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【インタビュー】バイロイトの経験を「わ」の会へ—金子美香(メゾ・ソプラノ)

【インタビュー】バイロイトの経験を「わ」の会へ—金子美香(メゾ・ソプラノ)

二期会、新国立劇場、東京・春・音楽祭などでワーグナー他多様なレパートリーで活躍し、今夏にはバイロイト音楽祭「ワルキューレ」に出演するメゾ・ソプラノ金子美香。バイロイトの一公演目を終えて一時帰国中の彼女に、9月6日に出演する「わ」の会への意気込みほか様々なお話を伺った。

―まずは音楽との出会いについてお聞かせいただけますか。

4歳の時にピアノを始めました。でも特に音楽一家の出というわけではありません。それほど本格的に習っていたわけではないのですが、ちょうど桐朋学園が全国に音楽教室の分室を作り始めた時期に重なって、流れでそこに入ったんですね。それ以降ずっとピアノを続けてはいたんですが、正直全然やる気がなくて、むしろ嫌で(笑)。でも他に特にやることもなかったので、やはり流れで音大を受けたんです。それで、やる気がないものだから当然落ちました。バッハの平均律の暗譜が飛んで、永遠に再現部を繰り返して終われなくなってしまったんですよ(笑)。その後ピアノ科の先生が私に「田舎にいると練習しないから、東京で浪人しろ」と。まあ田舎にいるよりは楽しいかな、と思って浪人生活が東京で始まりました。それでもやっぱりピアノが面白くない。そこで気分転換にピアノ以外のことを始めてみようかな、と思って声楽を始めたんです。それで結局よく分からないまま声楽で音大を受けることになって、そのまま合格してしまったんですね。

歌のことは全然わからないなりに(大学で)最初の2年間色々やってみて、3年くらい経ってようやく次のことに気づいたんです。「自分は音楽に対する感性が乏しくて、感じた何かをアウトプットすることも知らなかったんだ」と。だからピアノも面白く感じられなかった。この気付きが、オセロが全部ひっくり返るみたいな瞬間だったんです。歌もピアノも別人のように真面目に取り組み始めたのは、ここからでした。これまでピアノ関連のお付き合いだけだったのが、色々な楽器の人たちとの交流で刺激を受けたことも一因だと思います。感性のスイッチを押されて、音楽の捉え方が一気に変わったんです。

―2008年2月の二期会「ワルキューレ」(飯守泰次郎指揮)のグリムゲルデ役が本格的なオペラ・デビューでいらっしゃいますね。その後もワーグナー作品の公演で活躍されていますが、やはりワーグナーは特別な作曲家なのでしょうか。

実は、ワーグナーはあまり目が向かない作曲家だったんですよ(笑)。色々な役や演奏家とのご縁がワーグナー関連で、勉強したり聴くうちに自分の中に入ってきたんです。実は飯守先生と私はピアノの兄妹弟子ですし、バイロイト音楽祭総監督のカタリーナ・ワーグナーが東京・春・音楽祭(以降春祭)の「神々の黄昏」を観に来た(聞き手注:この時のカタリーナのオファーでバイロイト・デビューが決定した)のも偶然のことでした。たくさんのご縁に恵まれています。

私は大学卒業後に歌がうまくいかない時期が長く続いて、20代の最後に「もう一回だけ勉強し直そう」と考え直して二期会の研修所に予科から入りました。そこで、研修所のアンダースタディ制度(稽古に参加して本キャストの下で勉強する)の機会を頂いて「ワルキューレ」のフリッカの勉強をしていたんです。そこでフリッカのカヴァー(本役と共に稽古を行い、万が一本役が出演できない場合代役を務める)だった方が本キャストに上がられて、グリムゲルデが空いてしまったんです。私は2007年の暮れに打診されたのですが、これはチャンスだと思ってお受けしました。グリムゲルデは一音も見ていない状態でしたが、年初の立ち稽古に向けて5日間で譜読みと暗譜をしました。これが出来たのはピアノ科での蓄積があったからですね(笑)。立ち稽古では何の迷惑もかけずに臨めましたよ。遅咲きでしたが、自分にとってよいタイミングで役を頂戴できて良かったなと思います。

―先ほど春祭の話も出ましたが、今年の春祭のリサイタルのプログラムはドイツリートと邦人作品、今年11月のプログラムはオール邦人ですね。継続的に日本歌曲を取り上げられている理由を教えていただけますか。

