赤く染まる帆と漆黒の船体。暗闇に浮かび上がるその異形の姿は、舞台に宿るもう一人の登場人物のようだ。
演出のミヒャエル・テンメがこのプロダクションで目指したのは、「新たな解釈」ではない。《さまよえるオランダ人》という作品が本来持っている「語られるべき物語」を、音楽と共にまっすぐに届けることだ。台本の内容を情景として描きつつ、音楽とともに伝説の世界に観客を導くこと。それが演出コンセプトになっている。本作には過剰な読み替えや挑発はない。しかしそこには、象徴化やシュールレアリスティックな要素が多く盛り込まれている。伝統的な方法で語りながら、観る者それぞれの解釈の余白を丁寧に残す舞台だ。

この日のオランダ人役は髙田智宏。そのいで立ちは、時空を超えてさまよう“人ならざる者”の存在感を放ち、登場の瞬間から強い印象を与える。

対するゼンタには田崎尚美。大きな赤い本を抱え夢想に耽る姿は、少女のような危うさと狂気の予兆を孕んでいる。恋というより“信仰”に近い感情の重さが彼女の全身から感じられる。

ダーラントを演じた妻屋秀和は、資本主義的な価値観を象徴する人物として登場。ひょうひょうとした佇まいは、作品の持つ重いテーマを一瞬ほぐしてくれる存在だ。

エリック役には宮里直樹。ゼンタへの純粋な想いとその裏返しとしての焦燥や不安を緊張感ある演技で表現。

マリーの塩崎めぐみは修道女として登場。子供の頃のゼンタにオランダ人伝説を知らせるのもマリーであり、神への揺るぎない信仰の力を示す存在として描かれる。

舵手役の渡辺康と船乗りたちの登場シーンは、後半の大きな見せ場の一つ。合唱を担うひょうごプロデュースオペラ合唱団には、若手声楽家たちも多く起用されているように見受けられ、舞台に瑞々しい風を吹き込んでいた。

佐渡裕の指揮は、音楽を過剰に煽ることなく的確にオーケストラを制御。兵庫芸術文化センター管弦楽団との呼吸も良好で、ゲネプロながら音楽的な緊張と推進力はすでに本番さながら。
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2025《さまよえるオランダ人》の上演は7月27日(日)まで、兵庫県立芸術文化センター KOBELCOホールで上演中。
佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2025《さまよえるオランダ人》
2025年7月19(土)、20日(日)、21日(月・祝)、23日(水)、24日(木)、26日(土)、27日(日)
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
指揮:佐渡裕
演出:ミヒャエル・テンメ
装置・衣裳:フリードリヒ・デパルム
照明:ミヒャエル・グルントナー
合唱指揮:矢澤定明
■7月19日・21日・24日・27日
オランダ人:ヨーゼフ・ワグナー
ダーラント:ルニ・ブラッタベルク
ゼンタ:シネイド・キャンベル・ウォレス
エリック:ロバート・ワトソン
マリー:ステファニー・ハウツィール
舵手:鈴木准
■7月20日・23日・26日
オランダ人:髙田智宏
ダーラント:妻屋秀和
ゼンタ:田崎尚美
エリック:宮里直樹
マリー:塩崎めぐみ
舵手:渡辺康
合唱:ひょうごプロデュースオペラ合唱団
管弦楽:兵庫芸術文化センター管弦楽団
公式サイト























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