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佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024《蝶々夫人》—プッチーニのオペラの本質を描いた名演出で観る

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024《蝶々夫人》—プッチーニのオペラの本質を描いた名演出で観る

兵庫県立芸術文化センターで佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024、プッチーニ作曲《蝶々夫人》を観てきました。
観劇日は7月13日(土)。三連休初日ということで、東京駅、新大阪駅、いずれもすごい人人人!それに負けずに、西宮北口駅にある兵庫芸文センターも連日ソールドアウトだそうで、客席の後ろには補助席が出ていて、そこまでぎっしり満席でした。
今回の《蝶々夫人》は、2006年と2008年に上演された栗山昌良演出の舞台。昨年、栗山氏が亡くなられたので、プログラムには「演出家・栗山昌良 追悼」公演と記されていました。

蝶々夫人はプリマドンナ・オペラといわれていて、作品の多くの部分がヒロインの蝶々さんに集中しています。この日の蝶々さんを歌った高野百合絵は、佐渡裕プロデュースオペラではすでにお馴染みの歌手で、2021年の《メリー・ウィドウ》題名役、《ドン・ジョヴァンニ》のドンナ・アンナに出演しています。高野は今回蝶々さんのロール・デビューでした。
彼女はまだ若く、背がすらっと高い美しい女性です。今回、私は特に《蝶々夫人》の物語を現代に通ずるものとして感じることができたのですが、それは彼女のキャラクターのおかげかもしれません。

蝶々さん:高野百合絵

高野は潤いがある美声の持ち主で、歌が自然なので心に響きます。言葉にも説得力があり、共感を覚えました。蝶々さんの役は、第1幕の可愛らしさから、第2幕の複雑な心理描写、そして第3幕の悲劇的な死まで変化に富むものです。初日でもあり、第1幕は少し緊張しているのか遠慮がちな印象を受けましたが、第2幕からは堂々としたものでした。オーケストラに声がかき消されたり、物足りなかったりする部分もありません。高音域は、今後もっと響きを獲得すると思いますが、無理をせずに今の自然な声で成長を続けていってほしいです。

栗山演出の《蝶々夫人》は、単に写実的な舞台ではありません。プッチーニのオペラの本質を描いた名演出だと思いました。(2006年、2008年に栗山昌良の演出補を務めた飯塚励生が再演演出)
第1幕はモノトーンの背景から浮き出すように、障子と畳の部屋があり、その前には満開の大きな桜の木が植えられています。上手側の階段から降りてくる蝶々さんの花嫁行列は、かむろ(おかっぱ)頭の、帯に蝶々が止まった同じデザインの衣裳をまとった女性らに先導されています。女性では、後から登場する蝶々さんの母、叔母、従妹の3人だけが各々の格好をしていました。蝶々さんの打ち掛けは白い絽のような布地で、背面全体が大きな蝶々の模様になっています。ピンカートンは蝶々さんに婚姻の印として、宝石の入った指輪を贈り、彼女は嬉しそうにそれを女性らに見せて回ります。当時の日本を写実的に描いたというよりは、〈西洋人が想像する日本〉という要素がかなり入っている印象でした。第1幕の最後は蝶々さんとピンカートンが、歌舞伎の男女の道行のように建物の方に歩く中、舞台がわずかに回転して幕となります。

蝶々さん:高野百合絵/B.F.ピンカートン:笛田博昭

第2幕は周り舞台がぐるりと回転して、蝶々さんの家の内部が表になっています。3年後のこの日も、桜はやはり満開です。第1幕にも登場した鳥籠が数が増えておかれていました。第2幕では特に蝶々さんとスズキという二人の女性の立ち居振る舞いの美しさに栗山演出の美学を感じました。高野の歌うアリア「ある晴れた日に」は、蝶々さんがピンカートンの愛を信じ、自分の結婚を信じているひたむきさを感じさせます。彼女はそうあるべき結末への希望を捨てずに最後まで闘うのです。
大砲が鳴ってピンカートンの船の来航を知ったところからスズキとの花の二重唱までは蝶々さんの期待がもっとも膨らんだ時で、2人の幸せな歌に涙が出ました。かんざしで障子に穴をあけてピンカートンを待ちながら立ち尽くす蝶々さんの姿も瞼に残ります。彼らの姿はやがてシルエットとなり、ハミングコーラスのところで舞台はまた回転します。

