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デスピノーサが語る《蝶々夫人》への深い慈しみと優しいまなざし!―――二期会プレ・マチネ《蝶々夫人》トーク&コンサート

デスピノーサが語る《蝶々夫人》への深い慈しみと優しいまなざし!―――二期会プレ・マチネ《蝶々夫人》トーク&コンサート

10月6日から10日にかけて上演される、東京二期会オペラ劇場《蝶々夫人》
その本公演に先駆けて、オペラの世界を楽しく知って頂こうという、トーク&コンサートが行われました。
前半は、《蝶々夫人》の公演を指揮する、ガエターノ・デスピノーサ氏による講演会、後半は、カヴァーキャストによるハイライト演奏という催しです。
本稿では、前半のデスピノーサ氏のトークから、蝶々さんの観劇をより楽しくしてくれるお話を抜粋してお届け致します。

「蝶々夫人」のインスピレーションの源

日本というのはとても悲観的な国、心を不安にさせる国。その国の中に古くからの秘密と謎が隠されています。皆が仮面をかぶってゲームをしているように、私たちには思えます。繊細な心を隠している。日本というのは、我々にとっては海の向こうにある国です。日本の人たちは、とても深い目を持っている。外から他の国の人々がやってきたとしても、なるべく見ないように目を閉じています。日本では、見ることよりも感じることの方が大事なのではないかと思います。ここでは私たちは、不思議なパズルをやっているような気持ちになります。

蝶々夫人の中に、いくつか日本的なものを感じることができます。
蝶々さんは、「小さい私たちを大事にしてください、私たちは小さいことを大事にすることに慣れています。」と言います。そして、子供というのは小さな神様です。神様は十字架から来るのではなく、ゆりかごから来る。小さな神様から救われ、ずっと頑なに彼を待っている。

・・・このようなことから、プッチーニはインスピレーションを受けたのではないでしょうか。


プッチーニは何故、題材に「遠い国」を選んだか
プッチーニは産業革命の時代に生まれました。その時代、電車や交通機関が発達して、グローバル化の最初の波が押し寄せて、世界が急速に近くなりました。
当時パリは、グローバル化の中心的な都市でした。そのパリでは、1860~1870年代に日本の文化が輸入されて、日本製の工芸品などが売られていました。日本のミニチュアのものを集めるということが、当時のパリの方のステータスシンボルだったそうです。日本のファンタジックなもの、日本の小さいものを愛する、そして小さくて細かいことを愛するということ。日本人の細かいものへのこだわりは、今も残っているのではないかと思いますが、そういうことからもプッチーニは刺激を受けたのではないかと思います。

(ピアノで弾いて)これはヤマドリのテーマなのですが、最初にこの音が流れてきたときにはヤマドリのテーマだとはわかりません。このメロディはバタフライが歌います。バタフライ自身がピンカートンの話をしていて「私は世界で一番幸せな女性です」と言う風にこのメロディを歌います。ヤマドリのテーマではありますが実際にはヤマドリは関係していません。
では、結局このテーマは一体何を表しているのか?
バタフライは恋をしているわけですが、愚かで無駄な恋をしているということを表しています。

たまにプッチーニに対して、日本の表現の仕方が間違っているのではと言われることがあります。プッチーニはヴェリズモの時代の人でしたが、悲劇を作りたかった。とにかく皆さんの心の琴線に触れるものを作りたい、それが一番大事だった。バタフライのような、見捨てられてしまった可哀想な女性。彼女は他の人たちより下の位にいて、常に誰かに従っていなければいけない。プッチーニの頭の中には、日本のミニチュアの人形のような細かいものにこだわった繊細で小さいもののイメージがあった。理想的なヒロインを誕生させるには、どこの誰が見ても可哀想にと同情するような人を作るのが一番です。何かのグループの中で一人だけ生き残った可哀想な人。それが、同情されるヒロインになるのです。


将校,領事が口にすべきではない発言

ラテン、イタリアの世界を表しているシンボルが領事(シャープレス)です。コンソレ(領事)の語源をたどると、一人でいるものを慰めるという意味にもなります。実際に外交官の領事さんがそういう役になったのだと思います。悲劇的な人物です。一番悲しい悲劇は、無実の人たちが苦しむのを目の当たりにするということです。とにかく何もしてあげることができない、苦しむ人のそばにいてあげることしかできないという。

そして、海軍の将校であるピンカートン。
彼ら二人の台詞の中に、絶対に社会の人々の前では言わないような台詞があります。
海軍将校であるピンカートンは「僕は逃げます、僕は弱虫だから。卑怯な人間だから」と言います。
外交官であるシャープレスは「僕はこのメッセージを伝えることができません」と言いました。
彼らが自分たちを卑下する。自分たちの目の前に悲劇が起こった時、彼らは自分たちの本来の姿より下の人間になってしまう。そのときに同情と言うものが完成するわけです。ここでは差別的なものを、皆さんと感情を共有することになる。
それがプッチーニの描いている演劇の世界です。劇場や演劇は簡単な効果で作られているといわれます。かつてギリシャ演劇がそうだったように、人類の世界観のようなものがここで導入される。そして生き抜いていくために感情が必要になってくるのです。


こちらの他にも、「悲劇とヴェリズモの相違点について」「ワーグナーの和音の逸話」など、興味深いお話が沢山ありました。
デスピノーサさんの語り口は、蝶々さんを産んだ国(?)日本に対する、深い慈しみと優しい愛のまなざしに溢れていました。

講演の後には、客席からの質問コーナーがあり、その後は休憩を挟んでのハイライト演奏へと続きます。
最後には、全員揃ってのカーテンコール。ほぼ満席のイタリア文化会館は、大いに盛り上がったのでした。


取材・写真:Naoko Nagasawa
文・構成:オペラ・エクスプレス編集部


《二期会プレ・マチネ》オペラとの出会い!プッチーニ名作『蝶々夫人』の魅力   指揮者ガエタノ・デスピノーサを迎えて~無料トーク&コンサート~
日時:2017年9月18日(月・祝)14:00開演
会場:イタリア文化会館 アニェッリホール
料金:入場無料(※要事前予約)
出演:
<講演> ガエタノ・デスピノーサ(指揮者)
<演奏> 蝶々夫人:渡邊仁美(ソプラノ)
               ピンカートン:前川健生(テノール)
               ピアノ:大藤玲子

【公演情報】
東京二期会オペラ劇場 蝶々夫人
2017年10月6日(金) 18:30/7日(土) 14:00/8日(日) 14:00/9日(月・祝) 14:00
東京文化会館 大ホール

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