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「時(Die Zeit)」を一つのキーテクストとして。その背景には21世紀の今という時代が存在する―――バイエルン国立歌劇場来日公演「タンホイザー」によせて

「時(Die Zeit)」を一つのキーテクストとして。その背景には21世紀の今という時代が存在する―――バイエルン国立歌劇場来日公演「タンホイザー」によせて

バイエルン国立歌劇場来日公演「タンホイザー」初日に行く。
今回の公演はこの5月の新演出によるもので、その大胆な演出は大きな話題を呼び、その後ネットでも公開され、期待も大きかった演目である。

まず、やはりペトレンコの音楽について触れるべきだろう。
序曲、ホルンとクラリネット、ファゴットによるゆっくりとしかし力強い導入で(まさにsehr gehalten)、巧みにペトレンコの世界に引き込んで行く。決して急ぐわけではなく、インテンポで、しかし、微妙な強弱やアクセントを丁寧にトレースして行く演奏、いささか抑え気味のオーケストレーションはバッカナールにいたっても派手に移ることはない。ペトレンコの作り出す音楽は、大向こうを狙ったものというより、音楽の持っているエネルギーを包み込むように、つむぎあい、しなやかで、大きなうねりを作り出す。第2幕もそうなのだが、圧巻は第3幕であったのではないか。
静かに始まった音のうねりは、抑え気味に進む。巡礼とともに一時盛り上がった音楽は、深い思いと祈りからくるヴォルフラムの「夕星の歌」から,絞り出すような絶望を語るタンホイザーの「ローマ語り」まで、アリアというよりモノローグ、まさに「語り」に近いこれらの歌を支えながら音楽の中に蓄えられたエネルギーは、最後の巡礼の歌に向かって一気に吹き出して行く。深い祈りの中から、救済への明確なメッセージを表現する音楽であったように思う。

タンホイザー役のクラウス・フローリアン・フォークト、透明感のあるよく通った声の質はいつもと変わらない。しかし、第3幕での透明感をうち捨て、感情を込めた絞り出すような「ローマ語り」の表現力、彼が決して美しい声だけはなく豊かな表現力を持った歌手であるということなのだろう。圧巻だった。そしてエリーザベト役のアンネッテ・ダッシュ、濁りのない声はまさにエリーザベトにふさわしく、しかし、第2幕での毅然としてタンホイザーに自らがその救済を宣告する力強い歌声、何よりもエリーザベトにはこの毅然とした気品さを求めたい。そして、ダッシュはそれを見事に表現していた様に思える。
脇を固める領主ヘルマンのゲオルク・ツェッペンフェルト、騎士たちのうちビッテロルフのペーター・ロベルト、フォーゲルヴァイデのディーン・パワー、いずれも5月の新演出初演時と同じ配役でもあり、安定した歌唱力であった。ヴォルフラムのマティアス・ゲルネ、第三幕で陰影ある役どころを巧みに歌い込んでいたし、登場機会はあまりないヴェーヌス役のエレーナ・パンクラトヴァの豊かな声量から来る表現力は存在感をしめしていた。
何よりもこの作品で大きな役割を占める合唱のバイエルン国立歌劇場合唱団も素晴らしいの一言。

