オペラ・エクスプレス

The opera of today from Tokyo, the hottest opera city in the world

出色の好演。二期会の「三部作」を見て。

出色の好演。二期会の「三部作」を見て。

プッチーニの「三部作」。名前は聞きますしCDも持っています。しかしなかなか見る機会のなかった作品。東京二期会オペラ劇場が取り上げるというので、久しぶりに前もって予定を開けて観に行くことにしました。

ジャコモ・プッチーニにとって最後の作品であり、今年はこの三部作が完成し、初演されてからちょうど100周年という記念すべき年。(※プッチーニはこの後「トゥーランドット」を書いていますが、未完に終わっている)「この機会に」でしっかりこうした演目を取り上げる姿勢自体に、敬意を払いたい。そういう気さえ致します。どうしても上演されがちな演目、あまり上演されない演目というのが分かれるものです。そしてもっと言うと上演されない演目にはそれなりに理由があると思います。仕方ないのはそもそもオペラ自体が「しょぼめ」な場合。あまり上演されるだけの理由に乏しいものというのがあります。これは仕方ありません。しかし、案外多いのが、構成が贅沢すぎていいのはわかっているがやろうにもできない、というオペラです。(近年では新国立劇場こけら落としで上演された團伊玖磨の「建TAKERU」などもそのたