オペラ・エクスプレス

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ル・マンの歴史に新たな歴史が書き加えられた夜が明けると、魔笛の音が聴こえてきた

ル・マンの歴史に新たな歴史が書き加えられた夜が明けると、魔笛の音が聴こえてきた

オペラには数々の名作と呼ばれる演目があります。しかしその中でもひときわポピュラーでありながら、観て聴くたびに、ひきつけられ、その笛に自分たちも導かているのではないか。そんな不思議な気持ちになる作品。モーツアルトの世界観、ここに極まれり。「魔笛」とはそんな作品ではないでしょうか。

そして「魔笛」という作品、日本人的な感覚では、とても「陰」と「陽」、「夜」と「昼」のコントラストが印象的に思える作品のように感じるのです。その意味で先日、日生劇場で上演されたモーツアルトシリーズ、私にとってなかなか忘れることのできない、歴史的な夜と昼に紐づく公演になったといわねばなりません。

普段自動車ライターをしている筆者。そんな私にとってもル・マン24時間耐久レースというのは常に気になるレースです。この歴史がすなわち自動車の歴史であり、この舞台を戦うことで自動車は進化してきた。そう言っても差し支えないのではないでしょうか。今年のNISSAY OPERA モーツァルトシリーズは、年に一度のそんな自動車の祭典、ル・マン耐久レースの一夜がまたがる二日間の日程での上演となりました。しかも今年は、現在世界で最も勢いのある自動車メーカーであるといってもよい、われらが日本のトヨタ自動車が、ここ何年間も満を持して挑み続けているのにもかかわらず手にすることのできない優勝を手にできるかどうか。そこに大いに期待の集まったレースであり、日本国内の自動車好き、モータースポーツファンばかりでなく、世界中から注目を集めていた一戦だったのです。

そんなことに期待をしつつ、動画やネットの情報を気にしつつ、明け方まで依頼された原稿を書いたりして、夜を過ごしていました。熾烈な戦い。マシンがコースを進むにつれてカメラが切り替わります。そして次のカメラに映るたびに、「よし、そのまま!がんばれ!」と心の中でエールを送りたくなる。ル・マンには魔物が住んでいるといわれたりもしますが、そんな一瞬たりとも目を離せない、しかし24時間という長い戦い。それこそがル・マンなのです。

で、日本では夜が明け、私はこの「魔笛」を観るために家を出るわけですが、そんなアツい夜が明けての「魔笛」。今年のル・マン、魔笛よ優勝に導いてくれ!と心の中で叫びつつ、日比谷へ向かった次第です。
※ル・マン24時間耐久レース:フランスのル・マン近郊で行われる自動車の耐久レース。1年の内で最も昼の長い夏至の頃に開催される。

そんな中観た「魔笛」。限られたスペースの中でうまく作り上げられていた舞台が印象的。振り返ればそんな感想にもなりますが、観ていたその時にはむしろそんなスケール感も気にならなくなるほど、無駄がなく、しかし観るものをしっかり世界に引っ張り込む。そんな舞台・演出ではなかったか。そんな風に思うのです。そして、非常にポピュラーな、そして誰しもの心に染み入る名曲の数々が次々に、劇中演奏されていくわけですが、沼尻竜典さんの指揮は、単純にその名曲の数々に乗るでもなく、改めて滋味をかみしめる鑑賞をさせてくれるテンポ・溜め、そして響きをもたらしてくれました。そこが何拍で、何分の何拍子で。そういう問題ではありません。そしてそんなことを言われても音楽学者でもないものにはわからないのです。けれども、要はしっかり魔笛なのか。2018年の初夏の魔笛。世界中で何万回演奏されたかわからないこの有名な演目を、新鮮に、そして先に申し上げた、妙に陰と陽を感じるこの演目の「コントラスト」をしっかり打ち出していたオーケストラだったように感じました。そして勿論、パパゲーノの青山貴さん、パパゲーナの今野沙知恵さんはじめ、キャストの皆さんの好演もあり、とても楽しめましたが、キャストに関してはやはり伊藤貴之さんのザラストロ。これが出色の画竜点睛になっていたのではないか。そんな風に思います。役どころの問題ではなく、低音からしっかりと魅力を放ち、メロウで、そして堂々としている。雄々しい。こういう低声はオペラにとって宝ではないでしょうか。だからこその説得力。役どころの存在感、歌の深みが出るのではないか。常々そんなことを感じています。オーケストラも、管で響かせ、弦で織りなす、だからこそ、平易で親しみやすい旋律に妙な魔性すら感じる。魔笛の面白いところであり、妙味をしっかり聞かせてくれました。

そして、そんな魔笛を見た私は、家路を急ぎ、再びル・マンの続きを見たわけですが。トヨタが見事に優勝することができました。ル・マンではかつて、世界中の腕に覚えのあるメーカーのどこもが形にすることができなかったロータリーエンジンで優勝しています。日本のメーカーとしてはそれ以来の快挙です。今回も、世界に先駆けて、今や大変ポピュラーなハイブリッド技術を盛り込んで、ハイブリッドカーの先駆者であるトヨタがこの舞台の表彰台の一番高いところに立ったわけです。正直直後のワールドカップでやや埋もれた感は否めませんが、あれに勝るとも劣らない。そんな素晴らしい戦績だったと思うのです。しっかりと日本の旗を世界に見せつける走り。熱いものがこみあげてくるものです。

そして思いました。ル・マンの魔物を味方につけたのだと。そしてル・マンの地にも魔笛は鳴り響いていたに違いない!と。

個人的な話で大変恐縮ではありますが、妙に威力を実感した、そんな魔笛を観れた心地さえするのでした。

所見:2018年6月17日
文:中込健太郎(自動車ライター) / photo: Naoko Nagasawa

日生劇場開場55周年記念公演 NISSAY OPERA 2018「 モーツァルト・シリーズ」
魔笛
2018年6月17日(日)
日生劇場

指揮:沼尻竜典
演出:佐藤美晴

キャスト
ザラストロ:伊藤 貴之
タミーノ:山本康寛
パミーナ:砂川涼子
夜の女王:角田祐子
パパゲーノ:青山貴
パパゲーナ:今野沙知恵
モノスタトス:小堀勇介
侍女Ⅰ:田崎尚美
侍女Ⅱ:澤村翔子
侍女Ⅲ:金子美香
童子Ⅰ:盛田麻央
童子Ⅱ:守谷由香
童子Ⅲ:森季子
弁者&僧侶Ⅰ:山下浩司
僧侶Ⅱ:清水 徹太郎
武士Ⅰ:二塚直紀
武士Ⅱ:松森治

スタッフ
ドラマトゥルク:長島確
美術:池田ともゆき
照明:伊藤雅一(RYU)
衣裳:武田久美子
ヘアメイク:橘房図
映像:須藤崇規
合唱指揮:田中信昭
演出助手:手塚優子,平戸麻衣
舞台監督:幸泉浩司,井坂舞(アートクリエイション)
副指揮:大川修司,鈴木恵里奈,キハラ良尚
コレペティトゥア:平塚洋子,高橋裕子

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