オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

【福田美樹子インタビュー】CD『歌う思い出』———フランスの19世紀を中心に歌曲とオペラ、オペレッタからの選曲

【福田美樹子インタビュー】CD『歌う思い出』———フランスの19世紀を中心に歌曲とオペラ、オペレッタからの選曲

写真©️mikikoe.inc

Q:福田さんは今年7月に『歌う思い出』というCDをオクタヴィア・レコードから出されました。フランスの19世紀を中心に歌曲とオペラ、オペレッタから選んだ大変魅力的なアルバムです。福田さんの声に良く合ったレパートリーで、曲の良さを突きつめて真の魅力を伝える歌唱も素晴らしいと思いました。

A:どうもありがとうございます。

Q:フランス音楽との出会いを教えていただけますか?

A:音楽大学で声楽を勉強していた頃はごく普通に、ドイツ、イタリアの声楽曲を歌っていました。そして卒業して、これから自分が何を極めていきたいのか、と思った時に、たまたまスペイン音楽を耳にしてとても魅せられたのです。トゥリーナ、グラナドス、ロドリーゴ等を聴くと、スペイン歌曲は日本人の心情にも合うと感じました。土臭いというか、そういう雰囲気にとても惹かれたんですね。そこでまず、スペインのバルセロナに行き、カルメン・ブスタマンテ先生に師事しました。モンポウやグラナドスなどを録音されている素晴らしい歌手でいらっしゃるのですが、その先生に大変良い教えを受けることが出来ました。先生はレッジェーロ(軽やかな高声)のソプラノでしたが、声楽テクニック、身体から歪みや緊張を取る方法、オーラを高める体操、正しいディクションで舌を解放して歌う発声などを教えて下さいました。

ブスタマンテ先生について練習しているうちに、私の声はどんどん変化してコロラトゥーラ(高音の装飾技巧が得意な)・ソプラノになっていきました。大学生の頃は、普通に出す声の音色が暗かったのでヴェルディやヴェリズモ・オペラなどが向いているのでは、と言われていたのにもかかわらずです。今思うとすごく不思議ですけれども。

コロラトゥーラ・ソプラノと分かったので、ブスタマンテ先生はドニゼッティの《ルチア》などのオペラがあなたのレパートリーだと思うとおっしゃって教えて下さいました。そのうちにコロラトゥーラ・ソプラノを極めるにはフランス音楽がいいのでは?ということになり、きっかけもあり私はフランスに渡りました。そこでマディー・メスプレ先生に出会い、教えていただくことになったのです。

Q:マディー・メスプレはフランスを代表するコロラトゥーラ・ソプラノの名花として知られています。メスプレ先生とはどうやって出会われたのですか?

A:私のフランス滞在は最初はボルドーでした。1年目はまだメスプレ先生は学校にいらっしゃらなくて、イレーネ・ジャルスキー先生、ジャン=クリストフ・ブノワ先生、こちらはメスプレ先生との共演もあった著名なバリトン歌手ですが、その先生のクラスで勉強をしていました。すると二年目に、メスプレ先生が現役を引退されてボルドーに教えに来られるようになったのです。私がそのことを知った時に、メスプレ先生のクラスはもう締め切られていました。ところが、今までレッスンをしていたコレペティの先生があなたはコロラトゥーラ・ソプラノだからぜひ、と薦めて下さり、メスプレ先生ご本人には「もう締め切られていますから」と一旦は断られてしまったのですが、何度かお願いして、それならちょっと歌ってみなさい、ということになって声を聴いてくださいました。それに加えて、メスプレ先生の授業を受けることになっていたフランス人の友人がとても推してくれて、「先生、私のレッスンが半分になってもいいので彼女を見てあげてください」と言ってくれて…本当にどうしてだろう?と思うくらい頼み込んでくれて、先生がそれならみてあげましょう、と言ってくださったのです。

Q:それでレッスンが始まり、ご自分にぴったりの先生だということが分かったわけですか?

