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キャスティングはこうして決まる⁉―オーディション潜入レポート「ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート」

キャスティングはこうして決まる⁉―オーディション潜入レポート「ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート」

オーディション。受験するものにとっては、チャンスでもあるが、打ちのめされる場でもあり、縁のない人にとってはどこか魅惑的に響く言葉である。オーディションはどのように開催され、どのように決定が下されるのか?
11月21日に行われた、来年1月8日に紀尾井ホールで開催される千代田区文化事業助成対象事業、奏楽会presents「ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート」のオーディションを取材させていただき、謎に包まれたその実態に迫ってみた。

そもそも、オーディションの募集はどうやってなされているのか?様々なケースがあるようだが、今回の主催団体である一般社団法人奏楽会は、月刊「ぶらあぼ」とウェブサイトでオーディション情報を掲載したそうだ。
具体的に募集していたのは、コンサートでワーグナーのオペラからアリアを歌うソプラノ歌手数人と、楽劇「ワルキューレ」の『ワルキューレの騎行』のシーンを歌う女声歌手たちの一部である。私たちが取材した夕方からのオーディションには20名ほどが集まっていた。オーディションはその他にも、応募してきた歌手の都合に合わせて、当日の朝と翌日にも開催されるとのことだった。

会場は麹町にある小さなホール。会場に入るとすぐに受付と控室があり、受付を済ませたオーディション受験者はそこで待機する。順番が来ると、受付の担当者が名前をよび、受験会場の部屋の前まで受験者を案内する。その後、前の歌手が出てきたら、自分のタイミングでホールに入って歌う、という手順のようだ。

オーディションの様子
オーディションの様子

会場の中を見れば、舞台の向かい側に机があり、そこに審査員が神妙な面持ちで座っている。受験者は自分でピアニストを伴っている人もいるが、主催者が用意したピアニストに依頼をしている人も多いようだ。一人一人が歌う前に名前と受験役を言い、それから審査員の前で歌う。歌い終わると審査員から質問がある場合もあるが、たいていはそのまま一礼して去っていく。歌い終わっても拍手もなく、ピリピリとした緊張感が続いていく。

動きがあったのは岩下晶子さんが歌い終わった時だ。歌い終わって退場した彼女について、次の歌手が入ってくるまでの間に何やら話していた審査員。急に彼女に曲の別の箇所も歌ってもらいたい、と言い始めた。部屋から主催者があわてて飛びだして、岩下さんが連れ戻された。すぐに楽譜が用意され、ほぼ初見でその場所を歌う岩下さん。ピアニストも見事に対応している。歌を聞くと、納得したのか、審査員は深くうなずいて彼女を再び送りだした。

もうひとつ動きがあったのは矢野敦子さんが歌ったときである。彼女が希望していたアリアとは異なるもう一つのアリアが歌えないか?と審査員が質問し、その場ですぐ歌うこととなった。彼女は伴奏者を連れてきていたけれども、その方は指定された曲は弾けないということで、主催者側のピアニストが急遽登板。楽譜が用意され、彼女が歌いだした瞬間に審査員全員がニコニコし始めたのが印象的だった。

その後は順調に歌唱が続き、それが終わると休憩をはさんで審査が始まった。まず今回の審査員長である指揮者のホルヘ・パローディ氏が印象に残った歌手とその理由を述べる。さすがに詳細は公開できないことをお許し願いたい。評価のポイントとしては、もちろん、音楽性、集中力、声の豊かさと柔らかさ、そして決めどころであるアクートの安定性といったことは大事にされていたが、その上で、それぞれの歌にあった声や雰囲気を持っている歌手かどうかに重点が置かれていた。
確かに、ワーグナーを歌おうと思うような皆様である。受験された歌手の皆様は、どなたもそれぞれに素晴らしい歌をうたっていらっしゃった。ただ、やはり比べて聴いていると、それぞれの人となりの持つ「らしさ」というか、雰囲気に違いがあった。審査では、歌を歌うことができていても、その上で、そうした違いが重視されていた。ホルヘ氏に続き、岩井理花氏をはじめとする他の審査員の皆様もご自身の意見を述べられたが、蓋を開ければ全員が同じ結果を考えていたことがわかり、すぐにアリアを歌うソリストは決定した。

 ホルヘ・パローディ氏(指揮者/審査員長)
ホルヘ・パローディ氏(指揮者/審査員長)

この過程を見ていて感じたのは、点数を競い合うコンクールとは異なり、オーディションは、そのコンサートでその曲にふさわしい音楽を届けてくれる歌手かどうかが重視されているということである。実際、取材という名を借りて同席させていただいたことで、聴き比べの機会を得たわけだが、審査員と印象は同じだった。

審議が少し難航したのはワルキューレ役の選定である。というのはアリアを歌う歌手とは異なり、ワルキューレはアンサンブルであるからだ。良い方がたくさんいたためどの方を選ぶべきかは様々なバランスも考慮して、決めていく必要があった。
最終的に、翌日のオーディションで何を聴き、何を決めるかが決まり、もう一度この役で声を聞いてみようとコールバックする方が決まり、合格者、不合格者への伝達方法が決まって、その日のオーディション審査はお開きとなった。
なお、募集役の中でも、ジークリンデ役だけはコールバックした方の中からも該当者が見当たらず、主催者側が用意していたバックアッププラン通り、岩井理花先生が歌われることに決定したそうである。オーディションをしても難しい役はイメージ通りの歌手が見つからない場合もある。そういう場合も考え、プランを用意しておくことも主催者側の仕事だそうだ。

選考中の審査員たち
選考中の審査員たち

全てのオーディションが終了し今回のオーディションで決定した「ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート」の女声の出演者は以下のとおり。

歌劇「タンホイザー」より「歌の殿堂」 矢野敦子さん
楽劇「ワルキューレ」より「ワルキューレの騎行」
ヘルムヴィーゲ 岩下晶子さん(ソプラノ)
ロスヴァイセ 小出理恵さん(ソプラノ)
グリムゲルデ 川口美和さん(メゾ・ソプラノ)

「ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート」は、1月8日の火曜日、紀尾井ホールで開催される。
2019年の幕開けに、ワーグナーの名曲,名旋律に浸れるとは、何とも贅沢なことではないか。新しい年を祝いつつ、オーディションを突破して来た歌声を、ご自身の耳で確かめてみては如何だろうか。もちろん、その他の出演者も実力派揃いだ。
公式サイトによると、既に完売している席種もあるようだ。購入方法など、詳細は公式サイトに掲載されているので、チェックしてみて頂きたい。

奏楽会presents
ニューイヤー・ワーグナー・グランド・ガラコンサート
2019年1月8日(火)19時開演
紀尾井ホール出演:
指揮 ホルヘ・パローディ
管弦楽 ザ・オペラ・バンド
ソプラノ 岩井理花 岩下晶子* 小出理恵* 鈴木晶子 武井涼子 萩原雅子 矢野敦子*
メゾ・ソプラノ 池端歩 川口美和 田村由貴絵 中村裕美
テノール 宮里直樹
バリトン 青戸知
バス 後藤春馬

*は、オーディションによるキャスティング

取材・構成:オペラ・エクスプレス編集部

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