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永遠の都ローマより歌劇場来たる。ローマ歌劇場の《トスカ》公演が最高すぎた!

永遠の都ローマより歌劇場来たる。ローマ歌劇場の《トスカ》公演が最高すぎた!

プッチーニの名作オペラ《トスカ》は1900年にローマ歌劇場で初演されました。そしてこのオペラはローマの名所旧跡が舞台となっています。

そのローマ歌劇場が来日し《トスカ》を上演しました。控えめに言って素晴らしい公演でした!イタリアを代表する伝統芸能であるオペラの傑作を、本来あるべき姿で上演し、しかも演奏を含め全てにおいて非常に高いクオリティー。この《トスカ》を観ることができたのは私にとって、まさに人生の宝になりました。

大成功の要因はまず、故フランコ・ゼッフィレッリ(1923-2019)の演出・美術による華麗なる舞台でしょうか。今年が生誕100年となる巨匠ゼッフィレッリは、伝統美・豪華・人海戦術が得意なイタリアのオペラ演出家・映画監督です。ゼッフィレッリは過去に、英国ロイヤル・オペラで1964年にマリア・カラス、ティート・ゴッビが出演した《トスカ》を演出しています(第2幕が映像で残されており有名)。1985年にニューヨークのメトロポリタン歌劇場でプラシド・ドミンゴとヒルデガルト・ベーレンスが主演したプロダクションも有名です。

今回、ローマ歌劇場が持ってきたプロダクションはゼッフィレッリが同歌劇場に2008年に新演出したもの。とはいっても、演出の大筋は、今あげたような彼の昔の名演出とほとんど変わりがありません。一言で言うならば、台本に忠実に演劇的に練り上げられた舞台です。オペラが始まり幕が開くと、そこには台本に指定されているサンタンドレア・デッラ・ヴァッレ教会を彷彿とさせるバロック美術が美しい教会内部が見えます。聖母マリアを祀った祭壇が正面にあり、私たち観客も教会の中にいて祭壇を眺めているように感じられる作りになっています。上手側には画家カヴァラドッシが絵を描きかけているために下に足場を組んであるマッダレーナ像がかけられています。

今回のローマ歌劇場の《トスカ》は、自身も優れた演出家で、長年ゼッフィレッリの舞台の再演を担ってきたマルコ・ガンディーニが再演演出を手がけており、そのためでしょうか、ソロ歌手たちや合唱団(日本人の児童合唱を含む)の動きも素晴らしく、演出の良さが引き立っていました。

冒頭で登場するアンジェロッティ(ルチアーノ・レオーニ)や堂守(ドメニコ・コライアンニ!大好きな性格俳優系オペラ歌手です)が歌っていた時には普通に聴こえていたのですが、そこにカヴァラドッシ役のヴィットリオ・グリゴーロが登場すると!おお!何というツヤのある美声なのでしょう。声量もたっぷり。一瞬にして舞台が華やいだのには驚きました。

グリゴーロの演じるカヴァラドッシは熱い血潮の命ずるままにすぐに行動してしまう画家という(何となくご本人を思わせる)役作りです。同じ思想を分かち合うアンジェロッティを危険を冒してでも助けてしまうのも、トスカを愛するのと同じようにパッションに満ちた行動力ゆえ。

そこにトスカが現れます。薄い水色が入ったドレスが爽やかで美しい!ソニア・ヨンチェヴァはトスカが当たり役で何度も演じていますが、さすがグリゴーロに負けない美声が東京文化会館に響き渡ります。

ヨンチェヴァのトスカは、若い女性で、自分の魅力をよく知っているけれど善良で、マリオ(・カヴァラドッシ)を一途に愛している。特に、恋人への愛情の表現が自然で良かったです。

ナポレオンとの戦場から吉報がもたらされた場面では、教会聖歌隊の子供たち(NHK東京児童合唱団)が声も演技もイキイキしていて可愛かったです。ローマ歌劇場の合唱団の皆さんともうまく馴染んでいてさすが。

そして悪役スカルピアが登場!スカルピア役のロマン・ブルデンコはロシア出身の歌手。背が高く体格も大きいので衣裳が映えて、いかにも“男爵”を感じさせる威厳のあるスカルピアでした。声は十分豊かなのですが、とにかくグリゴーロとヨンチェヴァの声が「鳴る」ので、それに比べれは普通の美声、といった感じ。しかし、立ち居振る舞いが板についていて、堂守や、部下のスポレッタ(サヴェリオ・フィオーレが好演)への態度なども上手かったです。

そして場面はテ・デウムへ。ローマ市民たちが集まってきて枢機卿の行列を迎えます。ナポレオンへの戦勝を祝う歌を神に捧げるテ・デウムの中、スカルピアはトスカへの想いを歌います。このテ・デウムが視覚的にも、音楽的にも大迫力で素晴らしかったです!