A:そうですね。メスプレ先生はフランス人のコロラトゥーラ・ソプラノの中でもなかなかいないハイ・ソプラノのお声で声域が高いのです。私の声が、先生が舞台で極められたレパートリーを歌うのに適した声だと分かってからは、毎週「こんな曲もあるから」と曲を持ってきてくださって、それを次の週までに勉強していきました。その時は、フランスに渡ってまだあまり経っていませんでしたし良く分かりませんでしたが、今思えば、入手するのも難しい貴重な曲ばかりでした。それを一週間に三曲くらい持ってきてくださって、それを勉強することによってレパートリーを作っていったのです。本当にありがたいことでした。メスプレ先生はとても厳しい方でしたが、教え方は明確で、高音を出す時に音をどこにあてるか、音を伸ばしている時はどこに響かせるか、など具体的に教えていただきました。四年半くらい教わり、そこで自分のレパートリーをすべて教えていただいたのです。

Q:福田さんはご自分の声に良くあったレパートリーに出会って、それを磨かれてきたわけですね。今回のアルバムには、フランス・オペラの中からコロラトゥーラの一番重要なレパートリー、ドリーブの《ラクメ》から三曲を取りあげていらっしゃいますが、それだけでなく、私などは聴いたこともないような珍しい曲も入っています。それぞれの曲のご紹介と、曲を選んだ理由、そしてアルバムの構成を教えていただけますか?

A:自分のコロラトゥーラ・ソプラノの声に忠実な演奏曲目を、ということが選曲のポイントでした。メスプレ先生が教えて下さった全ての曲を入れることは出来ませんので、本当にコロラトゥーラらしい曲を入れるという事をすごく考えました。まずはドビュッシー。ドビュッシーがヴァニエ夫人(マリー=ブランシュ・ヴァニエ)のために書いた歌曲から何曲かを取りあげています。これらの曲はヴァニエ夫人の声質に合わせて書かれているので、コロラトゥーラ・ソプラノ以外の人には歌えません。ドビュッシー自身は、ヴァニエ夫人でなかったらこの曲は表現できないだろう、と記しています。1980年に初めて出版されたものもありますが、今回は2013年に自筆譜をもとに出版された「中国のロンデル」も加えました。この曲はメスプレ先生がお持ちの手書き譜面で勉強したり、演奏していました。メスプレ先生もそちらで録音しています。今回は新しい版で収録しました。「アリエルのロマンス」「後悔」「死後のなまめかしさ」はメスプレ先生は録音していません。先生に習ってそのレパートリーを受け継ぐということ、そして新しく自分がそれを開花させたものを入れたい、と思って選びました。そして、本当に迷いましたが、以前から出版されている「月の光」や「出現」は、メスプレ先生も録音されている曲として選びました。

それからマッセの喜歌劇《ジャネットの結婚》はコロラトゥーラ・ソプラノでなくては歌えないヒロインが出てくる珍しい演目です。作曲された当時に斬新だったのは、この主人公のパートは楽譜に3点変ホ(Es)まで書かれているんですね。普通オペラの楽譜では、最後のカデンツァなどで高音を出したい人はご自由にどうぞ、下に留まりたい人は留まって下さい、と楽譜には超高音を書かないことが多いのです。実際にこのような高い音が楽譜に記された初めての例がこの曲だった、という文献を読んだ事があります。その音が出ないソプラノはこの役は歌えない、ということなのですね。これはずっと歌い続けて行きたい曲です。

オペレッタ(喜歌劇)は全部で三曲入れています。オペレッタが全盛だった時代の、日々の生活の疲れを癒すために劇場に行って、ただ笑いたい観客が楽しんだ、エスプリのあるお芝居のアドリブが目に見えるような曲です。たわいもないストーリーが多いけれど、オペレッタ全盛時代に皆が楽しんでいた、うきうき出来る雰囲気を感じていただけたらと思います。

ルコックの《心と手》はスペイン調で、異国情緒が特徴です。メサジェの《お菊さん》は当時、日本語や文化などへの興味があり、着物を着て舞台に立つというエキゾチズムが魅力だったんですね。このオペレッタはピエール・ロティの「お菊さん」という小説がもとになっていて、プッチーニの《蝶々夫人》よりも先に書かれており、そういう意味でもとても面白いです。

