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黄金か愛か?シュトラウスが未来に託した愛と平和へのメッセージ—東京二期会オペラ劇場《ダナエの愛》舞台上演日本初演【公演レポート】

黄金か愛か?シュトラウスが未来に託した愛と平和へのメッセージ—東京二期会オペラ劇場《ダナエの愛》舞台上演日本初演【公演レポート】

東京二期会のオペラ《ダナエの愛》を観てきました。リヒャルト・シュトラウスの中でも上演が稀なオペラですが、大変美しく、そして深い意味を持つ作品でした。深作健太の的を射た演出、シュトラウスの音楽の魅力を最大限に伝える準・メルクルの指揮、そして演技と歌で非常に高い水準を示した二期会の歌手達の力が一つになり、大きな感動をもたらしました。

《ダナエの愛》の上演がこれまであまり行われなかったのには様々な理由があるようです。まずはこのオペラが作曲された時代。第二次世界大戦が始まってしまい、《ダナエの愛》がザルツブルク音楽祭で初演される予定だった1944年にはヒトラーの暗殺未遂事件があり公演は中止、ゲネラル・プローベ(総稽古)の形をとって一度上演されたまま、初演はずっと後年の1952年を待たなくてはなりませんでした。

もう一つ良く言われる理由は、シュトラウスと共に数々の傑作オペラを生み出したホフマンスタール(そしてツヴァイク)の台本と比較してグレゴールの台本が良くないことです。ギリシャ神話からのエピソードの多用、あまり意味のない伏線の数々に加え、決定的なのは第二幕において、ユピテル(ゼウス)がミダスをダナエと二人きりにして、ミダスに接吻されたダナエが黄金の像になってしまうまでのドラマが弱いことです。これはホフマンスタールの原案とグレゴールの台本の内容に違いがあること、グレゴールの台本をシュトラウスと(初演の指揮者である)クレメンス・クラウスが手直ししたことなどが原因であるようです。

物語はダナエという美しい娘が万能の神ユピテルの「黄金の力」よりも貧しい若者の「愛」を選ぶ、というものです。「金と権力より愛が大事」というあたりまえのテーマですが、実際は、人間はその両方を手に入れたがるものです。しかし経済恐慌から独裁政権が生まれ、やがて戦争にまで突き進み、権力に従わなければ小さな幸せすら破壊されてしまうような時代に書かれたオペラを、似たような状況が生まれつつある現代に上演したことによって、この作品は私たちにとってより深い意味を持つに至ったのです。

今回、《ダナエの愛》の真価をはっきりと見せてくれたのが深作健太の演出でした。若い頃からオペラに傾倒していたという深作は、有名な映画監督 深作欣二を父親に持ち、自身も映画監督と舞台演出の両方で活躍していますが、オペラの演出は今回が初めてだそうです。第一幕、第二幕はダナエが閉じ込められている石造りの宮殿が舞台となります。丸い天窓から黄金の雨が降る仕掛けや、第一幕の終わりの大階段によるユピテルの登場も効果的でしたし、舞台転換や登場人物の動かし方が音楽的で、オペラの演出家としての才能を示していました。第三幕はそれまでとは大きく違う、大惨事の後の破壊された風景です。あたりには電子レンジ、冷蔵庫などの現代の日常品が散らばっています。舞台奥にある建物の残骸には消すことの出来ない火が燃え続け、メルクールは防護服を着て放射能測定器を持って登場します。公演後の演出家トークによると、舞台の上に置かれた大きな丸時計の針は3月11日の震災が起こった時間を差して止まっているそうで、これは私達の、日本の風景なのです。この演出では第三幕のユピテルはワーグナー《ニーベルングの指環(リング)》のさすらい人=ヴォータンを思わせる姿で描かれています。黄金の力で世界を支配してきた神は、自らの黄昏を自覚し、静かに去っていくのです。

深作演出にはもう一つ、シュトラウス自身が作曲した《ばらの騎士》への明らかな言及がありました。確かに《ばらの騎士》の要素は、このオペラの音楽にも構成にもかなりはっきり示されているものです。この演出では、第一幕でダナエへの贈り物である〈金色の薔薇〉一枝をロココの衣裳を身につけたとても可愛らしい子役が運んできます。そして第三幕の最後にダナエがユピテルに贈る髪留めはその〈金の薔薇〉を彼に返すことなのです。金の薔薇はユピテルの手の中で生きた赤い薔薇になります。ダナエはミダスの子を身ごもっており、万能の神ユピテルの愛を退けた後、二人は廃墟となった地で人間の営みを始めるのです。舞台上手にあるダナエが植えた苗木にユピテルが咲かせた白い花が目に鮮やかでした。

