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ウィーンの代名詞のような2演目『フィガロの結婚』『ばらの騎士』を携え大型引越公演が実現——ウィーン国立歌劇場2025年日本公演開幕記者会見レポート

ウィーンの代名詞のような2演目『フィガロの結婚』『ばらの騎士』を携え大型引越公演が実現——ウィーン国立歌劇場2025年日本公演開幕記者会見レポート

オペラ・エクスプレスのXでは、ウィーン国立歌劇場の開幕記者会見を登壇者ごとの言葉と写真で速報。総裁ボグダン・ロシチッチ、指揮ベルトラン・ド・ビリー、主要歌手、主催NBS・髙橋典夫の発言を一望できる。

本稿ではそれらの投稿を一括で振り返りつつ、公演概要を整理する。会期は10/5–26、計9公演。ラインナップは“革新”の《フィガロの結婚》(演出:バリー・コスキー/指揮:ベルトラン・ド・ビリー)と、“伝統”の《ばらの騎士》(演出:オットー・シェンク/指揮:フィリップ・ジョルダン)。2016年以来9年ぶりの来日、300名規模。東京文化会館の改修休館前最後の大型“引越公演”という節目の舞台だ。

記者会見登壇者は以下の通り。(写真左から)
髙橋典夫(公益財団法人日本舞台芸術振興会専務理事)
ハンナ=エリザベット・ミュラー(フィガロの結婚・伯爵夫人役)
ベルトラン・ド・ビリー(フィガロの結婚・指揮)
ボグダン・ロシチッチ(ウィーン国立歌劇場 総裁)
カタリナ・コンラディ(フィガロの結婚・スザンナ役)
リッカルド・ファッシ(フィガロの結婚・フィガロ役)
パトリツィア・ノルツ(フィガロの結婚・ケルビーノ役)


ハンナ=エリザベット・ミュラー(伯爵夫人役)のコメント

私自身の解釈では、伯爵夫人はとても寛容でエレガントです。そして多様的な性格を備えています。ある時は高貴で美しく、同時に感情の発露がとても正直な人だと思っています。

そしてモーツァルトは、彼女に最も美しい音楽を与えてくれています。

コスキーさんの演出は、私たちにとって本当にインスピレーションに満ちた体験でした。

彼は「歌」をよく理解しているだけでなく、そこにある台詞や頃合いをすべて熟知し、声だけでなく言葉も、完璧な状況とタイミングで表現できるよう導いてくれます。

全体が有機的に結びつき、特別な人物像が立ち上がる——まさにそういう演出です。同時に、私たち歌い手にとっては大きなチャレンジでもありました。この素晴らしい舞台を是非楽しんでいただけたらと思っております。


カタリナ・コンラディ(スザンナ役)コメント

川崎にいたところ、急にお電話をいただき、こちらに参加することになりました。私の役はスザンナです。スザンナは非常に現代的な女性で、300年前に描かれた人物とはとても思えません。自分の人生を自ら切り開き、フィガロの人生さえ動かし、周囲の人々にも影響を与える存在です。

今回はウィーン国立歌劇場という世界最高峰の皆さんとご一緒できることを嬉しく思います。この役は2年前にも歌っており、今回はそれに加えて『ばらの騎士』のゾフィーも務めます。東京に約4週間滞在できるので、街をしっかり楽しめるのも幸せです。お招きいただき、心より感謝します。

そして、(演出)バリー・コスキーは、他に類を見ない知性と娯楽性を併せ持つ、現代を代表する演出家です。演じる側にとって決して易しくはありませんが、その価値は十分にある。皆さまに素晴らしい舞台をお届けできると信じています。


リッカルド・ファッシ(フィガロ役)コメント

ここにいられることが本当に嬉しいだけでなく、夢が叶った思いです。この演目でこの美しい舞台に立てることは、私たちに多くのインスピレーションを与えてくれるだけでなく、ジェットコースターに乗るような感情の起伏を観客の皆さんと共有できるからです。

物語は、歓喜から失意へ、そして最後は“愛の喜び”へと大きく揺れ動きます。上から下までの大きな起伏を演じ切るのは、歌手としても俳優としてもやりがいがあり、純度と緊張感を保つ難しさも感じる役です。

