オペラ・エクスプレス

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心から笑い、心から泣く―CARI AMICI「ばらの騎士」抜粋

心から笑い、心から泣く―CARI AMICI「ばらの騎士」抜粋

“Via dell’opera”(オペラの小道)と題し、オペラの魅力を凝縮した上演を八王子で続けている「CARI AMICI」(カーリ・アミーチ)。これまでイタリア・オペラの名作に取り組んできたが、今回は20世紀オペラの最高傑作の一つであるR. シュトラウス「ばらの騎士」を取り上げた。舞台が創り上げられる模様を追ったリハーサル・レポートに続き、今回は公演の様子をお伝えする。

本公演での抜粋が持つ特色については上記のリハーサル・レポートでも記したが、やはり実演に接するとその巧妙さが改めて伝わる。旋律の宝庫たる作品の旨味を丁寧に掬い取り、ニュアンスを余さず伝えつつ、ぴたりと2時間に収まるコンパクトな構成だ。

第1幕、勇壮なオクタヴィアンの動機に始まる冒頭は城谷正博&木下志寿子の連弾により奏でられ、重厚に幕が開く。城谷が静かにピアノを離れ、指揮を振り始めるとオクタヴィアン(池田香織)と元帥夫人(北村さおり)が仲睦まじく現れ、昨夜の愛の余韻に浸りながら歌い交わす。しばらくその艶やかな音楽が続いた頃、舞台の袖からひょっこりと現れる1人の女性。彼女こそが今回の狂言回し、アンニーナ(増田弥生)である。情報通の彼女はウィーン社交界の裏事情を握っており、客席にその繋がり—すなわちこの物語の背景—を紐解いてくれるのだ。彼女の活躍により、抜粋が一層円滑に進行することに。
客席がアンニーナの解説に耳を傾ける最中、何やら客席のドアの向こう側から騒がしい音が。そこには、会場係の女性に「困ります、ただいま上演中でございます!」と引き止められつつ、無理矢理ホールに突入しようとする大柄な男性―そう、オックス男爵(大塚博章)のお出ましである。「俺は出演者なの!」と宣言し、„Selbstverständlich empfängt mich Ihro Gnaden.“と自信満々に歌い出すその表情の多彩なこと!この後はマリアンデル(オクタヴィアンが小間使いに変装した姿)・元帥夫人・オックスの3人によるドタバタの展開となるが、音楽にドイツ語(それも田舎言葉の模倣・貴族言葉など多岐に渡る)がぎゅうぎゅうに詰め込まれており、更に演技も加わるのだから目も耳も舞台に釘付けである。特に場面終わりの3重唱では指揮のキュー出しも3方向に及び、阿修羅の如き忙しさだ。一部、指揮者が歌まで担当してしまう(!)瞬間まであるのだから、本当に息つく暇がない。
男爵が去った後、元帥夫人とオクタヴィアンは再び安堵して言葉を交わす―しかし、そこには僅かなすれ違いが既に生まれていた。遠くない将来、若き騎士が自らの元を離れていくであろうことを元帥夫人は予見するのだ。何故彼女がそのようなことを口にするのか分からず、若きオクタヴィアンは困惑するも、「行きなさい。後で、プラーター公園に貴方もいらっしゃい」と静かに告げる恋人に対して精一杯気丈に振る舞う。„Wie Sie befiehlt, Bichette!“と応じた池田香織の表情の切り替えの見事さは記さずにはいられない。一方の元帥夫人は寂しげに愛人を見送った後、彼を追いたい気持ちを自らの中で抑える。座ってオクタヴィアンの肖像が描かれたメダルを物憂げに眺めたのち、遠くを見やるという北村さおりの演技もまた、涙を誘うものだった。そしてこの瞬間の音楽の甘美なこと!

