8月17日(土)に横浜市のフィリアホールでリサイタルを開く鷲尾麻衣さん。インタビューのために初台のオペラスター・フォトスタジオに、大輪の花のような美しい微笑みを浮かべて現れました。
ーー この夏は今年で45回目となる「霧島国際音楽祭」の開幕コンサート、霧島神宮でのかがり火コンサート他に出演されるなどご活躍何よりです。今日は、8月のリサイタルについて伺います。このリサイタルはどのようなきっかけで開くことになりましたか?
鷲尾(以下W) 実は私は、こういう本格的なリサイタルは今回が初めてなんです。これまでにHakuju Hallで一度、司会をしながら1時間のリクライニング・コンサートを開いたことがあり、リサイタルもいつかと憧れていたのですが、なかなか日程などがぴったり合いませんでした。今回の会場であるフィリアホールは長く住んでいる地元の近くにあり、私が声楽を勉強し始めた高校生の時に初めて人前で歌ったホールです。いつかここでリサイタルをできたらと漠然と願っていましたところ、今回、フィリアホールで演奏会をというお声がけをいただいて。ぜひに!ということで実現しました。
ーー これまでご自分のリサイタルを開いていなかったというのが不思議なくらいです。今回は満を持してということになりますね。
W せっかくの機会ですから良いものにしたいです。片岡啓子先生,永井和子先生に師事して長年勉強を続けてきましたが、最近、歌は本当に調子が良いというか、新たな可能性を見つけたように思っています。ここ数年、本格的に勉強している鍼灸の知識と実践も、体調を整えるために役に立っているのだと思います。また数年前から日本大学芸術学部で声楽を教えていることも自分の学びに役立っているようです。音楽作りに関しても少しずつ自分の求めることが実現し始めた手応えがあるんです。
ーー パワーアップした鷲尾さんの歌が楽しみです。リサイタルの内容はどのようなものなのでしょう?
W クラシックが初めての方でもすっと馴染めるような音楽がいいな、ということが私の信念として一番にあります。それで日本の歌を入れていますが、やはり自分の声の可能性を聴いていただくためにはオペラ・アリア、特に私は最初に留学したのがイタリアでしたから、初心に帰るという意味でもイタリア・オペラを歌うことにしました。初めてクラシックを聴く方も、そしてクラシック音楽に深く親しんでいる方にも満足いただけるような、いわゆる幅広いプログラムを組みました。前半は比較的なじみやすい曲を、後半はオペラを中心にという構成です。
ーー それぞれの曲の説明というか、簡単な聴きどころを教えていただけますか?
W まずはロッシーニの歌曲「約束」と「粉屋の娘が望むなら」。イタリアの旋律美を楽しんでいただく2曲です。「約束」はとても有名ですが、私は初挑戦となります。もともとメゾソプラノだったので、この曲のようなソプラノの定番曲は歌ったことがないまま学生時代を過ごしてしまいました。「粉屋の娘が望むなら」は、ロッシーニが9歳の時に初めて書いた、明快なリズムの快活な曲です。「約束」がゆったりと優しい感じなので、コントラストを楽しんでいただけると思います。
ーー 次はそれぞれ違う作曲家の「アヴェ・マリア」が2曲です。
W ルッツィの「アヴェ・マリア」は私が東京藝大の入学試験の自由曲で歌った思い出のある曲で、自分のアルバム「マイ・ワールド」にも入れさせて頂きましたが、コンサートで歌うのは初めてです。まるでオペラ・アリアのようなドラマチックな表情がとても魅力的です。グノーの「アヴェ・マリア」は有名ですが、フィリアホールという日本屈指の響きの豊かなホールで、まるで教会のような雰囲気で聴いていただけたらと思います。
成田為三「浜辺のうた」は、まあ夏なので(笑)。夏の風情をお楽しみいただきたいです。そして小林秀雄「落葉松」ですが、落葉松の季節は秋ですが軽井沢の落葉松をイメージして作られたということで、落葉松の葉からしずくが垂れるというのと、自分の恋愛を絡めた劇的な曲だと思うのです。リサイタルをする時には絶対この曲を入れたい、と思ってきた大好きな曲です。実は今回、作曲の小林秀雄先生の娘さんがリサイタルにいらっしゃる予定なんです。小林先生の楽譜は演奏についての書き込みがたくさんあり、音楽家の間では、例えばある場所でリタルダンドしたくても、先生がそう書いていないなら遅くならない方が良い、などと考えるのが一般的だったのですが、娘さんにお会いした時に伺ったら「父はそうではなく音楽家に料理してもらいたいと思っていましたから、そういう気持ちになったのならどうぞリタルダンドしてください」と。その言葉をいただいた後で初めて歌う「落葉松」なので、その意味でも、このリサイタルで新たに完成した「落葉松」をお聴きいただけたら嬉しいです。
