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コロナ禍を乗り越え、ついに幻の名作が日本初演を迎える—ファビオ・ビオンディ指揮 エウローパ・ガランテ『シッラ』

コロナ禍を乗り越え、ついに幻の名作が日本初演を迎える—ファビオ・ビオンディ指揮 エウローパ・ガランテ『シッラ』

2020年に日の目を見るはずだった「シッラ」。猛威を振るいつつあった感染症を前に、公演の3日前に中止を余儀なくされた。再会の誓いを立てた2年半後、キャストスタッフが再び神奈川県立音楽堂に結集する。

売れっ子作曲家ヘンデルの謎に包まれた作品

ヘンデルと言えば、クラシック音楽を知らない人でも名前は聞いたことがあるだろう。ハレルヤコーラスで有名な「メサイア」などの宗教曲から「セルセ」「ジュリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)」といったメジャーなバロックオペラまで様々な作品を手掛けた有名人である。当時の人気作曲家ランキングでは2位という高順位を獲得した、という記録も残っている。
そんな超売れっ子作曲家ヘンデルだが、今秋日本初演を迎える「シッラ」については、当時劇場で上演されたかどうかさえも定かではない。
アンサンブル集団「エウローパ・ガランテ」による上演だが、数々のバロックオペラを手掛けた彼らをもってしても、セットや衣裳などを用いた完全舞台版での「シッラ」の上演は初めての試みだ。

より完全な形での音楽の再現を目指して

紀元前100年前後の古代ローマに実在した独裁者、ルキウス・コルネリウス・スッラをモデルとした本作品。ヘンデルが生きた17世紀当時の権力者たちの争いを皮肉ったとも言われている。独裁政治を宣言し、妻がある身でありながら部下たちの妻や恋人を誘惑する。しまいには彼女たちの夫や恋人を投獄し暗殺を企てる始末だ。そんな横暴を尽くしたシッラも、遠征の途中で船が沈没し、最後まで彼の改心を信じた妻に救われた先で軍神マルスの姿を見て、反乱を起こす市民を前に権力の放棄を宣言する。貴族社会だった当時のヨーロッパにおいてこの内容の作品を作ったのだから、上演機会に恵まれなかったのも無理はない。時代を先取りしすぎたとも言えるだろう。こうして歴史に埋もれた「シッラ」の復刻上演となる。

音楽監督を務めるファビオ・ビオンディは、ヴァイオリンを演奏しながら指揮を執る。これはヘンデルが生きたバロック時代の伝統的な演奏形式で、より完全な形での音楽の再現を目指す。もちろん使用楽器もピリオド楽器(当時使われていた楽器)である。
また、通常楽譜に記されるテンポ表記(速度指示)が「シッラ」においてはほとんど無く、台本と楽曲の解釈や研究によって推測するしかない。つまり、音楽監督であるビオンディの匙加減次第で作品全体の音楽の意味が決まるといっても過言ではない。どのような解釈を見せるのかにも注目だ。

「歌舞伎」の要素を取り入れた充実の舞台

演出を手掛ける彌勒忠史は、日本を代表するカウンターテナーとして日本のバロックオペラ界をリードしてきた。そんなバロックオペラに精通した彌勒は今回、演出に日本の伝統芸能である「歌舞伎」の要素を取り入れた。「(神奈川県立音楽堂は)オペラを上演するための劇場ではない」と語る通り、決して演劇的に充実した造りの劇場ではないが、歌舞伎や能といった「シンプルで洗練された舞台芸術」を参考にすることで、充実した舞台を作り上げることに成功したと、満足感を覗かせる。
2015年にもビオンディと組んで「メッセニアの神託」を演出しており、絶大な信頼を得ている。彌勒が厳選した日本を代表するクリエイターと共に、シッラの時代、ヘンデルの時代、そして現代を生きる我々に共通する普遍的な人間ドラマを紡ぎ出す。

配役にも注目したい。表題役であるシッラ、部下で恋敵のクラウディオは本来カストラートと呼ばれる歌手によって歌われた。声変わり前に去勢し、体格は男性でありながら声は女性である彼らは19世紀の終わりまで活躍し、最後のカストラート歌手モレスキは録音も残している。
今回の上演ではそれぞれコントラルトのソニア・プリナ、ヒラリー・サマーズが演じる。コントラルトとは女性の一番低い声域を持ち、カストラート役の復刻ではカウンターテナーと並び、しばしばキャスティングされる。世界的にも非常に希少性の高い声種な上、バロック歌手としての実績も豊富だ。

バロックオペラの入門編としてもおすすめ!

ヘンデルのオペラ作品群は3時間前後の長大な作品が多いが、「シッラ」は2時間程度と、現代に上演するにあたってちょうどいい長さであると言える。物語の展開も軽快で、バロックオペラの入門編としてもおすすめだ。
他の作品に転用された音楽も多数含まれるため、バロックオペラファンはまた違った楽しみ方もできるかもしれない。何より、ビオンディが指摘する通り、音楽の美しさはヘンデルの他の作品と比較しても特筆すべきものがある。彼が期待するように、ヘンデルを代表する重要なレパートリーとなる日も遠くないかもしれない。

2017年に計画が立ち上がってから足掛け5年。長い長い5年だったに違いない。
開館から65年を経てなお世界の音楽家たちに愛される神奈川県立音楽堂。ビオンディ自身も「バロック音楽に最適な響きを持つ」と絶賛する豊かな響きの中で、彼らが世界の演奏史に名を刻むその瞬間を見逃すことなかれ。

音楽堂室内オペラ・プロジェクト第5弾
ファビオ・ビオンディ指揮 エウローパ・ガランテ
ヘンデル『シッラ』全3幕 日本初演
(イタリア語上演/日本語字幕付)

2022年10月29日(土)30日(日)15:00開演
*14:15~ファビオ・ビオンディと彌勒忠史によるプレトーク
神奈川県立音楽堂

■CAST
音楽監督:ファビオ・ビオンディ(指揮・ヴァイオリン)
演奏:エウローパ・ガランテ
ソニア・プリナ(コントラルト/ローマの執政官シッラ)
ヒラリー・サマーズ(コントラルト/ローマの騎士クラウディオ)
スンヘ・イム(ソプラノ/シッラの妻メテッラ)
ヴィヴィカ・ジュノー(メゾ・ソプラノ/ローマの護民官レピド)
ロベルタ・インヴェルニッツィ(ソプラノ/レピドの妻フラヴィア)
フランチェスカ・ロンバルディ・マッズーリ(ソプラノ/シッラの副官の娘チェリア)
ミヒャエル・ボルス(バス/神)
神谷真士(黙役/スカブロ)
片岡千次郎/亀山敬佑(助演)
桧山宏子/板津由佳(エアリアル/天使)

■STAFF
演出:彌勒忠史
美術:tamako☆
衣裳:友好まり子
照明:稲葉直人(ASG)
立師:市川新十郎
台本・字幕翻訳:本谷麻子
舞台監督:大澤裕(ザ・スタッフ)

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