大塚博章(オックス男爵)、池田香織(オクタヴィアン/マリアンデル)
大塚博章(オックス男爵)、池田香織(オクタヴィアン/マリアンデル)

休憩を挟んだ後は第2幕・第3幕からの抜粋。裕福な新興貴族ファニナルの娘ゾフィーと前述のオックスが婚約する運びとなり、婚約の儀式として花嫁に銀のばらを贈る使者(これが題である『ばらの騎士』)としてオクタヴィアンが登場する。舞台上にはアンニーナとゾフィーが待機しているのだが、その中客席から颯爽と現れるオクタヴィアン。聴衆の注目を一気に集めた後、ゾフィー(山口佳子)と初々しい会話を交わす。その後この若い騎士はオックスと剣を交え、ほんの擦り傷を負わされた男爵閣下が大騒ぎ―という経過がやはりアンニーナの口から語られる。そして物語は第2幕終盤、オックスを誘い出すべくマリアンデルがしたためた手紙の場面へ。これを聞き彼はすっかりご機嫌になってしまうわけだが、ここではアンニーナの細かな演技に爆笑。謝礼を求めてオックスに迫るあの手この手がいちいち面白いのだ(しかもト書き通り!)。
暗転して第3幕へ。舞台はオックスを誘い込む一室の準備中だが、ここでも小芝居が盛り沢山。ただ立っているだけの指揮者(城谷正博)を見つけて「あんたも手伝いなさいよ!」と詰め寄るアンニーナ、「俺はギャラが高いからダメ!」と返す城谷、「そうよねあんた、指揮だけじゃなくて歌まで歌ってるし」と納得するアンニーナという流れ―これで笑わない人間はいない。その後マリアンデルを連れたオックスがやってくるが、ここでマリアンデルは徐々に威勢良い飲みっぷりを見せ始める。これは池田香織のアイディアなのか、泣き上戸がかなり強調されていたような。特有の甘ったるい田舎言葉とその飲みっぷりは抜群の相乗効果を発揮、オックス男爵の困惑がごく真っ当に思えてくるのも笑えるところ。そしてマリアンデル危うし、というタイミングで部屋の仕掛けが作動(字幕を担当し、第2幕では実は医者で登場していた吉田真もお化けとして再登場!)、オックス男爵は散々にとっちめられて退散する。
場面はいよいよ、このオペラの絶美の瞬間である3重唱へ。若き恋人達を祝福しつつも彼への愛を振り返り、自問する元帥夫人。ゾフィーへの思いを今や隠そうとはせず、されど元帥夫人への後ろめたさもあり困惑するオクタヴィアン。元帥夫人の心遣いに感謝しつつ、本当にオクタヴィアンを愛して良いのか心定まらぬゾフィー。シュトラウスの音楽が3人の心を綾なし、ほろ苦い余韻と共に去ってゆく時間の尊さは―とても文字で伝わるものではない。北村さおり、池田香織、山口佳子は三者三様の心の機微を丁寧に歌い上げてくれた。オクタヴィアンとゾフィー、初々しい2人が腕を組んで舞台を去ったのち、まるで照れ隠しのような後奏と共に幕が下りる。

山口佳子(ゾフィー)、オクタヴィアン(池田香織)、北村さおり(元帥夫人)
山口佳子(ゾフィー)、オクタヴィアン(池田香織)、北村さおり(元帥夫人)

本当によく笑い、よく泣ける舞台だった。セミステージという舞台装置のない上演ながら、シュトラウスとホフマンスタールが描いた夢幻の世界から一瞬とて抜け出ることがなかったのは、何よりも音楽面の充実が最大の理由であろう。既に場面毎に出演者の美点には随時触れてきたが、ワーグナー以上にぎっちりと盛り込まれたドイツ語の嵐を音楽に昇華させた歌い手には改めて賞賛の拍手を送りたいし、シュトラウスの音楽を雄弁に奏でたピアノの木下志寿子、マエストロ城谷正博、字幕(&演技!)の吉田真という「わ」の会メンバーの安定感は今回も抜群だった。見事なチームワークで魅せたCARI AMICI「ばらの騎士」、これにて閉幕である。次はどんなオペラの魅力を拓いてくれるだろうか。

写真:CARI AMICI Photos by CARI AMICI
文:平岡拓也 Reported by Takuya Hiraoka

【公演データ】
2018年11月4日(日)
R. シュトラウス《ばらの騎士》ハイライト
八王子市芸術文化会館 いちょうホール

R. シュトラウス:オペラ「ばらの騎士」
(セミステージ ハイライト形式/字幕付/ドイツ語上演)

指揮:城谷正博
ピアノ:木下志寿子
元師夫人:北村さおり(ソプラノ)
オックス男爵:大塚博章(バス)
オクタヴィアン:池田香織(メゾ・ソプラノ)
ゾフィー:山口佳子(ソプラノ)
アンニーナ:増田弥生(メゾ・ソプラノ)
字幕:吉田真

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