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観客が完成させる音楽の「円」―クラシック音楽のさらなる可能性を開拓する、ノット&東京交響楽団の2019/20シーズン

観客が完成させる音楽の「円」―クラシック音楽のさらなる可能性を開拓する、ノット&東京交響楽団の2019/20シーズン

秋も深まる11月6日、ミューザ川崎市民交流室に於いて、東京交響楽団の2019/20年シーズンのラインナップ発表記者会見が行われた。就任6年目となる音楽監督、ジョナサン・ノット氏を壇上に迎え、工夫と創造性に富んだ来シーズンの公演が発表されると同時に、国内の常設オーケストラとしては初めての試みとなる「音楽・動画配信サービス」の開始も発表された。

まずマイクを握ったのは、同楽団の専務理事・楽団長を務める大野順二氏。前週の新潟でのラフマニノフ「交響曲第二番」の演奏に触れ、大野氏が感じた「永遠に終わらないでほしい」という思いと同じ感想を団員も持っていたようだと語った。別の団員の「ノット氏は魔法使いだ。魔法にかけられているようだ」という言葉も紹介し、音楽監督ノット氏と東京交響楽団との絆の深さと相性の良さ、そして実を結び始めたノット氏と楽団の軌跡に触れた。大野氏のイチオシ公演は「年末の第九」とのこと。40年近くに渡って年末のベートーヴェン「交響曲第九番」の指揮を振り続けた同楽団桂冠指揮者・秋山氏による「第九」公演は2018年末が最後となり、来シーズン2019年末はノット氏が担当する。ノット氏の魔法でどのような「第九」となるのか今から楽しみであると同時に、次世代へバトンを渡すことを決めた東京交響楽団の決断と秋山氏の長年の功績に惜しみない賛辞と、”最後”となる今年の年末第九の成功をお祈り申し上げたい。


続いて音楽監督のジョナサン・ノット氏がマイクを握ると、先の大野氏が語った新潟でのラフマニノフの演奏の感想に同意し、「演奏者が作るのは音楽の円の半分。その円を完成させるのは観客が作る半円。私と東京交響楽団が歩む旅路に多くの観客がついてきてくれていることを感じる」「終演後に観客から『なんて素晴らしい経験をさせてくれたのだろう』と言ってきてくれる度に、『6年前に(東京交響楽団との)旅路を始めたときにやりたかった事がここにある』と強く感じる。」と、5年間積み重ねた実績への確信と来シーズンへの期待を語った。


来シーズンのラインナップを見ると、各公演に様々なテーマや意図が散りばめられ、その曲目の中には非常に挑戦的な作品も含まれている。特にノット氏が棒を執る公演には強い意図を感じる。
例えば5月の定期演奏会は彼の母国イギリスの作曲家・ブリテンのヴァイオリン協奏曲と、同時代を生きたショスタコーヴィチの交響曲。第二次世界大戦に翻弄された二人の作曲家にスポットを当て、彼らのメッセージを紐解く。

ミューザ川崎改修工事後初の7月定期では、『死』『人生』をテーマに、ワルツ王J.シュトラウスⅡの「芸術家の生涯」、イギリスの作曲家タリスの作品、合唱を伴う超難曲・リゲティ「レクイエム」、R.シュトラウス「死と変容」を並べ、様々な死生観・人生観を見つめ直す。

10月定期ではアイヴズ「答えのない質問」へのノット氏の『答え』としてシューベルト「未完成」を並べ、11月定期ではマーラーとマーラーを敬愛するベルクをプログラミング。
このように様々なテーマで様々な時代や国の作品をラインナップしているが、共通することは、それらの作品たちが組み合わせ次第で互いに影響し合い、過去と現代を繋ぎ、観客により強いメッセージ性を持つ可能性を示唆していることだろう。
ノット氏に続いて登壇した、プログラム編成にも大きく携わったという事務室長の辻氏は、来シーズンのプログラミングにインスピレーションを与えたものを2つ挙げた。ひとつは川崎市長の年始挨拶で語られた「川崎を発展させてきたのは破壊と再生。破壊は創造的な破壊でなければならない」という言葉、そしてもうひとつは辻氏が足を運んだある展覧会であるという。「『葛飾北斎とジャポニズム展』という展覧会で、北斎の影響を受けた画家を系統だてて並べ、どのように影響を与えてきたかを紹介していた。」「音楽にもこのような見せ方をやらなければならない」と、来シーズンラインナップの着想の基になったエピソードを語り、ノット氏のアイディアをより意味のあるものにした経緯を説明した。

東京交響楽団 2019/20年間プログラム


この日の最後には、音楽・動画配信サービスTSO MUSIC&VIDEO SUBSCRIPTIONのWEB公開が発表された。いわゆるファンサイトとして作られたこのサービスは、東京交響楽団のCD音源や動画が月額500円(税別)で観放題聞き放題となる他、通常はコンサート会場でのみの販売となっていた『東京交響楽団公式グッズ』の販売も行うとのこと。このようなサービスを国内の常設オーケストラが用いるのは初めての試みということで、ノット氏も「会場で経験した感動を追体験でき、まだ会場で聴いたことのない人たちにも我々を知ってもらえるいい機会になるだろう」と、サービス開始の意義を語った。
サイト公開となった11月6日時点では動画が2017年7月の定期演奏会の1本、録音が発売中のCDから5作品と記録音源1作品の計6本が公開されている。動画は2018年の公演動画の公開を予定しているそうだが、設立から70年を超える東京交響楽団の過去の名演の数々が公開される日もそう遠くないだろう。なお、動画はすべてオンラインでのストリーミング再生となるため、通信量などには注意されたい。音源はスマートフォン・タブレットのみダウンロード再生が可能。会見では動画の一部が再生されたが、かなりの高画質高音質。月額500円(税別)と会費も安価に設定されているため、登録されてみてはいかがだろうか。
TSO MUSIC&VIDEO SUBSCRIPTION古くからの伝統と新しい文化を融合させ、音楽監督ノット氏との共同作業で進化を続ける東京交響楽団。ホームグラウンドのミューザ川崎シンフォニーホールは年明けからの改装工事を経て、来年開館15周年を迎える。記念公演ではオーケストラ、合唱団、ソリストの総勢400名のプレイヤーによるシェーンベルクグレの歌がノット氏の指揮で演奏される。聴き所は、アマチュアでありながらノット氏を唸らせるほどの実力を有す「東響コーラス」の歌声だろう。彼らの行く旅路、次はどのような景色を我々に見せてくれるのだろうか。クラシック音楽のさらなる可能性を開拓する彼らに、ぜひ来年度もご注目されたい。

取材・構成:オペラ・エクスプレス編集部

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