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【リハーサルレポート】新交響楽団「トリスタンとイゾルデ」

【リハーサルレポート】新交響楽団「トリスタンとイゾルデ」

来年1月20日に控える新交響楽団「トリスタンとイゾルデ」公演のリハーサルに伺いました。マエストロ稽古(ピアノ伴奏と歌手、指揮者による練習)、オーケストラに歌手が合流してのリハーサルの模様をそれぞれお伝えします。

オーケストラとの顔合わせに先立ち行われたマエストロ稽古。ピアノ伴奏(木下志寿子)が管弦楽を担い、新国立劇場の城谷正博も加わって音楽面をサポートする万全の体制で行われた。数々のワーグナー上演に携わってきた練達のキャストが揃う今回の「トリスタン」公演だが、指揮の飯守泰次郎は更に高みを目指し、次々と指示や提案を行った。レガートと言葉の明晰さの両立、作品特有の半音階進行や転調、裏拍やシンコペーションの精緻さなど、あらゆる面から作品を抉っていく。慣習的に「歌い易く」歌われている幕切れのある箇所では楽譜に立ち返り、インテンポで8分音符の鋭さを活かしていた。「sterbenやTodなど深い意味を持つ言葉は際立たせて」といったドイツ語の掘り下げも細かい。また特に印象的だったのは第1場のブランゲーネとイゾルデの2重唱で、美しく仕上げられた歌唱に対して「綺麗すぎる」と注文。侍女が姫に対しこれほど抵抗し、しつこく忠言するのは異常事態だというのだ。この場面についてマエストロは次のように語る。「狩に行くという建前でマルケ王の一行が見張っていることにブランゲーネは気づいており、だからこそ『用心せよ』と繰り返すわけです。しかし愛に溺れるイゾルデはそれに気付くことが出来ない。第1幕の媚薬のせいではありますが、それ以上に盲目の愛の恐ろしさがここでは表現されているのです」この先起こるのっぴきならない事態を予見させるには、綺麗な歌以上に緊張感に満ちた「喋り」が必要とされるということである。「böslicherは唾飛ばして!」など、「ギリギリの音色」の追求が続いた。

表情豊かに歌手から音楽を引き出す飯守泰次郎(指揮)、二塚直紀(テノール)、池田香織(メゾ・ソプラノ)
表情豊かに歌手から音楽を引き出す飯守泰次郎(指揮)、二塚直紀(テノール)、池田香織(メゾ・ソプラノ)

ドラマトゥルギー的な側面も含めた歌唱の磨き上げが行われたマエストロ稽古の翌週、都内で新交響楽団と歌手陣による合同リハーサルが行われた。午前中にオーケストラ単独の稽古、午後に歌手が合流するという流れで、マエストロ飯守泰次郎は一切の疲れを見せず驚くべきエネルギーで叱咤激励(前日に仙台フィルとの『第9』公演を終えたばかりというのに!)。リハーサルは第1幕への前奏曲に始まり、全体のうねりの中で和音や強弱を作る重要性が繰り返し説かれた。「この前奏曲だけで充分なくらいの濃さの音楽が詰まっています」と飯守が語った通り、最後には濃密な音楽が響いていた。
続いて第2幕の練習。午前中のオーケストラ単独練習でも水準は高かったが、歌手が加わった午後の稽古に入ると俄然音楽の表情が雄弁さを増し、熱っぽくなったことに驚いた。歌唱と管弦楽を緊密に融合させたワーグナーの手法を再認識したし、また歌手の熱量がオーケストラに伝播して燃え立たせる瞬間の連続でもあった。冒頭の一撃から飯守は鋭く緊張感のある響きを求め、非和声音や各動機の浮き立たせ(『ライトモティーフは理念、それを提示しなければダメ』という言葉も印象に残った)を次々と示す。強弱記号も疎かにはしない。重厚・悠然たるイメージが飯守の音楽に結び付けられることは多いが、今回の「トリスタン」では寧ろ彼の音楽の「鋭さ」が随所で際立った。リズムは徹底的に弾き分け、特に弦の刻みの明晰さが見事だ。ある種異常な高揚感にあるトリスタンとイゾルデによる「昼の対話」(時折カットされるが今回は演奏される)に続く「夜の二重唱」ではしっとりとした味も含むが、あくまで音楽は理知的に進む。本番では特有の陶酔感が加わり、全てが一体となった響きが立ち昇りそうだ。
第2幕に続き、今回は第3幕第3場も演奏される。大詰めの「イゾルデの愛の死」では、全てを超越する形而上的な体験が訪れるのではないだろうか。池田香織(イゾルデ)と新響が紡いだこの日の音楽には、既にそのような瞬間が多分に含まれていたのであるから。

左から飯守泰次郎(指揮)、友清崇(バリトン)、佐藤泰弘(バス)、金子美香(メゾ・ソプラノ)
左から飯守泰次郎(指揮)、友清崇(バリトン)、佐藤泰弘(バス)、金子美香(メゾ・ソプラノ)

最後に、マエストロ飯守泰次郎からのメッセージをお届けしましょう。
ワーグナーの音楽は、最初の作品から最後の『パルジファル』に至るまで、驚くべき変化を遂げています。その中でも『トリスタン』はベートーヴェンが『英雄』で行った大変革に匹敵するでしょう。この後に『指環』後半と『パルジファル』が更に来ることも含めて、驚嘆すべきことです。またワーグナーのワーグナーたる所以はハーモニー・調性・音程。これらは絶対にしつこく練習しなければなりません。また大編成のオーケストラと歌の両方をお客様にお聴かせする必要がありますが、今回は演奏会形式なので歌い手とオーケストラがよく聴き合うことが出来ます-勿論舞台上演・演奏会形式それぞれに長短がありますが。とにかく、ワーグナーの音楽が『伝わる』ように最善を尽くします。

新国立劇場の任期中、数々のワーグナー公演を指揮した飯守泰次郎が贈る渾身の「トリスタンとイゾルデ」。演奏会形式ながら、緊迫のドラマが眼前に繰り広げられる公演になることは必至。一音たりとも聴き逃せない濃密なひと時となりそうです。

飯守×新響が紡ぐワーグナーに期待が高まる
飯守×新響が紡ぐワーグナーに期待が高まる

取材・文・写真:平岡 拓也
Report & Photos by Takuya Hiraoka

【公演情報】
新交響楽団 第244回演奏会
2019年1月20日(日)14時
東京芸術劇場 コンサートホール

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より
第1幕への前奏曲、第2幕全曲、第3幕第3場

トリスタン:二塚直紀(テノール)
イゾルデ:池田香織(メゾ・ソプラノ)
マルケ王:佐藤泰弘(バス)
ブランゲーネ:金子美香(メゾ・ソプラノ)
クルヴェナール:友清崇(バリトン)
メロート:今尾滋(テノール)
牧童:宮之原良平(テノール)
舵取り:小林由樹(バリトン)
管弦楽:新交響楽団
指揮:飯守泰次郎

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