Q:19世紀のフランスのジャポニスム趣味の曲ですね。日本女性の魅力に思いをはせながら書いたのであろう曲を、回り回って現代の日本女性が歌うことになったのは面白いですね。

A:そうですね(笑)。当時フランスで一人で暮らしていて、とてもノスタルジックになった時などに、これを歌いながら、日本を思い出したりしておりました(笑)。歌詞の中に「mousmé」という単語が出てくるんです。この曲もメスプレ先生がご自分のレパートリーから紹介してくださったのですが、「mousméって何語なのかしら?」っておっしゃるので、「ムスメは日本語です!」って教えてさしあげた、ということもありました(笑)。この歌の中ですとuがかなり強い発音になるんです。先生はアラブ語だと思っていらしたみたいでした(笑)。

Q:最後にまた二曲、歌曲が入っています。特に終曲の「歌う思い出」は気楽にメロディを楽しめる素敵な曲だと思いました。

A:この曲はプーランクの《テレジアスの乳房》というオペラがありまして、その中のメロディにまったく違う歌詞を載せて書かれたものです。プーランクのオペラは、ヒロインが「男なんてもうまっぴら、私は自分で生きて行く!」と宣言すると彼女にお髭が生えてくる、みたいなコミカルな内容なんですが、この曲はそうではなくて、月明かりの下で愛を語った頃を思い出す、というような歌詞がついていて、ピアノのパロックさんがとても気に入っている曲なんです。私も大好きで、リサイタルの最後に歌うことも多い曲です。

Q:アルバムを聴いて声の音色が魅力的で、こういうレパートリーにぴったりだと思いました。フランスのコロラトゥーラは可愛らしいチャーミングな音楽が多いという気がします。音のきらめきが魅力的だと言うか。

A:それはとても嬉しいです。フランス語には鼻母音を含む母音が約15種類あるんです。コロラトゥーラの部分は「あ」で歌われることが多いですが、その前に鼻母音があったり、イタリアやドイツのものには無い響きがあるので、その発声を維持する、その母音を維持するのが大変なんですね。色々なところに移動してしまいがちな音を体幹で保つために相当エネルギーが必要なんです。ですから母音で音色を変化させるということはあると思います。

Q:ピアニストのアントワーヌ・パロックさんの演奏もとても魅力的です。著名な方で来日も多いそうですが、これまでに共演はあったんでしょうか?録音に関するエピソードもありましたら教えてください。

A:録音も共演も今回が初めてです。私がリサイタルをした時のピアニストの方の紹介で、リサイタルの直前に来日中のパロックさんに二人の演奏を聴いてもらったことがありました。その時にお会いしたのがきっかけで、その後も演奏会ではなかったんですが、曲の解釈などを話しながらのセッションをすることがあったんですね。感受性が合う、という手応えがその時にあったんです。

録音に関しては、自分で何かを表現しなくては、と思って音楽を作ると本質が逃げて行ってしまう気が私はしていて、その反対に、作曲家が楽譜に書いたことを忠実に再現していくと、ありのままの自分が作曲家の本来の音楽の深層まで降りていくように思うのです。パロックさんにはきっとご理解頂けると思い、本当にありのままを表現したい、とそういう話もさせていただきました。ですから、二人で「何かしよう」ということをあらかじめ決めないで、心が動くように演奏しよう、ということが実現出来たと思っています。パリと日本ですから合わせの回数も限られていますので、来日なさった時に「だいたいこのテンポで」と決めただけで、合わせる時間も少なかったのですが、彼となら何をやっても多分大丈夫という直感がありました。特にルコックの喜歌劇《心と手》は、実は一度も合わせたことがなくて、そのまま当日録ったんです。だいたいテンポはこのくらい、といいながら。ほぼ一発でうまくいきました。

Q:この曲はすごく楽しそうに演奏されていますね。これは「じゃあ私、ちょっと歌ってみるわ」と言って舞台で即興的に歌う、という場面ですものね。その感じがとても良く出ていました。

A:そう言っていただくとすごく嬉しいです。即興演奏のような演奏ができた時が一番、私の中では一番いい演奏だと思っているものですから。お互い、何をやりたいかすごくよくわかって、最後、高音にあがるということすら言っていなかったんですけれども、高音に「わっ」て上がったら、向こうがちゃんと待って、その後も絶妙な後奏が来て、私は本当に興奮してしまいました。「すごい!」って(笑)。楽しい録音の思い出です。

Q:それでこそ二人で演奏する楽しさがありますね。素晴らしいですね。

A:その一方で、しっかり打ち合せをして作り込んでいくやり方で演奏した曲もあります。最後の「歌う思い出」はその一例です。

Q:最後の質問です。福田さんはブログなどを拝見していると、歌うことと並行して、教えることにも情熱をかたむけていらっしゃるようです。その情熱の源はどこにあるのでしょうか?