スズキ:清水華澄/蝶々さん:高野百合絵

第2幕以降でショックだったのは、シャープレス、ピンカートン、そしてケイトが、蝶々さんの住む家に何の躊躇いもなく土足で踏み込んでくることです。特にシャープレスとケイトは一見善人に見えるけれど、やはり強者の側の人々であることをはっきり表していました。ケイトが蝶々さんにお金の包と思われるものを渡すのも残酷です。彼らと対比するように、ヤマドリを人力車で登場させて舞台奥から家に上がるようにしたのもよく出来ていました。

ケイト・ピンカートン:キャロリン・スプルール/蝶々さん:高野百合絵/シャープレス:髙田智宏

第3幕の蝶々さんは結婚式の時の打掛を着て短刀で自害しますが、その所作と、横から彼女の姿を見せたのも見事でした。これまで《蝶々夫人》を観るたびに、何とか彼女が死なないで済む方法はなかったのかと思ってきましたが、今回、彼女はただ普通に生きるという権利を奪われ、自ら死んだというよりは、社会に殺されたのだ、という気すらしました。


ピンカートンの笛田博昭は、輝かしい美声と自由な歌で傍若無人なアメリカ人青年将校役にぴったりでした。高田智宏は、品があって気の弱いシャープレスを表現して秀逸でした。清水華澄は情の厚いスズキを好演、最後に蝶々さんの願いを聞き入れて立ち去る姿が悲しかったです。ゴローの高橋淳はキャラクターが濃く、自分の思い通りにならない蝶々さんへの苛立ちの演技が印象的でした。町英和はいちいちカッコつけの激しいヤマドリで面白かったです。ボンゾの伊藤貴之、役人の湯浅貴斗は適材適所。ケイトのキャロリン・スプルールは容姿も声も役にぴったりでした。

※キャスト詳細は下記インフォメーション欄に記載※

兵庫芸術文化センター管弦楽団を指揮した佐渡裕は、叙情性に満ちてプッチーニの旋律美を強調し、テンポも的確。歌手をよく支えて素晴らしかったと思います。矢澤定明指揮のひょうごプロデュースオペラ合唱団も好演でした。

終演後は満場の観客から拍手喝采がおくられました。ロビーに出ると何ということでしょう!マエストロ・佐渡がもうそこにいて、能登地震の被災者の方々のための募金を呼びかけており、そのエネルギー溢れるお姿に感動。少額ですが寄付をして、がっしりした手で握手をしていただき、会場を後にしました。取材・文:井内美香 / 写真:長澤直子

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ 2024
蝶々夫人
音楽:ジャコモ・プッチーニ 台本:ルイージ・イッリカ、ジュゼッペ・ジャコーザ
(全3幕/イタリア語上演・日本語字幕付/改訂新制作)

日程::2024年7月 12日(金), 13日(土), 14日(日), 15日(月・祝)17日(水), 18日(木), 20日(土), 21日(日) 各日2:00PM
会場:兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホール

[指揮] 佐渡 裕
[原演出] 栗山昌良
[再演演出] 飯塚励生
[装置] 石黒紀夫
[照明] 沢田祐二
[衣裳] 緒方規矩子
[振付・所作] 飛鳥左近
[合唱指揮] 矢澤定明
[舞台監督] 幸泉浩司
[舞台設計] 荒田 良
[衣裳コーディネート]林なつ子、小栗菜代子
[演出助手] 橋詰陽子
[プロデューサー] 小栗哲家

7/12, 14, 17, 20  / 7/13, 15, 18, 21
蝶々さん:迫田美帆/高野百合絵
スズキ:林 美智子/清水華澄
B.F.ピンカートン:ノーマン・レインハート/笛田博昭
シャープレス:エドワード・パークス/髙田智宏
ゴロー:清原邦仁/高橋 淳
ヤマドリ:晴 雅彦/町 英和
ボンゾ:斉木健詞/伊藤貴之
ケイト・ピンカートン:キャロリン・スプルール(両組)
役人:的場正剛/湯浅貴斗
(全日)
ヤクシデ:西村明浩
書記官:時宗 務
蝶々さんの母:森 千夏
叔母:梨谷桃子
従妹:南 さゆり

[合唱] ひょうごプロデュースオペラ合唱団
[管弦楽] 兵庫芸術文化センター管弦楽団

特設サイト
https://www.gcenter-hyogo.jp/butterfly/

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