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オペラで愛まSHOW番外編その9~オペラde神戸《蝶々夫人》3月13日公演レポート~

オペラで愛まSHOW番外編その9~オペラde神戸《蝶々夫人》3月13日公演レポート~

連載の他に「オペラ観劇して感激した!」といった話を不定期につぶやきます。題して「香盛(こうもり)修平のたわけた一日」

18年の人生を生きた蝶々さん。「蝶々夫人」が命の物語であるということを感じさせられた素晴らしい舞台でした。蝶はあたかも重力と無関係であるかのように宙を舞います。しかし花はおなじような軌道で空中を舞いますが重力には逆らえず落ちていきます。その対比は蝶々さんの生きようとする力を示しているように感じます。

一幕は蝶々さんにとっては幸せのピークの場面。愛する人と結ばれ、過去と決別をします。まだ15歳の蝶々さんですが日本女性の芯の強さを見せます。一方、ピンカートンはシャープレスから蝶々さんの年齢を聞かされて一瞬のとまどいを見せるものの、「お金」で買った権利を捨てるようなことはありません。シャープレスの忠告にも耳を貸さず結婚式の準備を急がせます。
蝶々さんの前途を予感させるように、背景の満開の桜から何枚かの花びらがはらりと落ちていきます。

時代背景、主役から民衆、芸者までのそれぞれの思いを実に美しく描いた演出、舞台美術でした。特にその舞台美術の美しさには心を奪われました。
大きな屏風絵のような背景。それは最新の技術によって場面によって変化していきます。その前には神楽の舞台のようにも見えるスクエアな畳の部屋。そして日本の人形浄瑠璃や田舎芝居で使われてきた「返し」の要素を取り入れた巨大な襖が、ある時は空間を遮断し、また遠近法による効果を演出します。井原広樹さんの演出は、この舞台美術の効果を最大限に活かしたものでした。以前からみつなかオペラシリーズで井原広樹さん演出を観るたびに感じていたことですが、井原演出の客席からの視覚効果を最大化させる空間認識力の高さと、主役から合唱まで一人一人に目を届かせた演出の素晴らしさを、神戸文化ホールという大きな舞台でも存分に堪能させていただきました。

結婚式が終わるとあまりにも有名な二重唱があり、蝶々さんの可憐さ、美しく生きようとする力、ピンカートンの気持ちの高揚が見事に表現されます。そして二人は初めての夜を共にします。二人が手をつなぎ寝室に向かうところで幕切れとなる演出が多いですが、井原広樹さんの演出ではこの二人には微妙な距離感を持たせています。あなたはどう解釈をしますかと、投げかけられたように気持ちになり、私お得意の妄想劇場が頭をかけめぐりました。この文章を書きながらもまたあらたな妄想が湧き上がってきます。完全に演出家の策にはまってしまっています。

二幕以降はまさに蝶々さんの短い命の終焉から逆算するように舞台は進行していきます。蝶々夫人を歌う並河寿美さんの素晴らしい歌唱にどんどん惹きこまれて胸が苦しくなってきます。井原広樹さんの演出は、ピンカートンの船が入港してくる方向を客席側に設定し、常に蝶々さんの姿、表情を客席に伝えます。蝶々さんの家の背景に港があるという固定観念がありましたが、今回の設定は新鮮でした。
蝶々さんを歌った並河寿美さん、ピンカートン藤田卓也さんの歌唱はオペラならではの声の魅力たっぷり。脇を固めるシャープレス萩原寛明、スズキ名島嘉津栄さんは実に誠実で安定した役作りで主役二人を引き立てます。ゴロー福嶋勲さんも軽妙な演技とよく通る声で魅力的でした。
矢澤定明さんの指揮、日本センチュリー交響楽団、神戸市室内合奏団は美しくも感情に寄り添ってうねるプッチーニの音楽を、そして「命の物語」をオケピットから支えます。
何度も蝶々夫人は観てきましたし、神官役で過去二回ほど舞台に立った演目ですのでストーリーは分かっているはずですが、年齢と共に涙もろくなった私の涙腺はいとも簡単に決壊しました。幸い今回は一人で客席におりましたので誰にも涙を流す姿は見せず、何事もなかったように家路につきましたが・・・。

日本から遠く離れた地で、一度も日本に来ることなくプッチーニによって書かれたオペラ作品。当然日本人と、外国の方ではこの作品を見たときの感情は異なることでしょう。しかし随所にモチーフとして使われる日本のメロディは蝶々さんの姿と重なりあい、多くの人たちの心をとらえ続けることと思います。

以前、能楽堂を見学したときに舞台そでから役者が出ていく時、「おまく」という言葉をこれから演じる役をイメージした声量、声の高さで発し、それを合図にして舞台への入り口の幕を裏方さんに上げさせ、自らの間合いで舞台に出ていくということを聞きました。オペラでは楽譜に書かれた通りのキューで舞台に出ていきます。この差は日本人の舞台に対する意識の独自性を感じます。「蝶々夫人」という作品は、これからも多くの日本の演出家、歌い手によって上演されていくことと思います。プッチーニの素晴らしい音楽に、日本人の感性に訴えかける要素がどのように取り入れられていくのか、大いに楽しみにしたいと思います。

20年以上前になってしまいましたが、神戸文化ホールでは、財団法人神戸演奏協会の運営する神戸オペラハウスや神戸オペラ協会(現ニュー・オペラシアター神戸)がこの地で地元の歌手を中心としたオペラ公演をし、大いにオペラファンを楽しませていた時期がありました。しかし、その後は海外からの引っ越し公演はあるものの、国際都市神戸発信の本格的なオペラ公演は途絶えていました。オペラの振興に強い思いを持たれた声楽家井上和代さんのプロデュースにより一昨年より「オペラde神戸」の活動がスタートし神戸にオペラが帰ってきました。街ぐるみの取り組みであることは今回前市長、現市長のお二人が役人の役としてオペラの舞台に乗られていたことからも伝わってきます。「カルメン」そして今回の「蝶々夫人」はまさに総合芸術オペラの魅力を堪能できる素晴らしい公演でした。オペラde神戸の今後の公演に大いに期待したいと思います。


オペラde神戸第二回公演(3月12・13日二回公演 神戸文化ホール)
《蝶々夫人》
オペラde神戸《蝶々夫人》チラシ表オペラde神戸《蝶々夫人》チラシ裏












(プロデュース)      井上和世
(指揮)          矢澤定明
(演出)          井原広樹
(キャスト)      12日     13日
蝶々夫人       太田郁子   並河寿美
ピンカートン     松本薫平   藤田卓也
シャープレス     伊藤正    萩原寛明
スズキ        野上貴子   名島嘉津栄
ゴロー        青木耕平   福嶋勲
ボンゾ        嶋本晃    澤井宏仁
ヤマドリ       中野嘉章   石原祐介
ケイト        友好博子   肥田真莉子
ドローレ(子役)   藤田周悠   井上真由香
(日舞)          飛鳥お福
(合唱)          オペラde神戸合唱団、須磨ニュータウン少年少女合唱団
(管弦楽)         日本センチュリー交響楽団、神戸室内合奏団
(振付・所作指導)     飛鳥左近
(合唱指導)        岩城拓也
(監修協力)        佐渡裕
(装置・映像デザインナー) 増田寿子
(照明デザイナー)     原中治美
(音響デザイナー)     小野隆浩
(衣裳プランナー)     飛鳥珠王
(舞台監督)        青木一雄

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