今回の演出も素晴らしいですが、マエストロの音楽もトップレベルです。素晴らしい舞台になると楽しみにしています。


パトリツィア・ノルツ(ケルビーノ役)コメント

ここに伺うことができ、本当にうれしく思います。ケルビーノは、登場するたびに予期しない何か―カオスを連れてくる存在です。
美しく時を超えた音楽とともに、非常に極端な部分を持っている、感情の振れ幅が大きい役です。コスキーさんとのお稽古を重ねる中で、彼の極端な側面が次第に明らかになっていきます。彼の演出では、楽しい場面から深い悲劇まで、どれも表層的ではない明確な意味づけが与えられていることに気づくでしょう。

日本でこの公演に参加できるのは個人的にも格別な思いです。《フィガロの結婚》はウィーン国立歌劇場のDNAが構成するような重要な演目ですし、私にとってウィーンはホームハウス。オーストリア出身として、この大切な作品を日本でお届けできることを光栄に思います。


ベルトラン・ド・ビリー(『フィガロの結婚』指揮)コメント

再び日本に伺えて光栄です。ウィーン国立歌劇場とは初めての訪日です。短い時間ですので二点だけ申します。第一に、《フィガロの結婚》は私にとって“無人島に持っていく三作”のうち、迷わず一番目にあげる作品です。もう一つはバッハのミサ曲、残る一つは――秘密にしておきます。

《フィガロの結婚》は、当時大きなスキャンダルを巻き起こした作品でした。うっかりすれば投獄されかねないほど政治色が強い。それでも挑んだ芸術家たちの勇気には、今なお目を見開かされます。
この題材をウィーンに持ち込んだのはモーツァルト自身で、ダ・ポンテの発案ではなかったのです。上演に際しては政治的要素を舞台上から削らざるを得なかった。しかし彼は、それらの含意を音楽の内側に織り込んだ。
つまり《フィガロの結婚》は、表層の“美しい音楽”にとどまらず、権力や独裁への皮肉、そして現代にも通じるテーマが深く流れているのです。フランス人の指揮者としてウィーン国立歌劇場のこの作品を振ることには、私にとって格別の意味があります。
歌手の皆さんは素晴らしく、舞台スタッフも見事です。昨日、セットも確認しました。東京文化会館で皆さまにこの公演をお届けできるのは、最高の贈り物ではないかと思っております。


ボグダン・ロシチッチ(ウィーン国立歌劇場総裁)コメント

本日はありがとうございます。ここに戻って来られたことに大きな意義を感じています。今回は300名超の規模で日本に参りましたが、同時にウィーンの本拠でもバレエとオペラが並行して進行しています。これが可能なのは、日本の皆さまの支えあってこそです。私どもの来日は通算10回目(初来日は1980年)。何世紀にもわたる歴史を持つオペラという芸術にとっても、極めて意味深い出来事だと思います。

コロナ禍もあって9年ぶりの来日となってしまいましたが、再び伺うことができて嬉しく思います。あらためて、この公演の意義を芸術的な観点と創造的な観点の二点で申し上げます。

まず、シラーの言葉に「劇場の素晴らしさは、多くの人々が同時にそれを分かち合えること」という名言があります。観客が体験するものは増幅され、送り手の我々に何倍にもなって返ってきます。
モーツァルト《フィガロの結婚》はウィーンで生まれてから今日に至るまでオペラのレパートリーの核であり続けています。国境を越え、ウィーンから遠く離れたこの地で、皆さんと親密にそれを共有できること自体が、力強く感動的な出来事です。

今回上演する2演目は、いずれもウィーン、そして当歌劇場を代表する作品です。一つは『フィガロの結婚』。バリー・コスキーによる新制作で、彼は現在ヨーロッパで最も引く手あまたの演出家の一人であり、ダ・ポンテ三部作すべてを手がけています。
もう一つは『ばらの騎士』。オットー・シェンクという偉大な演出家の舞台で、すでに故人となりましたが、当歌劇場に大きな足跡を残しました。

二人はまったく異なる演出家ですが、確かな共通項があります。それは劇場そのものへの深い愛です。人間の魂への鋭い視線、そして舞台芸術に対する徹底した洞察力を共有しています。上演の間に20年以上の開きがあるとしても、私には両者がとても近しい存在に感じられます。古い/新しいといった対立ではなく、良い劇場作品かどうかのみが本質だからです。だからこそ、日本の皆さまには伝統の『ばらの騎士』と新しい『フィガロの結婚』という2演目を聴いていただきたいのです。両者のバランスを保つことこそ、文化組織あるいは劇場が果たすべき責務だと考えます。