第1幕最後の群衆シーンは、一旦幕が閉じて音楽が終わった後、カーテンコールのために幕が開き、出演者たちが動かずに絵巻物のようになって拍手を浴びていました。ここで合唱団の出演は終わりなので(第2幕は舞台裏からの歌のみ)、合唱指揮のチーロ・ヴィスコも最後に登場して、とても嬉しそうに拍手を受けていました。


休憩時間。ちなみに、今回のローマ歌劇場の来日公演は《椿姫》もそうでしたが、客席がほとんど埋まっているという印象で、休憩時間のロビーも大変な賑わいでした。一階ロビーの真ん中に大きな花が飾られていて、その周りではシャンパンを飲む方々が大勢。優雅でした〜(私は眠くなったら大変なので、オペラの時にシャンパンは飲みません。でも飲みたかった…笑)。

第2幕はついにスカルピアが本性を剥き出しにします。ゼッフィレッリの美術は、スカルピアの居室に多くの本棚を置いて、彼がただ暴力的なだけの男ではないことを強調します。ブルデンコは手堅い歌唱。この幕でまず凄かったのがナポレオン軍の勝利の知らせを聞いたカヴァラドッシがあげる「ヴィットーリア(勝利だ!)」の声。グリゴーロがあまりにも入魂の絶唱(特に2回目。めっちゃ長く伸ばしていました!)だったので、その後で思わず拍手した人がいたほどです。

そして有名なトスカのアリア「歌に生き、愛に生き」。今度は真紅のドレスをまとったヨンチェヴァは、美声で乗り切るというよりは、トスカの真摯な心を反映したような品格のある歌唱でした。劇場は当然大喝采に。その後、トスカがスカルピアの意図を悟ってから彼の殺害を決心するまでの流れも見事で、往年のマリア・カラスのトスカに比べると、自分の魅力を十分自覚しているトスカが、スカルピアの申し出を承諾して自らの美を見せつけるような仕草があったのが面白かったです。

スカルピア殺害から幕の終わりまではミケーレ・マリオッティ指揮のオーケストラが緊張感ある演奏。固唾を飲んで見守りました。この幕ではオーケストラをかなり強く鳴らしていましたが、皆さんの声はしっかり聴こえるからさすがです。


もう一度休憩があり、最後の幕です。ここの冒頭部分に登場する(舞台裏から歌う)羊飼いの少年が末光朔大君というボーイソプラノで、澄んだ声のカンタービレが素晴らしかったです。最後のカーテンコールでも指揮のマリオッティと再演演出のガンディーニに前に出されて一人で拍手を浴びていました。

ところで、招聘元のNBSさんのサイトで見たのですが、今回のローマ歌劇場の舞台裏にはなんと、123年前の初演の時に使用された、鐘の音を出す金属チューブの楽器が使われているのだそうです!すごい!これは第1幕最後のテ・デウムと、第3幕の冒頭部分に使用されるのですが、確かに、言われてみれば、少しだけ鄙びた音がしていたような気がします。古の響きというのでしょうか。指揮者のマリオッティもこだわってリハーサルしていたということで、さすが初演された劇場ならではの演奏です。

そして、カヴァラドッシのアリア「星は光ぬ」。これはカヴァラドッシがトスカと一緒に過ごした時を回想する歌ですが、グリゴーロの一言一言に真実味があり、二人の愛の巣であった(そしてそこでアンジェロッティも捕まって自殺することになった)別荘での二人の姿までが浮かんでくるようでした。

