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現代技術を取り入れた美しい《アイーダ》、ニューヨークの聴衆を魅了〜36年ぶりに新制作されたメトロポリタンオペラの看板演目、観劇レポート

現代技術を取り入れた美しい《アイーダ》、ニューヨークの聴衆を魅了〜36年ぶりに新制作されたメトロポリタンオペラの看板演目、観劇レポート

ヴェルディの《アイーダ》といえば、数あるオペラの中でも屈指の人気を誇るオペラです。古代エジプトが舞台という設定と、「凱旋行進曲」が鳴り響く「凱旋の場」が有名なため、美しさ、壮大さを期待される演目でもあります。そのため、特に大劇場での新制作は大きな話題になることが珍しくありません。

ニューヨークのメトロポリタンオペラ(以下M E T)の今シーズンのハイライトも、実に36年ぶりに新制作された《アイーダ》でした。

出来立てほやほや?の《アイーダ》をつい先ごろ現地で観劇し、観客の反応も含めてとても楽しんできましたので、こちらでレポートさせていただきます。


今回の新制作がお目見えしたのは、昨年の大晦日。大晦日のMETでは、そのシーズンの目玉公演がスターを揃えて上演されるのが定番です。そこに登場したわけですから、今回の《アイーダ》への期待度がわかると言うものです。

1989年に制作されて以来長年愛されていたソニア・フリゼル演出のプロダクションは、巨大な神殿や神像、壮麗な宮殿など、私たちが想像する「古代エジプト」を視覚化し、「凱旋の場」では馬も登場する「これぞ《アイーダ》!」と思わされる圧倒的なもので、《ラ・ボエーム》や《トゥーランドット》などと並ぶMET屈指の人気プロダクション。新制作がなかなか行われなかったのも、もっともといえましょう。

筆者が観劇したのは、《アイーダ》の2クール目のオープニングとなった3月14日の公演(公演は大晦日から1月、3月、4月から5月にかけての3クールあります)。今回のキャストは若手中心で、METデビューの歌手もいましたが、それでも劇場は超満員の盛況でした。金曜日の夜公演でしたが、ふだんはカジュアルな観客が目につくM E Tなのにドレスアップしている観客がとても多く、一方で上演中の舞台への集中度も高くて、待望の《アイーダ》を楽しもう!という空気が客席にみなぎっていました。

観客の姿勢は、舞台上のアーティストにも伝わります。舞台と客席のケミストリーはとても重要なので、来て正解だったと幸せな気持ちになりました。


演出は、ブロードウェイの人気演出家マイケル・メイヤーによるもの。近年METでいくつかのプロダクションを演出しており、ヴェルディ作品では「四季」をイメージした《椿姫》の繊細で美しい舞台が印象に残っています。

メイヤーのコンセプトの大きな特徴は、全体を「考古学者の発見」に見立てたところ。《アイーダ》のストーリーは、オーギュスト・マリエットというフランス人の考古学者が書いたシナリオをベースにしていますが、マリエットは実際エジプトで遺跡の発掘にかかわっており、抱き合った男女のミイラを発見したという逸話も伝わっています。そのため「遺跡発掘」を取り入れた演出はしばしばありますし、オペラ《アイーダ》を下敷きにしたブロードウェイ・ミュージカル『アイーダ』(2000年、エルトン・ジョン作曲、ティム・ライス作詞)では、古代エジプトの展示をしている博物館から物語が始まる展開になっていました。

今回は「遺跡発掘」のストーリーが、本筋の物語にかなり絡んでいたのが目立ちました。冒頭では舞台上方から考古学者たちが遺跡群の中に降りてきて目を輝かせるのがまず印象的ですし、第2幕の開幕前には舞台に向かって右端に女性の考古学者が座り、エジプトの壁画をスケッチしていく様子がプロジェクションマッピングで緞帳に投影されます。これは息を飲むほど綺麗でした。メイヤーはヴィヴィッドでカラフルな色づかいでハッとさせてくれる演出家ですが、今回は特に「エジプシャン・ブルー」と呼ばれる澄んだ青をたくさん使い、ツタンカーメンのマスクでもお馴染みの金もふんだんで、色鮮やかな舞台になっていました。装置自体は映像も駆使しつつ伝統的なイメージで統一しており、多くの人が《アイーダ》に期待する重厚華麗な雰囲気を作り出しています。

注目の「凱旋の場」は、考古学者たちが発掘品を運んでいくという趣向。フランス人が発掘品を大量に母国に持ち帰ったことは事実ですし、ルーヴル美術館のエジプト・コレクションはそれで成り立っているのですから、なるほどと唸らされました。

全曲の幕切れは、アイーダとラダメスの恋人たちが神殿の地下牢に、恋敵だったエジプト王女アムネリスがその上の神殿内にいる設定で、ヴェルディが「二重舞台」で演じるようを指定している場面ですが、機構面で二重舞台を実現できる劇場は数えるほどしかありません。ME Tはその貴重な一つであり、今回も地下牢がせり上がっていく迫力満点のシーンが楽しめました。