ーー 前半最後は、なかにしあかねさんの歌曲集からの2曲ですね。
W 星野富弘さんの詩による『二番目に言いたいこと』という歌曲集から「よろこびが集まったよりも」と「今日もひとつ」を歌います。星野さんは、小学校の教科書などにもよく載っている詩人です。元々体育教師で、その後、頚髄損傷して四肢麻痺になった方ですが、私は彼の詩が小学校で習った時から大好きでした。「今日もひとつ」は、悲しいことがあって、泣いたり、悩んだり、愛したり…、それが人間なんだよという内容で、だから今日も一つ、今日も一つ重ねていきましょうという曲です。誰でも日々生きていると辛い時はあると思うのですが、この曲が何か少しでも、皆さんの元気につながったらいいなと思い、前半の最後の曲にしました。
ーー そして休憩の後はイタリア語のオペラ・アリアが披露されます。
W 最初はモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》からのアリアです。「恋人よ、さあこの薬で」は、私がメゾソプラノからソプラノになって割とすぐに歌った、自分の中の教科書のようになっている曲。新国立劇場のオペラ・デビューもこのツェルリーナ役でした。ハ長調で単純だけれど愛に溢れているアリアです。
ーー そしてモーツァルト《フィガロの結婚》からケルビーノが歌う「恋とはどんなものかしら」。ここでメゾソプラノの鳥木弥生さんが登場します。
W 今回とても豪華なゲストとして鳥木さんに歌って頂けることになりました。私が信頼し尊敬している方で、共演が心から嬉しいです。鳥木さんといえばやはりズボン役じゃないですか?本当にかっこよくて。色々なアイディアはあったのですが、モーツァルトつながりということもあり、ケルビーノのアリアを歌って頂くことになりました。
ーー お二人とも演技力があり、また舞台姿の美しさでも共通していますね。
W 鳥木さんとは一緒に歌った時に声質が合うんです。後で歌うオッフェンバック《ホフマン物語》からの二重唱「舟唄」では、二人の声の調和も聴いて頂きたいです。
ーー 曲順に戻りますと、モーツァルトの次はドニゼッティの《リタ》より「この清潔で愛らしい宿よ」があります。
W 《リタ》からのアリアは、お芝居が大事な曲です。私にとっては数々のオーディションやコンクールをこの曲で勝ってきたという思い出があり、またイタリア・オペラからのアリアを皆さんに聴いて頂きたいということで、とても楽しくて最後に高音で終わるこの曲を入れさせて頂きました。
ーー その次はピアノを弾かれる吉田幸央さんのソロで、マスカーニ《カヴァレリア・ルスティカーナ》間奏曲です。
W 吉田さんは本当に素晴らしいピアニストでいらっしゃるんです。まだ二度目の共演ですが、一度目は私のHakuju Hallでのリクライニング・コンサートで、元々お願いしていた方が出演できなくなり急遽お引き受けいただいたのが吉田さんでした。その時に、彼の音楽に惚れまして。柔らかいタッチと力強い響きの両方を兼ね備えたピアニストで、歌い手の言葉もよく理解してくださいます。吉田さんはドイツにいらっしゃった方でソロの演奏もされるので、ぜひ彼のソロをプログラムに入れたいと思い、《カヴァレリア・ルスティカーナ》を弾いて頂くことになりました。
ーー そして鳥木さんとの二重唱があり、最後はレハールの《ジュディッタ》から「熱き口づけ」ですね。
W オッフェンバック《ホフマン物語》の「舟唄」、これはもう鳥木さんとのハーモニーを純粋に楽しんで頂けたらと思います。イタリア映画『ザ・ライフ・イズ・ビューティフル』でも使われており、私はこの映画で初めて知った曲でした。聴いたことがある方は多いと思います。最後のレハールはもう、お祭りではないですが(笑)、暑すぎる夏のリサイタルを、最後に「熱き口づけ」でさらに熱くしたいということで選びました。
ーー こうして曲目を拝見していると、後半は結構、茶目っ気があるというか、楽しい内容になりそうですね!
