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快活・峻厳・敬虔─多彩な響きが舞う―新日本フィル1・2月公演レポート

快活・峻厳・敬虔─多彩な響きが舞う―新日本フィル1・2月公演レポート

「平成最後」の年である2019年が始まり早4ヶ月。新元号「令和」の時代もそこまで迫っている。年明けから年度末にかけての3ヶ月間、新日本フィルの定期シリーズには様々な個性を持つ指揮者が次々と登壇、その持ち味を遺憾なく披露した。その凝縮された3ヶ月を、2回のレポートに分けて振り返ってみたい。まずは前編、1・2月のコンサートからピックアップして特集する。


華やかなニューイヤーコンサートがある程度落ち着いた1月下旬。新日本フィルはシェフの上岡敏之と共に、昨年に続き凝った「上岡流」のニューイヤーを披露した。
全体のプログラムをヴェルディ「シチリア島の夕べの祈り」の「冬」「春」でサンドウィッチするのは、冬から春に至るという洒落を含んだ「迎春」のメッセージであろうか。また前半のケルビーニ「メデア」序曲、ブラームス(ベリオ編)「ヴィオラ・ソナタ」という重厚な楽曲に対し、ロッシーニ「泥棒かささぎ」序曲に始まる後半では軽快な3曲がまず並び、対照をなす。続いて、格調高く歌うプッチーニ「マノン・レスコー」間奏曲が際目となり(振り返ればこの曲がこの日の白眉でもあった)、演奏会は終盤へ雪崩れ込む―。演奏会全体でひとつの「作品」を形成する、上岡らしい鮮やかな選曲である。体感時間以上に濃密な聴体験だ。
演奏も愉しい。後半終盤は「オテロ」「シチリア島の夕べの祈り」の多彩な舞踏音楽で締めたと思えば、過熱した踊りはいよいよ鳴り止まず、更に羽目を外したエネスク「ルーマニア狂詩曲第1番」のアンコールが始まった。客席はもちろん沸く。
全プロ通して暗譜で颯爽と振る上岡は、歌劇場のオケではない新日本フィルから劇場音楽の活気を鮮やかに引き出していた。前半ベリオ編曲ブラームスでソロを務めた篠崎友美(ヴィオラ)、エネスクで魅了したマルコス・ペレス・ミランダ(クラリネット)、「マノン・レスコー」間奏曲冒頭の長谷川彰子(チェロ)ら、楽員の見事なソロも印象に残った。

篠崎友美(ヴィオラ)、上岡敏之(指揮) (C)堀田力丸
篠崎友美(ヴィオラ)、上岡敏之(指揮) (C)堀田力丸

翌月2月、トパーズにはネーデルラント・オペラはじめ欧州楽壇で地道な活躍を続けるマルク・アルブレヒトが登場。14型を採ったブルックナー「交響曲第5番」一本勝負は、重厚晦渋の真逆を往く快速進行で進められた。分厚いロマン派の響きではなく、古典派からの視座でこの作曲家にアプローチしたのだろうか。軽快だがトゥッティの彫琢は細かく、各声部がリレーする主題群の明晰さは保たれる。第3楽章では対旋律を抽出するため、木管群のベルアップさえ用いていた―マーラーを想起する方もおられよう。
演奏会に先立つインタヴュー動画で指揮者はこの曲の第4楽章を「エヴェレスト登頂」に喩えていたが、展開部-コーダの精妙な仕上げを筆頭に、この楽章が筆者にとっては最も印象深かった。新日本フィルの弦楽器群は種々の指示を汲みつつ演奏を瓦解させぬべく高い集中力を発揮(コーダ大詰めで低弦の音程がやや乱れたのは惜しいが)、ソリッドな金管も健闘し、オケ全体のバランスも2階正面で聴く限りは申し分無いものだった。トゥッティの量感はあまり感じられないが、上述したような「古典からのアプローチ」ゆえ、指揮者も重量感を意図的に排していたのではないか。いずれにせよ、新鮮なブルックナー演奏だった。

マルク・アルブレヒト(指揮)(C)K. Miura
マルク・アルブレヒト(指揮)(C)K. Miura

続くジェイド(サントリーホール定期)にはかつてフランクフルト放送響(現hr響)などでシェフを務め、現在はベルギー国立管を率いるヒュー・ウルフが客演。オール・コープランド・プログラムを披露した。管打が壮烈に鳴る「市民のためのファンファーレ」に続き、マーラー第9番冒頭の下行音型を思わせる冒頭を持つ「クラリネット協奏曲」では首席奏者・重松希巳江がジャズ要素を表に出さずも流麗なソロを披露した。アンコールではコントラバスの竹田勉をステージ前方へ連れ出し、M. グールド「Benny’s 70th Birthday」を洒脱に聴かせた。本プロのクラリネット協奏曲の委嘱初演者であるベニー・グッドマンに絡めた粋なチョイスだ。
後半もコープランドで「交響曲第3番」。一般的に広まっているバーンスタインのカットを踏襲した版(原曲より当版が伝播してしまっている現状だろう)をウルフは用い、明晰な棒で整然とオケを導いていく。この曲における金管には更なる骨太さを求めたいが、終楽章のファンファーレ回帰は新日本フィルの定期600回記念の意味も帯び、輝かしく響いた。

