1月17日、国立新美術館にて「実演芸術国際シンポジウム 舞台芸術における国際共同制作の最前線World Opera Meeting in Tokyo 2020」が開催された。文化庁と公益社団法人日本芸能実演家団体協議会が主催し、会場は多くの舞台芸術関係者で賑わった。
オペラは通常、劇場あるいはカンパニーごとに制作を行い、そこだけで上演されるが、「共同制作」はそれを複数の劇場が「共同」で「制作」し、複数の劇場で上演することを言う。近年、日本においても「〇〇劇場との共同制作」などと付記され、装置や衣装、演出を海外から持ち込んで上演するスタイルの公演が増えてきた。また、初演の地が日本となる例もある。「国際共同制作」は、つまり国境を越えた共同制作だ。
登壇したのはニコラス・ペイン氏とヤン・ヴァンデンハウア氏の両名。ペイン氏はロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)やカーディフのウェルシュ・ナショナル・オペラなど、英国各地の劇場で30年に渡り務めた大ベテランだ。オペラ・ノースの総監督,イングリッシュ・ナショナル・オペラの総監督等を歴任、現在はオペラ・ヨーロッパのディレクターとして、世界のオペラのさらなる発展に寄与し続けている。
一方、ヴァンデンハウア氏は「ネクスト・ジェネレーション(次世代)」と呼ばれる若い世代のディレクターだ。欧州の歌劇場で巻き起こっている世代交代の最前線を歩み、既に高い評価を得ている新時代の旗手である。ベルギーのフランダース地方の芸術文化をリードする「フランダース・オペラ・バレエ」のオペラ芸術監督として、世界中から創造的な才能を集め、共同制作を展開している。
なお、登壇予定だったソフィ・ド・リント氏の来日が取りやめになったことによる緊急来日であったが、非常に興味深い講演となった。
前半は彼らの講演、後半には東京二期会事務局長の山口毅氏、昭和音楽大学オペラ研究所所長の石田麻子氏を交え、討論形式で、オペラ制作に対する意見交換が行われた。
まず登壇したのはニコラス・ペイン氏。スライドを用いて、世界的なオペラ界の様相に始まり、共同制作の定義,共同制作におけるメリットやデメリット,新作がどのように伝播するかなどが語られた。時代の動向についても話が及ぶ。また、自身がディレクターを務める、「オペラ・ヨーロッパ」についても説明を行う。更に、今最も必要であろう「オペラのための次世代人材の育成」についても、具体例を用いながら講演した。
彼の講演の中で興味深かったもののひとつに、「プレミア(公演初日)が最も価値がある公演であるとは限らない」という話がある。歴史的に、プレミアはメディアが集まりチケットも飛ぶように売れ、最も価値のあるものとされてきた。しかし、特に共同制作の舞台においては、その限りではないという。あの世界的オペラ演出家コンヴィチュニー氏の「複数の劇場で回数を重ねることで、舞台のクオリティが上がっていく」という言葉を引き合いに、今日の共同制作の場においてはこの考え方は広く認知されているそうだ。この点は後半に行われたディスカッションの場でも肯定的に議論された。
昨年の10月25日、SNSでもキャンペーンが展開された「ワールド・オペラ・デー」についての紹介も印象に残るものだ。これは、「オペラ・ヨーロッパ」及び「オペラ・アメリカ」「オペラ・ラティーノアメリカ」の提唱により開催されたイベントで、オペラ文化の発展を推進し、社会におけるオペラの価値を認識する機会という位地付けだ。
続いて登壇したヴァンデンハウア氏は、自身が芸術監督を務める「フランダース・オペラ・バレエ」にて実際に行われている制作を例に、最先端のオペラ制作を紹介した。彼が強調したのは「新しさ」。「若手」と呼ばれるヴァンデンハウア氏よりも若い世代の映画監督や振付師、演劇の演出家など、オペラ未経験で楽譜も読めない人物を演出家として起用し、「古典芸能」と「現代の感性」の融合を試みているという。その際最も重要なことは、ただやらせればいいということではないということだそうだ。「一緒に時間を過ごすことが大切」と語ったように、オペラとはどういうものか、制作の段取り、歌手のことなど、実際に演出にかかる前に伝えなければならないことがたくさんあるのだろう。「新人発掘」に必要なのは、その才能を光らせるための「新人教育」でもある。こうして制作され、話題になった舞台は複数の劇場や音楽祭によって再演され、さらに国際共同制作につながっていくこともあるという。
