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意地と執念の果て!世界最古のオペラ譜—オペラ・フレスカ《エウリディーチェ》公演レポート

意地と執念の果て!世界最古のオペラ譜—オペラ・フレスカ《エウリディーチェ》公演レポート

カッチーニ作曲のオペラ《エウリディーチェ》を観てきました! …これ、凄いんです。楽譜が出版された最古のオペラなのです。台本は詩人リヌッチーニ、作曲はジュリオ・カッチーニ。歴史的に有名な(楽譜が現存する)最古のオペラは、1600年10月にメディチ家の婚礼のお祝いの一環として上演されたヤコポ・ペーリの《エウリディーチェ》でしたが、この上演に数曲を提供し、自らも歌手であったカッチーニが、せめて楽譜の出版だけは一番になろうと同じ台本に作曲し、同年の12月に意地と執念で先に楽譜を出版した、という作品なのです。

オペラの歴史では目にしますが、まさか実演に接する機会があるとは思っていなかった、この《エウリディーチェ》を上演したのは古楽アンサンブル、アントネッロです。〈オペラ・フレスカ(フレッシュなオペラ)〉と銘打って、これまでモンテヴェルディの《ポッペアの戴冠》《オルフェオ》《ウリッセの帰還》を上演してきましたが、第4弾となる今回はカッチーニの《エウリディーチェ》を取り上げました。

会場は川口市の川口総合文化センター・リリア 音楽ホール。とても美しく、立派なホールです。パイプ・オルガンが正面に据えられたコンサートホールで、600席。公演はソールド・アウトでした。

この時代のオペラは、歌の音程の幅が狭く伴奏が地味で、お経のような音楽なのでは?と想像していましたが(いくつかある録音を聴くと実際そうなんです…)、今回の演奏はまったく違いました。それはアントネッロが、形だけの原典主義ではなく当時のスピリットで音楽を演奏しよう、という方針を持っており、カッチーニの《エウリディーチェ》を核にして、カッチーニ自身が作曲した他のアリアや、同時代の作曲家の声楽曲や器楽曲を追加して、大変活き活きとした作品を作り上げたからです。全体は休憩を一回はさむ3時間弱のオペラに構成されていました。

楽器についても歌を伴奏する通奏低音に、管楽器、打楽器などを足してあります。そのことによってとてもカラフルで、ダンサブルな《エウリディーチェ》が出来上がっていました。これらのことは無料で配布されたプログラムに演奏ノートとしてきっちり説明されていて有り難かったです。

ところで、今回の公演ではアントネッロの核となるメンバーの一人であり、アルパ・ドッピアとチェンバロを担当する予定だった西山まりえが急病のため当日参加出来ませんでした。音楽的には他のメンバーがカバーしたようで、ハンディを感じさせない熱演で観客を愉しませてくれました。(アントネッロの演奏を良く聴かれる方にとってはどうだったのか分かりませんが、私は生で彼らの演奏を聴くのが初めてだったので、いずれにせよ大変面白く聴く事が出来ました。)

演出は家田淳。ステージの真ん中にオーケストラが位置し、その後ろと横に高低のある白い台を設置してそこが演技をする場所となっています。高い位置にあるパイプ・オルガンの前も演技に使われていました。舞台下手に机があり、そこにはオペラを生んだフィレンツェの音楽研究グループ、カメラータのメンバー達だと思われる男たちが集まり新しい芸術を作ろうとしています。一方、舞台上手ではオルフェオがエウリディーチェを探しに行く地獄の場面が演じられるのですが、地獄の王様プルトーネをメディチ家のコジモ・イル・ヴェッキオの姿で表すなど、歴史的な言及があり興味深かったです。

演出はオルフェオとエウリディーチェを中心に、羊飼い達とエウリディーチェの友人たちもカップルとして演じられ、またオペラの冒頭に登場する「悲劇」役が「愛の神アモーレ」役としても登場します。限られたスペースを賢く使い、効果的なお芝居となっていました。

最初に登場する「悲劇」を歌ったのはカウンターテナーの弥勒忠史です。特徴のある声で、カリスマ性があり、ルネッサンス時代に観客を誘いました。その他の歌手達もこの時代の歌唱のスタイルを持ち、また声もそれぞれの役柄にあった歌手が多かったです。中でも、オルフェオ役の黒田大介はとても美しい声のテノールで情熱的な役作りが印象深く、また羊飼いの一人アミンタを演じた中嶋克彦も澄んだ声と卓越した音楽性で素晴らしかったです。女性ではエウリディーチェの高山潤子がとてもフェミニンで面白い役作り、またエウリディーチェの友人たち及び神々を演じた末吉朋子、澤村翔子、染谷熱子も良かったです。羊飼いアルチェトロはカウンターテナーの上杉清仁が美声でした。ティルシと冥界の王プルトーネ役の和田ひできも歌も演技も良かったです。出演歌手達の衣裳も牧歌劇風の美しいものでした。

カッチーニの《エウリディーチェ》については、追加された曲のお陰も大きいと思いますが、旋律が美しくまたドラマチックな表現があり、400年も前の作品とは思えない新鮮さを感じました。

濱田は躍動感のある指揮。時々吹くリコーダーソロも大変魅力的でした。古楽器の演奏も音色が素晴らしく、特にオルフェオが地獄に行き来する時などにトロンボーンが6本になったり、ティオルバとギターの弾き分けが面白かったり、それから打楽器も躍動的で格好良かったです。

これだけの公演をこの質の高さで成し遂げるのは本当に偉業だと思います。これからもアントネッロがオペラを上演し続けてくれますように願っています!

文・井内美香 reported by Mika Inouchi


歌劇エウリディーチェ(本邦初演 全曲原語上演 字幕付)
作曲:ジューリオ・カッチーニ
台本:オッターヴィオ・リヌッチーニ
初演:1602年 フィレンツェ

2016年1月23日(土)17時開演
川口総合文化センター・ リリア 音楽ホール

指揮・音楽監督:濱田芳通
演出:家田淳

キャスト:
エウリディーチェ 高山潤子
オルフェオ 黒田大介
シルヴィア/プロゼルピナ 末吉朋子
ダフネ/冥界の女神  澤村翔子
クローリ/ヴェーネレ 染谷熱子
アルチェトロ/ラダマント 上杉清仁
アミンタ/カロンテ 中嶋克彦
ティルシ/プルトーネ 和田ひでき
悲劇(愛神アモーレ) 彌勒忠史

管弦楽:アントネッロ Anthonello
ヴィオリーノ 杉田せつ子/天野寿彦
ヴィオラ・ダ・ガンバ 石川かおり
ヴィオローネ  西澤央子
ファゴット&フラウト 古橋潤一
コルネット  細川大介
トロンボーネ  宮下宣子/大内邦靖/生稲雅威
(アルパ・ドッピア&チェンバロ 西山まりえ)
オルガノ  矢野薫
ギター&ティオルバ  高本一郎
タンブレロ  濱元智行
ゲスト「ANGELICO」 生稲加奈代/小倉史生/原田春香/堀内智子

舞台監督/助手 北原浩明/安達成紀
照明 稲葉直人(ASG)
衣裳/衣裳協力 仲村祐妃子/東京衣裳(株)/牧野善幸/露崎和恵
字幕/字幕操作 タナカ・ミオ/Zimakuプラス

主催:アントネッロ

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