児童合唱団
管弦楽: 東京都交響楽団

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