そしてトスカが登場。無邪気に通行証を見せて事情を物語るトスカに、それを聞きながら顔が曇って、どんどん悲しそうになっていくカヴァラドッシ。彼はもう死を予感しているのですね。そして最後のトスカの身投げまで、定石通り。だけれども感動的な最後でした。

全て終わった後のお客さんの熱狂はすごかったです。私も立派にその一人。最後の最後に客席の照明が完全につくまで、スタンディングオベーションで「ブラヴォ」「ブラヴィー」を叫んでおりました(マスクは着用していましたよ…)。ここでもやはりグリゴーロ様の観客の拍手を煽るようなパフォーマンスがすごかったです(汗)。


最後になりましたが音楽面について。今回の上演が素晴らしいものに終わったのは、やはり音楽監督のミケーレ・マリオッティの力が大きかったと思います。

マリオッティは、これまでロッシーニのオペラ・セリアや、ヴェルディ初期のオペラなどで高い評価を得ており、プッチーニでは、ボローニャ歌劇場やパリ・オペラ座で指揮をした《ラ・ボエーム》が知られています。ローマの音楽監督になってからは、プーランク《カルメル派修道女の対話》、プッチーニ《外套》とバルトーク《青髭公の城》の二本立てなどを指揮しており、今年はこれから同歌劇場シーズン開幕演目としてボーイト《メフィストーフェレ》を指揮するなど、近年はオーケストラが大規模のオペラ作品を多く指揮するようになっています。

マリオッティの特徴は、既知の演目でも、誰も知らないような演目でも、つねに新鮮な音楽として聴かせる力です。ロッシーニのオペラ・セリアなどで培ったと思われる、楽譜を深く読み込む姿勢はこの《トスカ》にも現れていて、一つ一つの楽器の音色の選択や、音の重ね方が非常にていねいで魅力的でした。その一方で第1幕最後や第2幕のスカルピアを中心にした場面などの劇的表現では思い切ってオーケストラを鳴らします。

そして多くのシンフォニーが得意なマエストロにはなかなか真似できないであろう部分が、芝居としてのオペラ全体の運びの巧みさです。今回は特に、かなり自由に歌いたい派ではないかと推察されるグリゴーロを、ある時は彼が思いっきり歌えるように支え、ある時はがっちりと全体の流れの中に組み込み、というバランスが絶妙でした。それもオペラをドラマとして深く読み込んでいるからこそ肝所が分かるのでしょう。第1幕の演劇的な細やかな表現、第2幕の息をもつかせぬ展開、第3幕のカヴァラドッシとトスカの甘く、そして(カヴァラドッシの側からは特に)哀切な愛情表現など、なかなか聴くことができない素晴らしい演奏だったと思います。

そしてそれを可能にしていたのはもちろんローマ歌劇場管弦楽団・合唱団です。《トスカ》という、ストーリーはかなりドギツイけれど、歌の美しさに満ちているオペラは、イタリアの歌劇場で長年演奏している彼らの腕の見せ所がたくさんありました。

3階正面席から下を覗いたところ、オーケストラ・ピットの中の30%くらいのメンバーはまだマスク着用組でした。オペラが終わって長いカーテンコールの時にも、ずっと舞台の方を向いてマリオッティやキャストたちに拍手をしているオーケストラ団員の方々。私を含めて日本の聴衆にとって大きな贈り物となったこの日本公演が、彼ら自身にとっても実り多いものであったことを願っています。

取材・文:井内美香  / photo: Naoko Nagasawa

ローマ歌劇場 2023年日本公演

ジャコモ・プッチーニ作曲/フランコ・ゼッフィレッリ演出
《トスカ 
日時・会場:
2023年9月17日(日)15:00 神奈川県民ホール
2023年9月21日(木)15:00 東京文化会館
2023年9月24日(日)15:00 東京文化会館
2023年9月26日(火)15:00 東京文化会館
上演時間:約3時間(休憩2回含む)
 
指揮:ミケーレ・マリオッティ
カヴァラドッシ:ヴィットリオ・グリゴーロ
トスカ:ソニア・ヨンチェヴァ
スカルピア:ロマン・ブルデンコ

■問い合わせ:NBSチケットセンター(月-金 10:00~16:00 土日祝・休)03-3791-8888
■公式サイト:https://www.nbs.or.jp/stages/2023/roma/

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