舞台美術はすっきりとして美しく、黄金の雨やミダスの手が金色に光る所、そしてダナエが黄金の像になってしまう場面では照明が重要な役割を果たしました。それ以外にも、第三幕の最後における希望に満ちた明るい光の使い方が特に美しかったです。

準・メルクル指揮の東京フィルハーモニー交響楽団の演奏も素晴らしかったです。メルクルはきびきびしたテンポで力強い音楽を作り、叙情的な部分とオーケストラを大きく鳴らす場面の両方で自在でした。

公演プログラムにも書いてありましたが、このオペラの演奏が稀である最後の理由は歌の難しさです。ユピテル、ミダス、ダナエの三役は同じ重要性を持ち、技術的にも表現的にも高度なものが要求されます。ミダスを歌った福井敬は、輝かしい声で音楽的にも得難いテノールだと思いました。第三幕の冒頭のアリアは最後の言葉「それはダナエの愛だ」までを大きなスケールで歌い、このオペラの核心を表現していました。ユピテルの小森輝彦は言葉の音への乗せ方が素晴らしく、第二幕の最後のユピテルのモノローグなど迫力があって聴きごたえたっぷりでした。また第三幕での寂寥感の表現もいぶし銀の輝きでした。そしてダナエ役の林正子は声の音色に深みがあり声量も十分、長丁場を歌い切りました。第三幕ではアリア「ここにいると私はとてもくつろげるWie umgibst du mich mit Frieden」などの歌唱で、高音の弱音が奇麗で印象的でした。

その他の役も、ダナエを幽閉している父親ポルクス王の村上公太は歌も演技も的確、メルクールの児玉和弘は第三幕のみの登場ですが、激しい動きと難しい歌がシンクロして見事、クサンテの平井香織も上手かったです。またユピテルがかつて愛したゼメレ、オイローパ、アルメーネ、レダの四人組はコミカルな演技とアンサンブルで大活躍でした。四人の王や合唱も、ワーグナーやシュトラウスの上演が多い二期会らしく大変良かったです。

オペラが終わると、客席にはブラヴォーの声が飛び交い拍手が10分弱続きました。終演時間が遅かったことを考えても相当に熱い反応だったと思います。

3日に歌ったキャストもまた違った素晴らしさがありました。佐々木典子のダナエは演技が素晴らしく、黄金と愛の間で揺れ動く葛藤を細やかに表現、大沼徹のユピテルはパワフル、ミダスの菅野敦は澄んだ美声が良かったです。ポルクス王の高田正人は歌も良かったですが身軽な動きで少し変な王様を好演、メルクールの糸賀修平も輝かしい声と演技が秀逸でした。
(所見:10月2、3日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photograph:Naoko Nagasawa

《ダナエの愛》舞台上演日本初演
オペラ全3幕字幕付原語(ドイツ語)上演
東京文化会館大ホール
2015年10月2日(金)18:30/3日(土)14:00/4日(日)14:00

台本:ヨーゼフ・グレゴール
原案:フーゴ・フォン・ホフマンスタール
作曲:リヒャルト・シュトラウス

指揮:準・メルクル
演出:深作健太

装置:松井るみ
衣裳:前田文子
照明:喜多村 貴
合唱指揮・音楽アシスタント:角田鋼亮
舞台監督:八木清市
字幕製作:岩下久美子

公演監督:大野徹也
制作:公益財団法人東京二期会

キャスト:
ユピテル:小森輝彦(10/2,4)大沼 徹(10/3)
メルクール:児玉和弘(10/2,4)糸賀修平(10/3)
ポルクス:村上公太(10/2,4)高田正人(10/3)
ダナエ:林 正子(10/2,4)佐々木典子(10/3)
クサンテ:平井香織(10/2,4)佐竹由美(10/3)
ミダス:福井 敬(10/2,4)菅野 敦(10/3)
ゼメレ:山口清子(10/2,4)北村さおり(10/3)
オイローパ:澤村翔子(10/2,4)江口順子(10/3)
アルクメーネ:磯地美樹(10/2,4)塩崎めぐみ(10/3)
レダ:与田朝子(10/2,4)石井 藍(10/3)

4人の王&4人の衛兵:前川健生/鹿野浩史/杉浦隆大/松井永太郎

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photogragh:Naoko Nagasawa

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