衣装はセットの一部と言っていいほど美しく、魅力的です。「凱旋の場」では、大階段に微妙に色を違えた衣装をまとった人々が配され、それだけで豪華な装置のよう。特に効果的だったのが、物語で重要な役割を担う神官たちの衣装を色分けしたことです。彼らは黒をベースに金と赤で飾られた衣装をつけており、一目でそれとわかります。《アイーダ》というオペラは主役三人の三角関係が目立ってしまうのですが、実は本当の敵?は神官たち。主役カップルであるアイーダとラダメスも、恋敵であるアムネリスも、非人間的で冷酷な神官たちによって人生を奪われます。その彼らを「色」によって際立たせたのは正解だったといえましょう。

歌手一人一人にあてられた演技もわかりやすく、バレエの振り付けも音楽にかなってスムーズで、終始舞台から目が離せず、最後まで楽しめた演出でした。

ヴェルディの『アイーダ』第 2 幕第 2 場。写真: ケン・ハワード / メトロポリタン歌劇場
ヴェルディの《アイーダ》第 2 幕第 2 場
写真: ケン・ハワード / メトロポリタン歌劇場

音楽的な水準も、極めて高いものでした。前に書いたように今回はいわゆるセカンドキャストで、この公演がMETデビューという歌手も複数いたのですが、総じてレベルが高いのはさすがM E Tです。

タイトルロールのアイーダは、今回がMETデビューだというスウェーデンのソプラノ、クリスティーナ・ニルソン。安定した技術とフレッシュな声の持ち主で、高音域は明るくみずみずしく、まろやかなレガートが歌のラインを紡ぎます。第3幕のアリア「おお、我が故郷」ではしっとりした音色も駆使され、ソフトな高音が解き放たれました。ヴェルディはアイーダ役を「20歳」と想定しているので、このような若々しい声はふさわしいのではないでしょうか。クラシカルなタイプの美人で、舞台映えするのも美点です。カーテンコールでも彼女が一番拍手を浴びており、この日が文字通りのM E Tデビューでしたから、感極まった表情を見せていました。

相手役のラダメスはブライアン・ジェイド。アメリカ期待のスピント・テノールで、昨年夏にはロイヤルオペラの来日公演《トゥーランドット》カラフ役で日本デビュー、輝かしい声で絶賛されました。ラダメス役でもその輝かしくボリューミーな声は健在で、美しいイタリア語に乗ってMETの大空間に響き渡り、情熱的な青年将軍に申し分のないものでした。

恋敵のアムネリスはジュディット・クタージ。ファーストキャストにも登場した、期待のドラマティック・メゾです。赤みがかった金を思わせる濃密な声には情熱がたぎり、権高な王女から報われない恋に絶望する女性への変貌を鮮やかに描いていました。第2幕のアイーダとの二重唱ではニルソンとクタージの音色がくっきりとしたコントラストを作り、とても聴きごたえがありました。

アイーダの父アモナズロは、ロシアのバリトン、ローマン・ブルデンコ。今回がMETデビューですが、すでに世界で豊富なキャリアを誇ります。発語がきれいで倍音がよく響き、威厳のあるエチオピア王を演じていました。神官ランフィスを歌ったブルガリアのバス、アレクサンドル・ヴィノグラードフは、《ルイザ・ミラー》のヴァルター伯爵をはじめ、METでいくつもの名演を披露してきた名バス。深く彫琢に富んだ声には凄みがあり、冷徹な神官にぴったりです。「裁判の場」でラダメスを問い詰める3回の尋問で、1回ごとに迫力と重みが増して行ったのには驚嘆しました。

指揮のアレクサンダー・ソディは日本でもお馴染みのイギリスの指揮者。日本ではまだオペラは指揮していませんが、オペラ指揮者として世界中で活躍しており、METにもたびたび登場しています。

当夜は前日の《ラ・ボエーム》に続く登板。「凱旋の場」などの壮大な場面でのシャープな切れ味と、特に第3幕以降で明らかになる心理劇での繊細な表現との対比が絶妙で、華やかさと細やかさを併せ持つ作品の魅力がよく伝わりました。第3幕冒頭のナイル河岸の場面で、オーケストラが奏でた幻想的な色彩は忘れられません。


M E Tの《アイーダ》は先月末からMETライブビューイングで上映されており、好評のため東劇では27日まで上演期間が延長されました。ライブビューイングではファーストキャストが勢揃いし、アメリカ生まれの人気スター、エンジェル・ブルーが光り輝く声の魅力を存分に発揮するタイトルロールをはじめ、絢爛たる「声の饗宴」が楽しめます。MET音楽監督ネゼ=セガンの指揮も艶やかで輝かしく、まさにヴェルディの醍醐味。まだご覧になっていない方は、ぜひこの機会に映画館で体験していただければ《アイーダ》ファンとしては嬉しいです。

なお現地では5月に、ガランチャがアムネリスを演じる魅惑的なキャストでもう一度上演が予定されています。

東劇での延長上演の情報はこちらから。
https://www.shochiku.co.jp/met/news/6559/

METライブビューイングの《アイーダ》で主役を演じるエンジェル・ブルー
写真:パオラ・クダツキ / メトロポリタン歌劇場
METライブビューイングの《アイーダ》で主役を演じるエンジェル・ブルー
写真:パオラ・クダツキ / メトロポリタン歌劇場

取材・文:加藤浩子

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