A:私は、大学時代は体重が40キロくらいしかなかったんです。一生懸命食べてみたり、声楽家としてすごく太ろうとした時期もあったんですが、でもやはり私は私でしかなく、体も小さいですし筋力もそんなにあるわけでもなく、とても苦労して鍛えて発声法を身につけました。それに、声の種類に関してもいろいろ悩み、最初は分からなかった、ということがありました。

そういう意味ではスタートが遅かったのです。最初から自然に声が出る人は、どうして声が出ないのか分からない。悩んでいる人の解決方法を見つけられない、ということに気がつきまして、私は、声が出にくい人の声を発掘して輝かせることができる、ということが自分の使命だと感じて教えています。やはり高音が出にくい人が来るケースが多いのですが、そういう生徒さんがどんどん高音が出るようになります。そういうことが出来るのも、一筋縄でいかなかった、ようやくみつけた発声法があるおかげで、他の方のお役に立てるといいな、と思って教えることもがんばってやっています。歌手の方を拝見すると、身体や、声帯や舌の位置、それに歌っている姿などを見て、どのあたりが詰まっているか、などを身体という楽器が語りかけてくるんですね。「あ、それなら、ここをこうしたら大丈夫そうじゃない?」と言うと、パカーンと声が出たりします(笑)。筋肉と声、それに骨盤の位置ですとか、様々な勉強してきたことを伝えられたらいいな、と思っています。

Q:福田さんがしっかりとした技術をお持ちなのはCDからもわかりました。でも、発声とかそういうことを全然考えないで、芸術作品として鑑賞しても素晴らしいCDだと思いますので、ぜひ多くの方に聴いてほしいですね。

A:多くの方に聴いていただけたら嬉しいです。私の声は、独特な響きを持つ声、色彩、色調を持つ特徴のある声だと思います。コンサートに来てくださった方から「森林浴をしたようです」「極上のエステを受けたみたい」「癒された、気持ち良かった」などと言っていただくことがあり、それはとても嬉しいことです。このようなレパートリーの曲はまだたくさんあるので、今後も紹介していけたら嬉しいと思います。

今日はどうもありがとうございました。

インタビュアー:井内美香


【CD情報】
歌う思い出
福田 美樹子 (ソプラノ)
アントワーヌ・パロック (ピアノ)

ドビュッシー:中国のロンデル、月の光、死後のなまめかしさ、出現、アリエルのロマンス、後悔
ドリーブ:歌劇「ラクメ」より
第1幕 「花はさらに美しく見える」
第2幕 鐘の歌 「若い娘はどこへ行く?」
第3幕 「あなたは私にとても甘い夢を見せてくれました」
ラヴェル:歌劇「子供と魔法」より 火のアリア
ルコック:喜歌劇「心と手」より ボレロ
マッセ:喜歌劇「ジャネットの結婚」より ナイチンゲールのアリア
メサジェ:喜歌劇「お菊さん」より セミたちの歌
ベイツ:「青い鳥」 (歌曲集「鳥たちの歌」より)
プ―ランク&ボノ:歌う思い出 FP182


【演奏会情報】
福田美樹子ソプラノ「歌う思い出」CD発売記念リサイタル
福田美樹子ソプラノ「歌う思い出」CD発売記念リサイタル2016年12月2日(金) 19:00 開演
サントリーホール ブルーローズ

ソプラノ:福田美樹子
ピアノ:白取晃司
フルート:十亀有子

LEAVE A REPLY

*
*
* (公開されません)

CAPTCHA


COMMENT ON FACEBOOK

Return Top