オペラ・エクスプレス

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東敦子さんの蝶々夫人に寄す―この演奏に出会える歓び!日本人としてオペラに親しんでいることの喜びさえも感じさせる、価値ある一枚

東敦子さんの蝶々夫人に寄す―この演奏に出会える歓び!日本人としてオペラに親しんでいることの喜びさえも感じさせる、価値ある一枚

プッチーニのオペラ作品の魅力、その時の日差しを登場人物の目線になり切って感じることのできるある種のリアリティを帯びたファンタジーを感じられるところではないでしょうか。

他愛ない話、屈託のない笑顔、一途だからこそ熱くなってしまう若気の至り。そんな場面場面でどんな風が吹き、どんな日差しが差し込んで、あたりではどんな喧騒があるか。細かく描かれた、そんなリアルな描写の数々があるからこそ、オーケストラピットのこちらで見ていても、心を総ざらいするように奪う魅力を感じるのです。もちろん、ホロリとさせる甘美な旋律、ハーモニーも、こう感じさせるのに少なからず影響はしているでしょう。しかしそれだけではなし得ない世界観は、ヴェルディのオペラなどよりももっと映画に近い写実というか、場面ごとの作り込まれた映像のように受け止めることができる感じがする、常々そんな風に感じています。

往年の名歌手東敦子さんの歌唱、無論そのお名前、日本のオペラにおける偉大な功績は存じ上げているものの、実際に生の演奏を聴いたことは一度もありません。このほど、今までないとされてきた幻の、そして日本におけるオペラにとって屈指の名演の一つと言ってもよい「蝶々夫人」で東さんがタイトルロールを歌った公演の映像が見つかり、DVD化されるということで、そのお披露目のレセプションにお邪魔しました。麻布綱町の三井倶楽部の、来賓が集う広間に差し込む柔らかい日差しは、春のそれというにはまだ細すぎる冬らしさがありましたが、しかしバルコニーに近いところでは霞を食むようにありがたい温もりがあり、会場で上映され、BGMがわりに流れる蝶々夫人の名場面の数々と妙にマッチしていたのが心に刻まれたのであります。

うららかさの中に、想う人をひたすらに待つ喜び。夫人などと言っても実際は少女の健気さの勝る年頃の女心はどんなものだったのだろうか。どんな結末が待つとも知らずに、知らないがゆえに想うからこそ、想うこと自体の幸せ。どこか奥ゆかしさもあり。しかし一方で叶わぬ定めも予感させる一抹の寂寥感を帯びた甘美な旋律。長崎の丘の上から港を見下ろすあの風景とともにピンカートンを待つ蝶々さんのように、人々は春を待ちわびる、そんな新春のひととき、そんな蝶々夫人の名演の映像を鑑賞するにはもっともふさわしいような日和の中でのレセプションでありました。

今では日欧間の行き来も容易。若い歌手が気軽に渡欧して勉強することもできますし、日本人の歌手で活躍する人もたくさんいます。しかしそうでもなかった時代でしょう。そんな東さんの歌には気高さやほこり、そして日本を描いた作品で、実際にたくさんの舞台経験を積まれてきた役を、日本人として日本に帰国して歌うということに対する、真摯で丁寧な音楽づくりのようなものも、今回リリースされたDVDでは十分に感じることができる聴きごたえがする音源と感じました。

例えば歌手の評価としても、最近の評価はどこまで(高音が)出るか、とか、声の鳴りにフォーカスされすぎはしないかという、評価法の不満を感じずにはいられない。正直に言うとそんな気持ちがありました。けれども、音楽家にとってもっとも重視すべき、そして究極的に評価されるべきは、気高さ。ノーブルであるかどうかにつきるのではないか。日本人に限らず、この点だけすっぽり欠落している歌手、音楽家が少なくないように個人的には感じるのです。平素自動車ライターをしている立場で言えば、スペックばかり追いすぎて、全くつまらないクルマというのがあります。ドライバー不在、ユーザー不在。こんなものなら、十分の一のパワーでももっと味わい深く、飽きの来ない、どこまでも乗っていたいクルマが在るのに、と思うのに似ています。居丈高にそんな主張をして「跪いて敬礼の一つでもして差し上げねばなりませんか?」と嫌みの一つも言いたくなるようなこと。音楽を聴いても、クルマに乗っても実は少なくありません。個人的に、魅力感じませんね。こうしたものには。東さんの蝶々さんにはそういうものを微塵も感じません。その一点をもってしても、心洗われるようだったし、オペラ好きがたしなんでおくべき名演奏の記録である以上に、プロを目指す若手音楽家の皆さんがぜひこういうところから何かくみ取られたら尊いものがあるのではないか。僭越ながらそんなものも感じることのできる先達のメッセージ。マスタークラス的な価値もあるのではないでしょうか。

そして、そうした尊さの源泉でもあるのではないかと思うのですが、アメリカと戦争をして負けた体験のある世代の人でしかなしえない「様々な対峙」が、卑屈になることもなく、単なる反骨とも、無論迎合とも大いに異なる、恐らくあの世代ながら真の国際人の感覚で歌っておられる蝶々夫人ではないかという点も、このDVDの東さんの歌では是非とも聴き取っておきたい部分だと感じました。

留学して帰ってくると「アメリカでは~だよ」「海外では~だよ」という確かに洋行したからこそ知り得たことではあるのだろうが「よその手法」ばかり口にする人、年配の人にも、私の同輩でも少なくないように感じます。そういうことを日本人の精神性、国民性、この国の文化の中で実行する際にいかにして形にしていくかというアプローチができてこそ真の国際人だと思うのですが。その点、東さんの蝶々さんには、そんなクレバーでニュートラルな、けれども日本人ならではの姿勢、どんな国際的な名ソプラノであってもできない特有の「形」、それらを鑑賞に堪えるレベルの高い演唱で包み込む包容力の大きな音楽性を感じさせるものがありました。

ミュージックラックに一枚納めておきたいDVD。この演奏に出会える歓びとともに、この演奏を聴いて日本人だからこそ感じることのできる印象が持てることに、私自身が日本人としてオペラに親しんでいることの喜びさえも感じさせる、そんな価値ある一枚ではないでしょうか。

取材・文:中込健太郎(クルマライター)

東敦子オペラ「蝶々夫人」DVD

■限定1,000枚販売■
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