さて、残るは演出である。
演出はイタリアのロメオ・カステルッチ、そして演出補として、シルヴィア・コスタ。
幕が開くと、正面には中央に円形のスペースがあり、やがてトップフリー(上半身には何もまとわず、下半身に薄い白い紗を巻いている)のダンサーが弓矢を持って現れる。その人数は増え、音楽がバッカナールに移ると、正面〔客席〕に向かって、弓を構える。そしてゆっくりと優雅に振り向いて、正面円形のスペースに映し出される顔の一部に向かってその矢を放ち始める。矢は顔の目に集中し、やがて映像が耳に変わるとその部分にも矢が突き刺さる。
この演出について、実は初日公演の2日前に演出補のシルヴィア・コスタ女史が講演を行っており、その中ではこのシーンには、観客の目を射る、注視を集めるという意味があるというようなことを述べているのだけれど、それだけはなく、この美女たちは、まさにワグナーが序曲の長いト書きにあるギリシア神話の世界のニンフたち、あるいはセイレーン、あるいはキューピットたちを表現しているといってもいいのかもしれない。そしてこのオペラの持つエロティシズムと弓矢に見られるような「騎士」たちの存在の対比を示しているようにも思える。ワグナーはこのト書きの中で、実際にキューピットたちが弓矢を射るというシーンを挿入しており、そこからのインスパイアなのかもしれない。
いずれにしてもこの序曲の画面は衝撃的ではあるけれど、白い紗に覆われた舞台は大変幻想的で美しく、今回の演出におけるエロティシズムの表現を象徴しているような印象を覚えた。
それに対してヴェーヌスベルクの表現は対照的で、ヴェーヌスはエロティシズムというよりも醜悪な存在として描かれる。舞台背面に浮かぶ円形は実はその奥にも舞台があって、そこにはヴェーヌスベルクが洞窟であるということが表現される。ここにいる女性もトップフリーなのだが彼女たちはヴェーヌスベルクの住人ではなく、やはりニンフのような存在として描かれている。
やがて、タンホイザーがこの世界から抜け出し、騎士たちとであう。ここでは騎士たちはみなえんじ色の衣装をまとい、一体感とともに騎士の存在が一つの階級でもあることを暗示する。
第二幕になると、白い紗幕と白い衣装に身を包んだエリーザベトが登場するのだけれど、ここで彼女は白い衣装の上に女性の裸体が描かれた布をまとっている。それはおそらくエリーザベトの処女性と聖なる存在としての象徴なのではとみたのだけど。ここでエリザベートに続いてタンホイザーが登場するのだが、かれも、騎士の衣装の上に白い紗の衣装を付けており、領主ヘルマンも同様、この場が神聖なる場であることを印象づける。
白い紗幕に覆われた舞台は大変美しく、美術系の演出家、そして演出補のコスタ女史の優れた美的感覚は好感の持てるもの。
歌合戦の場面、中央にはアクリルで創られたボックスが置かれている。その上にはバラの花。このアクリルボックスの意図はやがて歌合戦が始まるとともに明らかとなる。そしてやはりトップフリーの女性たちが弓矢を持って現れる。この弓矢はここでは騎士たち、歌手たちの象徴と見ることができるように思ったのだが。
先のアクリルボックスにはヘルマンが歌い始めると「KUNST(芸術)」という文字が浮き出る。次にヴォルフラムが歌い始めるとこの文字は「ANMUT(優美)」となり、タンホイザーが歌うときには「LUST(欲望)」、そしてそれを否定するようにフォーゲルヴァイデが歌うと「TUGEND(美徳)」、ビッテロルフが歌いだすと、怒りに満ちた騎士たちの意思を示すように「WAFFE(武器)」となる。このシーンでエリーザベトは衣装にまとった裸体の女性の布をはぎ取り、タンホイザーがその布を手に掲げながらヴェーヌスをたたえる歌を歌い出すのである。満場の怒りはタンホイザーに向かう。やがて騎士たちを除いてみな舞台から去る。エリーザベトはヴォルフラムがタンホイザーに向かってはなった矢を持ち、彼女がタンホイザーの背中に突き刺すのである。タンホイザーは背中に刺さった矢を抜き取り、「Nach Roma!」となる。
さて第三幕、ここの演出は解釈が分かれるところになるように思える。
舞台上には墓標と思われる二つの寝台が引き出される。一つには「KLAUS」、そしてもう一つには「ANNETTE」(ここでの疑問、なんでHEINRICHやELISABETHでなく出演者の名前なのだろう)。歌手たちの動きはほとんどない。背景には第2幕でタンホイザーの背に刺さった矢がういている。「夕星の歌」「ローマ語り」と進む中、墓標とも寝台ともとれる台の上にははじめはタンホイザーとエリザベートと思われる人形が横たわっているが、やがて音楽が進むに従い、そはげしく時が進み、腐敗し、骨となり、巡礼たちの奇跡をたたえる歌が遠くから聞こえてくる頃にはそれも風化してやがて灰となる。巡礼たちが舞台に現れ、音楽が頂点に達するとき、舞台の袖で座ったままであったエリーザベトが立ち上がり、自らの寝台の上の灰を中央の箱の上に手でまく。それを受けてタンホイザーも自らの寝台の上にある灰を重ねるように重ねまくのである。すべてが成就され、タンホイザーは救済され、エリーザベトは天使となる。昇華とみることもできる。このとき、背景の矢は時を取り戻したかのようにくるくると回り始める。音楽はすべてのエネルギーを待っていたかのように力強く終わって行く。
先のコスタ女史によれば、ゼノンのパラドックスがこの演出の背景にあるという。有名なゼノンのパラドックスには止まっている矢というのがある。飛んで行く矢は実は常に静止している、在る瞬間においてはすべての矢は止まっているという時間と空間のパラドックスである。このことから時空系あるいは運動系における時の経過の相対性、こういうふうに考えていったとき、この第三幕には実は三つの時空間が存在するとみることが出来るような気がした。一つは止まっている時間としてあるいはまさにゼノンのいう運動の中で停止している存在としての矢、そして激しく流れゆく時間が許される墓石、そして、今そこに在る間違いなく人とともに流れるであろう時間。それらがこの舞台上で別々の系として進行するが、二人の死によってすべての時は一つとなり、矢は激しく動き始め、墓石は落ち着いた時を取り戻し、舞台は、厳かにその終幕を迎える。
はじめに提示された美しいエロティシズム、ヴェーヌスの退廃、そしてエリーザベトの処女性、タンホイザーの欲望、それらが一つとなり昇華する。エロスの昇華、こういう見立てはいかがだろうか。
この演出、細部に多くの暗喩が含まれていて、いろんな解釈が出来るような気もする。しかし、総体としては白い紗と影のコントラスト、大変美しい舞台構成であると思う。とはいえ、細部にこだわるのも面白いかもしれない。