最初に二期会の研修所で日本歌曲をやった時に、「なんで母国語なのにこれだけ解らない言葉や解釈があるんだろう」と思って、言葉を扱う歌手として恥ずかしくなったんです。ドイツ、フランス、イタリアなど人それぞれ好きな国の音楽がありますが、日本人として自分の国の言語をきっちりやりたいな、と思って日本歌曲に取り組み始めたのがきっかけです。春祭のリサイタルでは、ピアニストのイェンドリク・シュプリンガーも(日本歌曲の演奏を)快諾してくれました。彼との共演では、日本人ではない彼が楽譜から感じたものを大切にして、そこから生まれる新しい解釈を楽しみました。それが彼と日本歌曲を演る意義だと思ったんですよね。

―バイロイト音楽祭で初回の公演をつい先日終えられたわけですが、現場の雰囲気を教えていただけますか。

まず「ファミリー」としての温かさに驚きました。バイロイトのお話を頂戴して1年になりますが、正直なところ生きた心地のしない1年でした。でも腹を括って行ったら、事務局もスタッフも本当に親切なんですよ。私は春祭や新国立劇場でご一緒した方が多かったのもありますが、皆和気藹々とやっています。プリマ然とした態度をとる人もいない。歌い手を呼んで催されるパーティも本当に楽しく大騒ぎで(笑)。この空気感は「ワルキューレ」のマエストロがドミンゴだからというのもあるかもしれませんけど。(今年で最後になる)カストルフの演出は周りは皆複数回やっているので、立ち稽古が3回しかないんですよ。私は当然初めて。それでもとにかく周りが支えてくれて、本当に良いチームに恵まれました。幸運だなと思います。

本公演以外だと、ゲネプロに足を運んだ時も驚きました。ゲネプロには地元の方々が本当にリラックスした格好でいらして、大衆演劇のように「マイスタージンガー」を観てゲラゲラ笑っている。バイロイトに住んでいる方にとって音楽祭が地元の誇りで、ワーグナーの音楽を心から楽しんでいる。その空気を肌で感じることが出来たのは本当に大きな収穫でした。

―そんなバイロイトを終えられて9月に「わ」の会で「ジークフリート」のエルダ役を歌われるわけですが、エルダ役への思い等ございますか。

昔からエルダは歌ってみたかったんです。ただなかなか機会もなく、まず歌えることが嬉しいですね。ワーグナー作品だと、エルダとノルンが持っている音楽の色が好きで。昔は遠い作曲家だったはずのワーグナーですが、デビュー以来毎年歌っていて今は一番近しい存在なんですよね。不思議なご縁です。今年はバイロイトで自分も歌って、他の演目のゲネプロもすべて観てワーグナーにどっぷりと浸りました。そこで得た経験を「わ」の会に限らず今後に活かしていきたいですね。

―最後に、9月6日の「わ」の会にいらっしゃるお客様にメッセージをお願いします。

私自身がワーグナーと縁遠い人間だったので、説得力があるかもしれないですね(笑)。とにかく「長い」。最初は誰が神で誰が人間かも判らないし。でも、何度も聴いているうちにモティーフや音楽を覚えて聴き取れるようになっていくと、すごく面白くなると思います。まずは何度も聴いてみると、次第に音楽の持つ力がしみ込んでくるのではないでしょうか。そうなった時の力は他の作曲家以上だと強く思います。「わ」の会だと美味しい所をコンパクトに聴けて、他の出演者の方々もワーグナーにずっと携わっている皆さんばかりです。そういう意味ではワーグナー入門にも最適な演奏会だと思います。是非お越しくださいね!

「わ」の会 第5回公演 Erwachen:覚醒

2018年9月6日 (木)
調布市文化会館たづくり くすのきホール

全席自由(前売):4,000円(税込)

インタビュー終了後、金子は「わ」の会の音楽稽古に合流。「ジークフリート」第3幕冒頭のさすらい人(友清祟)と金子演じるエルダの対話を中心に練習が進められた。新国立劇場で活躍する城谷正博による丁寧なドイツ語・リズムの指導、しなやかにワーグナーのオーケストレーションを音化する木下志寿子のピアノに歌の力が加わり、「ジークフリート」の世界が強靭に彫琢されてゆくさまは圧巻であった。9月6日の本番が楽しみだ。(なおオペラ・エクスプレスでは本番直前のリハーサルも速報レポート予定)

聞き手・構成:平岡拓也 Interview & Text by Takuya Hiraoka
photo: Naoko Nagasawa

金子 美香
カネコ ミカ
メゾソプラノ

スケール感に満ちた深みのある美声で注目される逸材

山口県出身。東京音楽大学声楽演奏家コースを首席で卒業、同大学院声楽専攻修了。
ザルツブルグモーツァルテウム音楽院マスタークラス修了。
(二期会アーティストサーチより)

金子美香 公式Facebookページ

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