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【書籍紹介】加藤浩子著『音楽で楽しむ名画』フェルメールからシャガールまで(平凡社新書)

古今から音楽と美術が密接な関連を持っているのは、多くの先人たちも実証しているところだ。そんなテーマを取り上げ、「音楽物書き」と自称される加藤浩子さんが、今度は「“美術”物書き」に変身されたらしい、と申しあげては誤解を招くかもしれないが、バッハから始まり、オペラ(とくにイタリア・オペラ)へと興味の翼を果てしなく広げられている加藤さんらしいご著書である。
カラー版 音楽で楽しむ名画: フェルメールからシャガールまで (平凡社新書)
第1章の「絵画に描かれた音楽」では、フェルメールをはじめとする楽器や音楽を奏でている人物を描いた章だが、中で紹介されたヴェネツィアのマリア・グロリオーサ・ディ・フラーリ教会にあるティティアーノが描いた巨大な祭壇画『聖母被昇天』にまつわる話は印象深い。かつてワーグナーがチューリヒ亡命の際に隠れ家を提供してくれたヴェーゼンドンク夫人との不倫の恋から、名作『トリスタンとイゾルデ』が生み出され、そのイゾルデのイメージをこのマリア像に見出したとされる話は、音楽と絵画がいかに密接に関わっているかの証左とも言える。
第2章の「肖像画の光と闇」では、ショパンとサンドの引き裂かれた肖像画に、二人の運命的な出会いと別れが象徴されている。第3章『はみ出し者たちの饗宴』では、宮廷道化に託された異形の姿を、筆者はマントヴァにある宮殿の中に描かれたマンテーニャの絵画の中に発見し、あの『リゴレット』に潜む創作の中に込められた真実をあぶり出す。
第4章「運命の女」では、アルマ・マーラーとクリムトやココシュカとの出会いを通して、芸術家の中に潜むエロティシズムへの言及は筆者のファム・ファタール観を垣間見せてくれる。そういえば、この本には言及されていないが、アルマが最後に結婚した相手の詩人フランツ・ヴェルフェルは、「ヴェルディ オペラの小説」を書いている。これによってドイツでも、ヴェルディ再評価につながったという。まだ、この小説は本邦では未訳と聞くので、ぜひ、加藤さんにでも翻訳していただきたいところだ。
第5章「アートで読み解く近代ヨーロッパ」の視点もまた、筆者ならではの歴史観を感じさせるものだ。とくに「黒船」にまつわるエピソードなどは、筆者の広範な興味へのアプローチと知識に脱帽させられる。第6章「印象派とジャポニズム」は、世紀末から20世紀前半にかけてのヨーロッパを席巻したジャポニズムが、いかに当時の芸術家たちを刺激し、影響したかを絵解きしてくれる。日本の北斎、広重らと遠く海を隔てたルノワール、ゴッホ、モネなどとの関連を知るだけでも、心踊らずにはいられない。第7章「世紀末から20世紀へ」は、日本ではあまり馴染みのないウィーンの人気画家マカルトとワーグナーの関係や、モンドリアンやシャガールといった20世紀を代表する画家と音楽との関わりが、見事に描き出されている。
何れにしても、加藤さんの貪欲とも言えるほどの飽くなき知識への吸収と、彼女独自の解釈や識見が散りばめられている興趣溢れる本であることは間違いがない。それと同時に、新書版ながら豊富なカラー図版(一部はモノクロ)によって、実際に論述されている内容とを見比べながら、名画と音楽との関係を紐解く楽しさを味わわせてくれるのも本書ならではの特色といえよう。

(文:新井巌)

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