オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

インバルが古豪と紡ぐ「現在進行形」の音楽—ベルリン・コンツェルトハウス管来日公演

インバルが古豪と紡ぐ「現在進行形」の音楽—ベルリン・コンツェルトハウス管来日公演

旧東ドイツのベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団(旧・ベルリン交響楽団)が12年ぶりに来日した。かつて巨匠クルト・ザンデルリングに率いられ、2012年よりイヴァン・フィッシャーが首席指揮者を務めている。今回は彼とではなく、2001-06年にシェフを務め、現在はこの楽団の名誉会員としてしばしば客演するエリアフ・インバルを帯同しての来演である。全国9箇所を周るツアー初日はすみだトリフォニーホールにて行われた。
まずオーボエによるチューニングのA音から、渋い。冒頭から公演と関係ない話題で恐縮ながら、この公演の前日に聴いたNDRエルプフィル(旧・ハンブルク北ドイツ放送響)が明るく軽やか、機能的な楽団といった趣だったのに対し、コンツェルトハウス管の音色はザラリとした手触りの無骨な響き。近年オーケストラの音色のグローバル化がよく話題に上るが、この楽団は明らかに古豪としての音色を維持しているのではないか。A音だけでなくG音のチューニングを行うのも独特だ。

エリアフ・インバル指揮 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
写真・三浦興一

ワーグナーの長大な楽劇「トリスタンとイゾルデ」の冒頭・終結を抜粋した「前奏曲と愛の死」に演奏会は始まる。インバルは必ずしもヴァーグナー指揮者として知られる存在ではないかもしれないが、近年もヨーロッパでは舞台付き上演を指揮する熟練の存在である。90年代には都響で「ワルキューレ」を1幕ずつ、更にイタリアのRAI国立響でも 「指環」を、いずれも演奏会形式で上演している。今回指揮した「前奏曲と愛の死」は2年前のこの時期に都響と指揮しているが、大枠は共通するものの演奏の特徴はやはり異なるものとなった。都響と聴かせた演奏は淡々としており、「愛の死」に頂点を置く他は冷静で素っ気ないほどのものだったが―コンツェルトハウス管との演奏は、ずっとよく粘る。この密度感はオケ由来のものか。インバルのやや淡白な棒の行間を読むかのように、五弦は重厚に唸り、トリフォニーホールを濃密な音で埋めてゆく。前述した「愛の死」の頂点では、弦楽が渾身のトレモロによって明晰かつ熱量の大きな音の壁を築くようで、あたかも楽劇全体を観終わったような聴後感がどっと残った。

後半のマーラー「交響曲第5番」は、言わずと知れたインバルの十八番中の十八番である。フランクフルト放送響との1987年初来日での凄演は未だに語り草であるし、旧くは日本のオケとして初めて指揮した読響との1973年公演も、メイン曲はマーラー「第5番」だった。81歳を迎えた現在のインバルは、ベルリン・コンツェルトハウス管とどのような演奏を聴かせるのか。
第1楽章冒頭のトランペットが見事に決まり、その後に熾烈な全管弦楽のトゥッティが続く。この楽章の引きずるような音の置き方は、葬送行進曲としての性格をはっきりと理解させるものだ。低弦のピッツィカートによる打ちひしがれるような終結に続き、アタッカで第2楽章へ。インバルは終始形而上学的な音楽を志しておらず、理知の光に照らされたアプローチを採っていると思うが―それでも、この2つの楽章の間には死・生の激烈な対比が自ずから浮かび上がる。第2楽章途中に現れる終楽章コラール予告の強靭さは、「生」の最たる例であろう。
しばし指揮台の上で休息を取った後、第3楽章へ。レントラー風の旋律や弦トップ陣のピッツィカートによる対話、ホルツクラッパーの乱入など、楽曲の中間地点にして多要素を含むこの楽章を、インバルは「人間社会」と呼ぶ(4月2日にNHKで放送された本公演のインタビューに拠った)。この楽章が終わると、弦のみによるアダージェットが静かに開始される。この痛切な表情を伴う楽章でもインバルのアプローチは変わらず、楽曲の緩急を聴衆に印象付けるが如く振幅をつけて表現していく。嫋々とした甘い旋律に溺れることがないのは、彼の「第5番」において昔からのお決まりだ。最後にコントラバスを指し示してF音を野太く強調した後、ホルンの一声で終楽章が開始される。それまでの楽章や他作の引用、過去の偉大な作曲家へのオマージュなどが整然とした形式に凝縮されたフィナーレ―インバルの棒はいよいよ確信に満ち、鋭く各セクションへキューが飛ぶ。即興的なテンポの伸縮も自由に用いながら彼は楽団を鼓舞してゆき、目覚しい頂点を築き上げるのだった。

エリアフ・インバル指揮 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
写真・三浦興一

81歳のエリアフ・インバルとベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団によるワーグナーとマーラー。未だ衰えぬどころか先鋭さを強める指揮者の辣腕には畏れ入る他ないが、それは楽団との信頼関係に根ざしたものだと強く感じた。かつてシェフを務めたオーケストラを信じ、アンサンブルが随所で乱れても決して見捨てずに辛抱強く自らの音楽を伝えてゆく姿勢、それに古豪の楽団も懸命に応えていた。前半のワーグナーでは楽団の色が、後半のマーラーでは指揮者の色がそれぞれ強く出たとはいえ、両者の緊密な結び付きならではの演奏だったことは間違いない。彼らの日本ツアーの初日として、じゅうぶんに鮮烈な音楽が聴けた一夜となった。


すみだトリフォニーホール開館20周年記念
すみだ平和祈念コンサート2017≪すみだ×ベルリン≫
エリアフ・インバル指揮 ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
2017年3月13日(月)
すみだトリフォニーホール 大ホール

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より 前奏曲と愛の死
マーラー:交響曲第5番

管弦楽:ベルリン・コンツェルトハウス管弦楽団
指揮:エリアフ・インバル

文・平岡拓也 Reported by Takuya Hiraoka
写真・三浦興一 Photo by Koichi Miura

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


COMMENT ON FACEBOOK

Return Top