講演の後は、前述の4名が登壇し、それぞれが思い描くオペラ制作について意見を交わした。共同制作におけるリスクヘッジ、国際共同制作においては国ごとにリスクが違うということ、そして若い世代の人材発掘についてなどを、実例を挙げながら話し合った。
劇場の客席からは決して見えない、オペラ制作の最前線。かなり専門的な内容となったが、プロにもファンにも大きな収穫のあるシンポジウムであった。これからも国境を越えた共同制作の流れがさらに深まり、より上質な公演を我々観客が体験できることを期待したい。
取材・文:オペラエクスプレス編集部
写真:長澤直子
-World Opera Meeting in Tokyo 2020
いま、世界との協働に求められるアーティスト/スタッフとは――
2020年1月17日(金)14時~16時30分
国立新美術館 3階・講堂
パネリスト:
●ニコラス・ペイン(オペラ・ヨーロッパ・ディレクター)
1968年にロイヤル・オペラ・ハウス・コヴェントガーデンでキャリアを開始以来、50年以上にわたりオペラ界で働く。ウェルシュ・ナショナル・オペラの財務責任者、リーズに拠点を置くオペラ・ノースの総監督、ロイヤル・オペラ・ハウス・コヴェントガーデンのディレクター、ロンドン・コロシアムのイングリッシュ・ナショナル・オペラの総監督等を歴任。2003年からはオペラ・ヨーロッパのディレクターとして、同組織を欧州における主導的なプロフェッショナルのオペラ協会として確立し、45カ国205のオペラ団体、オペラ・フェスティバルから成る会員組織に成長させた。(芸団協のサイトよりの転載)
●ヤン・ヴァンデンハウア(オペラ・バレエ・フランダーレン オペラ芸術監督)
ルーヴェン大学とベルリン大学で音楽学を学んだ後、ベルギーの新聞「デ・スタンダード(De Standaard)」にて音楽・オペラ評論を務める。2005~2008年までは、パリ・オペラ座のドラマトゥルクとして、ジェラール・モルティエ芸術監督の右腕になるとともに、オペラ・バスティーユ内円形劇場のアーティスティック・プログラムの責任者を務めた。2009~2011年には、コンセルトヘボウ・ブリュッヘ(ブルージュ)のクラシックおよび現代音楽に関するコンサート・プログラム責任者となる。以降、フリーの音楽ドゥラマトゥルクとして、マドリードの王立劇場テアトロ・レアル、パリを拠点とする室内オーケストラであるアンサンブル・アンテルコンタンポラン、ブリュッセルの音楽祭クララ・フェスティバル等、さまざまな組織と共に仕事をしてきた。また、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケル(パリ・オペラ座『コジ・ファン・トゥッテ』、ルール・トリエンナーレでの『我ら人生のただ中にあって/バッハ無伴奏チェロ組曲』)、アラン・プラテル(マドリッドでの『C(H)OEURS』、ルール・トリエンナーレでの『Nicht Schlafen』)、イヴォ・ヴァン・ホーヴェ(リヨン歌劇場『マクベス』、マドリード王立劇場『ブロークバック・マウンテン』、オランダ国立歌劇場『サロメ』、パリ・オペラ座『ボリス・ゴドゥノフ』)、ヨハン・シモンズ(パリ・オペラ座『フィデリオ』、マドリード王立劇場『ボリス・ゴドゥノフ』、ルール・トリエンナーレでの『ラインの黄金』および『アルセスト』)らとも協働した。2015~2017年には、ルール・トリエンナーレのエグゼクティブ・ドラマトゥルク(ドラマトゥルク統括者)を務めた。
2019年7月より、アントワープとゲントに劇場を持つフランダース・オペラ・バレエのオペラ芸術監督を務める。(芸団協のサイトよりの転載)
●山口 毅(公益財団法人東京二期会 事務局長)
モデレーター:
●石田麻子(昭和音楽大学 教授、オペラ研究所 所長)
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