重松希巳江(クラリネット)、ヒュー・ウルフ(指揮) (C)大窪道治
重松希巳江(クラリネット)、ヒュー・ウルフ(指揮) (C)大窪道治

やや珍しい作品も意欲的に取り上げるルビー・シリーズ、今月はソフィ・イェアンニン(ジャナン)がハイドンの大作オラトリオ「四季」を披露した。豊富な合唱指揮の経験を持つマエストラ(先日フランス国立管で上演され、シャルル・デュトワのフランス復帰となった『ファウストの劫罰』の公演も彼女が合唱指揮を務めた)だけに、声楽と管弦楽をバランスよく振り分け、全体を纏め上げた。
2時間超の長丁場だが、楽音の美しさに加えてドイツ語も明晰な声楽陣を得たことにより、弛緩とは無縁だ。この曲の独唱は前半で謹直な語り中心、後半に闊達な一人称が増える(フレーズ中の装飾も目立つ)ので、それらに自在に対応できる充実のキャストが揃ったことが何よりも嬉しい。幅広い音域が求められるテノールは櫻田亮がその実力を十全に発揮。二重唱ではソプラノの安井陽子と共に幸福な表情を振りまく。バスの妻屋秀和は持ち前の低音に加え、テンポが漸進する難曲でも指揮と共に呼吸していた。栗友会合唱団は秋の酒宴や冬の糸車などポリフォニックな箇所もしなやかに聴かせ、世界を凝縮したかのような晩年ハイドン特有の音画─動物描写、音域と歌詞の一致等聴きどころは尽きない─をオケと共に描いた。

安井陽子(ソプラノ)、ソフィー・イェアンニン(指揮)、櫻田亮(テノール)、妻屋秀和(バス)(C)K. Miura
安井陽子(ソプラノ)、ソフィー・イェアンニン(指揮)、櫻田亮(テノール)、妻屋秀和(バス)
(C)K. Miura

3月に入ると再び上岡敏之が新日本フィルに帰還。すみだ平和祈念音楽祭、会員向けの特別コンサート、彼ならではのプログラムによる2つの定期等々、獅子奮迅の活躍をみせた。そちらについては、次号でレポートしたい。

写真提供:新日本フィルハーモニー交響楽団 Photos by New Japan Philharmonic
文:平岡拓也 Reported by Takuya Hiraoka

【公演データ】
2019年1月19日(土)
新日本フィルハーモニー交響楽団
#19 ルビー<アフタヌーン・コンサート・シリーズ>
@すみだトリフォニーホール

ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」バレエ音楽「四季」より 冬
ケルビーニ:歌劇「メデア」序曲
ブラームス(ベリオ編曲):ヴィオラ・ソナタ第1番

ロッシーニ:歌劇「泥棒かささぎ」序曲
ポンキエッリ:歌劇「ラ・ジョコンダ」バレエ音楽「時の踊り」より 昼の時の踊り
ヴェルディ:歌劇「アイーダ」より 小さなムーア人奴隷の踊り、舞踏音楽
プッチーニ:歌劇「マノン・レスコー」より 間奏曲
ヴェルディ:歌劇「オテロ」より 舞踏音楽
ヴェルディ:歌劇「シチリア島の夕べの祈り」バレエ音楽「四季」より 春
~アンコール~
エネスク:ルーマニア狂詩曲第1番

ヴィオラ:篠崎友美
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:西江辰郎
指揮:上岡敏之


2019年2月2日(土)
新日本フィルハーモニー交響楽団 第599回定期演奏会
@すみだトリフォニーホール

ブルックナー:交響曲第5番(ノヴァーク版)

管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:西江辰郎
指揮:マルク・アルブレヒト


2019年2月7日(月)
新日本フィルハーモニー交響楽団 第600回定期演奏会
@サントリーホール 大ホール

コープランド:市民のためのファンファーレ
コープランド:クラリネット協奏曲
~ソリスト・アンコール~
M. グールド:Benny’s 70th Birthday

コープランド:交響曲第3番

クラリネット:重松希巳江
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:豊嶋泰嗣
指揮:ヒュー・ウルフ


2019年2月15日(金)
新日本フィルハーモニー交響楽団
#20 ルビー<アフタヌーン・コンサート・シリーズ>
@すみだトリフォニーホール

ハイドン:オラトリオ「四季」

ソプラノ:安井陽子
テノール:櫻田亮
バリトン:妻屋秀和
合唱:栗友会合唱団(合唱指揮:栗山文昭)
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙
指揮:ソフィ・イェアンニン(ジャナン)

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