ウィーン国立歌劇場の歴史は時に重たく感じられるほど大きい。しかし私たちは常に新しいものに目を向け、あらゆる観客に開かれた劇場であること、新たな世代に扉を開くことを大切にしてきました。その第一歩として、昨年、小規模の新ホール(ブラックボックス型)をオープンしました。学友協会など既存施設にも隣接する立地で、音響に優れ、若者や子ども、家族連れを積極的に招いています。観客は自然発生しません。体験の場をつくることが、未来の観客を生むのです。


髙橋典夫(公益財団法人日本舞台芸術振興会専務理事)コメント

10月5日の日本公演初日を目前にした開幕記者会見を開催します。総裁、マエストロ、そして『フィガロの結婚』主要キャストを迎え、現在進行中のリハーサルの合間を縫っての実施です。
今回上演する『フィガロの結婚』と『ばらの騎士』は、いずれもウィーンを象徴する2演目。ウィーン国立歌劇場の日本公演は通算10回目となり『フィガロの結婚』は過去5度の上演実績を誇る、日本の観客に最も愛されてきたプログラムの一つです。
一方『ばらの騎士』は1994年、カルロス・クライバー指揮で伝説となったオットー・シェンク演出のプロダクション。「ウィーンと言えばこの二作」という最強の二本で、日本公演を実現できることを心から嬉しく思います。

私自身、第1回の来日公演から関わっており、通算10回目となる今回は格別の思いがあります。2016年の前回からは9年ぶり。2021年には『コジ・ファン・トゥッテ』と『ばらの騎士』を予定していましたが、皆さまご存じのとおりコロナ禍で中止となり、そこから4年を経てようやく実現できました。

とはいえ課題は大きい。ご承知のとおり、2026年5月から約3年間、東京文化会館が工事休館に入ります。神奈川県民ホールも休館中、NHKホールの活用も難しい状況が見込まれ、2026年からの3年間は大がかりな“引越公演”の実施が事実上困難になります。したがって本公演は、東京文化会館休館前の最後の大型引越公演という位置づけになります。

日本における引越公演には50年近い歴史があり、日本の音楽史を彩り、音楽文化を豊かにしてきたと考えています。だからこそ、これまで育まれてきた劇場文化がこの状況で衰退してしまうのではないかという大きな懸念を抱いています。

一方で、引越公演を取り巻く環境は大きく変化しています。今回、土日のS席は82,000円となり、「入場料が極端に上がった」とお感じになる方も多いでしょう。最大の要因は円安であり、加えて物価上昇・制作費の高騰があります。航空運賃・輸送費・ホテル代など、ひところの2〜3倍という水準です。この厳しい状況下でも日本公演を実施する意味があると信じて準備を続けてきました。もし日本での実施が難しくなれば、公演の開催地が中国や韓国に移ってしまうという懸念が現実味を帯びて来ます。

これまでも劇場問題について各媒体で取り上げていただき、心より感謝しております。

ウィーン国立歌劇場の引越公演をきっかけに、国や東京都レベルの課題として、改めてこのテーマを扱っていただければ大変ありがたく存じます。

また、来年5月から3年間と言われる改修について、工事費高騰・人手不足等の影響で工期延伸が各所で生じていると噂されています。短縮は望みにくいとしても、せめて当初予定どおりの完了を切に願っています。

ここにお集まりの皆さまは、音楽・舞台芸術への造詣と愛情の深い方ばかりです。AIが進化する時代だからこそ、「生のパフォーミングアーツ」の価値はむしろ高まるはずです。今回のウィーン国立歌劇場日本公演は、今後の日本の音楽界の行方を占う試金石になり得る——そう感じています。どうか日本の音楽界のために、皆さまのご支援を心よりお願い申し上げます。

取材・写真:長澤 直子
構成:オペラエクスプレス編集部

ウィーン国立歌劇場2025年日本公演

■ 《フィガロの結婚》全4幕
作曲:W.A.モーツァルト/演出:バリー・コスキー/指揮:ベルトラン・ド・ビリー
NBS 日本舞台芸術振興会
10/5(日)14:00
10/7(火)15:00
10/9(木)18:00
10/11(土)14:00
10/12(日)14:00
会場:東京文化会館/上演時間:約3時間35分(休憩1回含む)

■ 《ばらの騎士》全3幕
作曲:R.シュトラウス/演出:オットー・シェンク/指揮:フィリップ・ジョルダン
NBS 日本舞台芸術振興会
10/20(月)15:00
10/22(水)15:00
10/24(金)15:00
10/26(日)14:00
会場:東京文化会館/上演時間:約4時間(休憩2回含む)

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