(追加として)
 ふと思った。この春にはウィーンで「パルジファル」の新演出が話題を呼んだ。そして5月、この「タンホイザー」,7月にはバイロイトにおける「マイスタージンガー」の新演出と並べてみるとき、図らずもそれらが「時(Die Zeit)」と言うものを一つのキーテクスト(Key Text)としているような気がしてならない。その背景には21世紀の今という時代があるのかもしれない。

Text:Takashi SOIRI


バイエルン国立歌劇場「タンホイザー」
2017年9月21日(木)
NHKホール

指揮:キリル・ペトレンコ
演出・美術・衣裳・照明: ロメオ・カステルッチ
振付:シンディー・ヴァン・アッカー
演出補:シルヴィア・コスタ
ドラマトゥルグ:ピエルサドラ・ディ・マッテオ、マルテ・クラスティング
映像デザイン:マルコ・ジュスティ
合唱監督:ゼーレン・エックホフ

〔キャスト〕
領主ヘルマン:ゲオルク・ツェッペンフェルト
タンホイザー:クラウス・フロリアン・フォークト
ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ:マティアス・ゲルネ
ヴァルター・フォン・フォーゲルヴァイデ:ディーン・パワー
ビッテロルフ:ペーター・ロベルト
ハインリッヒ・デア・シュライバー:ウルリッヒ・レス
ラインマル・フォン・ツヴェーター:ラルフ・ルーカス
エリーザベト、領主の姪:アンネッテ・ダッシュ
ヴェーヌス:エレーナ・パンクラトヴァ
羊飼い(声):エルザ・ベノワ
羊飼い(少年):カレ・フォークト
4人の小姓:テルツ少年合唱団

バイエルン国立管弦楽団:Bayerisches Staatsorchester
バイエルン国立歌劇場合唱団:Chor der Bayerischen Staatsoper


バイエルン国立歌劇場「タンホイザー」プロモーション映像

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