W そう言われてみればそうかもしれません。意識して選んではいませんでしたが、自然と自分自身を投影しているのかもしれませんね。
ーー 音楽だけでなく、鷲尾さんの舞台人としての雰囲気を味わってもらえそうです。
W 今でもよく覚えていることがあるのですが、新国立劇場研修所時代に、ウィーン在住のソプラノ中嶋彰子さんの授業で「オーディションで歌う」というものがあったんです。全員がオーディションのつもりで歌って中嶋先生から講評をいただくんですが、私が歌った時に先生から「あなたちゃんと歌っているけれど、今、何を歌っているの?」「表現者としてそこに立っていないじゃない。舞台で歌うなら、表現しなさいよ」と言われて。もう20年くらい前の話ですけれども、そこから私は表現者として舞台に立つことを考えるようになりました。今回のリサイタルも表現者として舞台に立ちたいという思いがあります。
ーー 貴重な指導だったのですね。それが今の鷲尾さんにつながっているわけですから。今回、曲を選ぶ苦労はありましたか?
W リサイタルに歌いたい曲はたくさんあるので、やはり選ぶのが大変でした。皆さんそうだと思いますが。
ーー 鷲尾さんの人生の節目節目に大切にしてきた曲がたくさん入っているという感じがします。
W 本当にそうですね。やはり最初に外国で学んだのがイタリアで、その時にボローニャでついたイタリアの師匠が今も信頼しているセルジョ・ベルトッキ先生です。よく、「鷲尾さんといえばミュージカルだよね」と言っていただけて、勿論それはとてもありがたいんですけれども、やはり初リサイタルは私の指針となったイタリアを中心にしてこのようなプログラムになりました。ミュージカルも入れそうになるんですが、今回はぐっとこらえて(笑)。
ーー アンコールで歌ってくださってもいいんですよ(笑)。鷲尾さんはフランス語のオペラも素晴らしいですし、今後のリサイタルにも期待しております。今回、他に楽しみにしていることはありますか?
W 夏休みでもあり、また学生券があって24歳以下の方は半額の2,000円になるんです。私がずっと出演しているソニー財団のConcert for KIDSという子供のためのコンサートがありまして、そこからのお客様もいらっしゃるということを聞いています。長年のオペラ・ファンの大人から、若い世代まで、幅広い世代に聴いていただけるのが私のリサイタルの特徴では、と思っています。
ーー 最後にメッセージをお願いいたします。
W 今回のリサイタルはイタリア・オペラあり、日本歌曲あり、そしてモーツァルトもありの幅広いプログラムです。今、真剣に準備しています。ぜひ多くの方にいらして頂けたら嬉しいです。フィリアホールでお待ちしています!
ーー どうもありがとうございました。素晴らしいリサイタルになりますようお祈りしています!
インタビュー・文:井内美香 / 写真:長澤直子
鷲尾麻衣 ソプラノ・リサイタル
2024/8/17(土)14:00 開演 ( 13:30 開場 )
青葉区民文化センター フィリアホール
■出演
鷲尾麻衣(ソプラノ)
ゲスト:鳥木弥生(メゾソプラノ)
ピアノ:吉田幸央
公演情報
https://www.officefuga.jp/concert/washiomai01.html
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