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御園座で紡がれる「指環」4部作の絶頂―愛知祝祭管弦楽団「ジークフリート」

御園座で紡がれる「指環」4部作の絶頂―愛知祝祭管弦楽団「ジークフリート」

昨年の「ワルキューレ」に続き、愛知祝祭管が進めるワーグナー「ニーベルングの指環」を体験しに愛知へ。今年は第2夜「ジークフリート」である。昨年の記事はこちらを参照されたい。今回の「ジークフリート」最大の特徴は、明治30年からの長い歴史を誇る御園座での開催であろう。今年4月にリニューアルしたばかりの劇場は朱色のロビーが美しく、開場時・休憩中に響く弁当やお菓子の売り子の声もクラシック公演ではなかなか聞かれないもの。そして休憩中は何と客席内の飲食も可能であった!これも歌舞伎の劇場ならではである。全てが新鮮だ。

閑話休題、肝心の音楽について記す。音響的な条件としてベストとはいえない御園座という環境(特に残響の少なさが厳しい)にあって、オーケストラの背後には反響板がずらりと並べられて音楽を支える。歌手は巨大なオーケストラを前にして拮抗しなければいけないので、通常よりも酷な条件だったかもしれない。
三澤洋史指揮するオーケストラは、「ワルキューレ」から格段に重層化した管弦楽法の音化に大いに苦しみつつも、ジークフリートのホルン・コール(実に見事!)や動機の数々を象徴付ける木管など随所で妙技を発揮。特に第2幕の色彩感は美しかった。第1幕にて跋扈するミーメの音型は鈍ったが、刀鍛冶の場面や第3幕後半、ジークフリート牧歌は安定した技量を聴かせる。全体的には練習が行き届いた箇所・そうでない箇所にムラが聴かれた、というのが正直な印象だが、幕切れに向けて畳み掛ける音楽の熱量は充分であった。ジークフリートが葦笛を吹く場面、オケ・指揮者が共々派手に「参加」するのはこの上演ならではの愉しさだ。

歌手陣は、上述した通り大オーケストラの前で歌い演じる。表題役の片寄純也は体調が万全でなく(第2幕前にアナウンス有)、高音域でのやむを得ぬオクターヴ下げなどは本人が一番辛いだろう。それでも、小鳥(前川依子の伸びやかな歌唱!)との対話などに彼ならではの叙情的な味が宿っていたことは記しておきたい。ジークフリートを育てて謀略をめぐらすミーメは升島唯博、線は細いが性格的テノールとして適役であった。アルベリヒの大森いちえいも不気味な存在感と押し出しの強い歌唱が魅力的。ファーフナーの松下雅人も役割を果たした。そして、今や日本随一のワーグナー歌手となった青山貴のさすらい人はやはり圧巻。デッドな音響を物ともせず、声自体に豊かな響きを宿らせて客席に届ける(今回のキャストでは唯一ではなかったか?)のは驚異的だ。女声陣だが、基村昌代のブリュンヒルデは片寄を支えつつ瑞々しい歌を聴かせる。三輪陽子演じるエルダも手堅い。

佐藤美晴の演出は今年も簡潔にして作品の新鮮な魅力を届けてくれた。第2幕、ジークフリートと対峙するファーフナーの蛇腹、森の小鳥が引き連れる妖精たち(?)がいずれも助演の子供達(東海児童合唱団)により表現される。「恐ろしい大蛇」「麗しい小鳥」という相反する要素が同じ子供達に演じられることにより、この作品の陰陽が象徴的に対比されたように感じた。音楽と物語の一致も綿密に図られており、ミーメ殺害後のアルベリヒの咆哮は楽譜以上に強調された。このアルベリヒの高笑いは、彼とその息子ハーゲンが巨大な企みを実行に移す次作「神々の黄昏」への複線となるのだ。第3幕、ブリュンヒルデが眠る岩山へジークフリートが向かう間奏曲においては、舞台上方から火の粉を模した紙片が降り注ぐ。シンプルだが充分な高揚感をもたらした。この他にも、楽劇全篇に見られた人物毎の照明の色分け、第1-2幕での長椅子の効果的な用法(N響『ドン・ジョヴァンニ』でも用いられた)等、親しみ易さだけに留まらない采配が見事だった。御園座という環境の制約の中で、単なる演奏会形式とは一味違う舞台を作り出していたといえる。

「指環」4部作の絶頂ともいえる「ジークフリート」に、愛知祝祭管は渾身の力で挑んだ。来年は会場を再び愛知県芸術劇場に戻し、指環をめぐる物語の大詰めが描かれる。絶頂を経て、転げ落ちるように終焉へ向かっていく世界を、愛知祝祭管弦楽団は果たしてどのように聴かせてくれるのだろうか。また1年間、楽しみに待ちたい。

写真:飯田耕治 Photos by Koji Iida
文:平岡拓也 Reported by Takuya Hiraoka

愛知祝祭管弦楽団 2016-2019「ニーベルングの指環」四部作
第二夜「ジークフリート」

2018年9月2日(日)
御園座

ヴァーグナー:楽劇「ジークフリート」(全3幕/ドイツ語上演/字幕付)

演出構成:佐藤美晴
ジークフリート:片寄純也(テノール)
ブリュンヒルデ:基村昌代(ソプラノ)
さすらい人:青山貴(バリトン)
ミーメ:升島唯博(テノール)
エルダ:三輪陽子(メゾ・ソプラノ)
アルベリヒ:大森いちえい(バリトン)
ファーフナー:松下雅人(バス)
森の小鳥:前川依子(ソプラノ)
助演:東海児童合唱団・遠藤綾野
管弦楽:愛知祝祭管弦楽団
指揮:三澤洋史

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