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【公演レポート】新交響楽団「トリスタンとイゾルデ」抜粋

【公演レポート】新交響楽団「トリスタンとイゾルデ」抜粋

2017/18シーズンまで新国立劇場オペラ芸術監督を務めた飯守泰次郎は、自らが得意とするワーグナーの歌劇・楽劇を任期中に数々指揮してきた。就任披露となったクプファーの新演出による「パルジファル」に始まり、「さまよえるオランダ人」に「ローエングリン」、そして「ニーベルングの指環」と代表的な大作がずらりと並んだが、その中に含まれなかったのが「トリスタンとイゾルデ」である。
音楽史上の転換点でもあるこの重要作を初台のピットで指揮する飯守を見ることは(2019年2月時点では)叶わなかったが、そこに来て干天の慈雨と言うべき企画が浮上した。彼が長年共演を重ね、信頼関係を醸成するアマチュアオーケストラ界の雄・新交響楽団(以後、新響)の演奏会において、「トリスタン」の抜粋上演が行われることになったのである。
前回の記事ではこの作品に挑む指揮者、ソリスト、オーケストラの格闘をリハーサル・レポートという形でお届けしたが、本項では公演についてお伝えしたい。

飯守泰次郎がこの作品を新響で取り上げるのは2度目となるが、全幕から満遍なく抜粋した前回(2006年)とは異なり、今回は第2幕をノーカットで上演し、第1幕の前奏曲と第3幕第3場が加わる形となった。「トリスタン」の第2幕は、しばしば「昼の二重唱」と呼ばれる表題2役の歌唱がカットされる(次幕での負担の大きいトリスタン役テノールへの配慮)ことも多いが、第2幕に集中した今回は当然カットしない。

単独で演奏されることも多い「第1幕の前奏曲」から示導動機がよく聴こえる演奏だ。続く第2幕は「昼の動機」の強奏で始まる。弦楽器のシンコペーションや木管の細かな明滅がイゾルデの動揺と憧憬を暗示するわけだが、その音画は意図的な鋭さを有した管弦楽で描かれ、フレーズの結尾も引きずらずにはっきりと断ち切る。重厚なイメージが漠然とある飯守の音楽だが、ここでは寧ろ俊敏な導きが目立った。そしてイゾルデは侍女ブランゲーネ必死の懇願に耳を貸さず、松明が消える─これがトリスタンとの密会の合図なのだ。ここで響く、第2場への橋渡しを担う間奏曲の狂おしい熱量といったら!
二人の名の呼び交わしを経て競うように歌われる「昼の二重唱」を経て、„O sink hernieder…“とトリスタンが密やかに囁き「夜の二重唱」が始まる。夜の帳がすっと降りてくる様を飯守と新響は繊細に奏し、敢えて拍節感を希薄にして夢現の空気感を表出させていた。
一段と夜の薫りが濃厚になる„So stürben wir…“以降の息の長い盛り上がり、ブランゲーネの最後の忠告、愛の絶頂を容赦なく断ち切るマルケ王らの闖入も緊迫感あり見事な出来。それでも全曲の白眉は、やはり幕切れの「愛の死」であった。前述した「夜の二重唱」の頂点でも現れた旋律が現れ、この長大かつ深淵な楽劇を締め括るわけだが─池田香織が歌うイゾルデと飯守・新響が一体となり紡ぎ上げた音楽は、これまで筆者がどのプロ・オーケストラで聴いた「愛の死」よりも各動機・言葉に血が通い、生々しく律動していた。これほどの体験が可能だとは、正直なところ想像していなかった─。

今回の「トリスタン」公演、歌手の布陣をご覧いただければ、本紙でも度々特集してきた「わ」の会が全面サポートしていることはすぐにお解りいただけると思う。先程も触れた池田香織(イゾルデ)は凄味ある言葉捌き(„Die Leuchte, und wär’s meines Lebens Licht…“など何たる気迫か!)と変わり身の早さを全音域で実現。第2幕は初挑戦となった二塚直紀も、過酷な要求が求められる役柄を叙情的に歌っていた。既に関西のワーグナー公演で成果を挙げている彼、是非とも本格的な舞台上演にも接したいところ。イゾルデを諌める金子美香(ブランゲーネ)も、やはりドイツ語の美しさが際立つ。第2幕後半の要となるマルケ王を演じた佐藤泰弘は„Tatest du’s wirklich?“の第一声から表現の掘り下げが浅く、ドイツ語や音程も物足りなさが残ったことが、唯一悔やまれた。
本抜粋の大半はほぼ上述の登場人物により歌われるが、友清崇(クルヴェナール)、今尾滋(メロート)、小林由樹(舵取り)、宮之原良平(牧童)ら熟達の歌手が端役として揃ったのも贅沢で、大いに舞台を引き締めていた。
ちなみに、「わ」の会のサポートは歌手陣だけに留まらない。新響単独のリハーサルでは新国立劇場で活躍する城谷正博がワーグナーの語法を伝えて強力にサポート、また前回取材に訪れた音楽稽古ではピアノの木下志寿子が「1人オーケストラ」として雄弁に奏でていた。語義明解な字幕は吉田真が手掛ける。

全体の流れを振り返る中でも触れたが、改めて新響と飯守が紡いだ音楽の素晴らしさに喝采を贈りたい。リハーサルではかなり厳しい言葉も投げかけられ、妥協のない音楽作りが続いていたが、それが見事に実を結んだ演奏となった。トゥッティの耽美的な響きは勿論のこと、クラリネットをはじめとした木管の積極的なプレイ、ピッツィカート一つに生命を宿すコントラバスなど、全セクションの健闘がワーグナーの音楽に熱き血を通わせたのである。こういった濃密な情報量が凝縮された演奏は、リハーサル日数が限られたプロ楽団との共演ではなかなか達成できないのではないか。だからこそ、これまで聴いたどの「愛の死」よりも感銘を受けた、と記したのであるが―。
普段オペラを弾かない新響(ましてやアマチュア団体である)がオペラ制作を行うにあたっては、暗中模索の苦労があったのではないかと、甚だお節介ながら推察する。例えば、歌手をオーケストラの前面ではなく背後に配したステージングは今後改善されてよい点かもしれない。歌手にとっては大管弦楽を越えて声を届けねばならなくなり、また聴衆にとっては言葉の明瞭さが失われる結果となるからだ。しかしながら、要所を押さえた最低限の照明演出等、公演のクオリティ自体は非常に高いものであった。何よりも、「トリスタンとイゾルデ」という音楽史上の巨峰に果敢に挑み、目覚ましい成果をもたらした事実を再度讃え、この項を締め括ることにしたい。

終演後の出演者一同

終演後の出演者一同

文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka
写真提供:新交響楽団 Photos by The New Symphony Orchestra, Tokyo

【公演情報】
2019年1月20日(日)
新交響楽団 第244回演奏会
@東京芸術劇場 コンサートホール

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」より
第1幕への前奏曲、第2幕全曲、第3幕第3場

トリスタン:二塚直紀(テノール)
イゾルデ:池田香織(メゾ・ソプラノ)
マルケ王:佐藤泰弘(バス)
ブランゲーネ:金子美香(メゾ・ソプラノ)
クルヴェナール:友清崇(バリトン)
メロート:今尾滋(テノール)
牧童:宮之原良平(テノール)
舵取り:小林由樹(バリトン)

特別トレーナー:城谷正博
ピアノ稽古伴奏:木下志寿子
字幕:吉田真
協力:「わ」の会

管弦楽:新交響楽団
指揮:飯守泰次郎

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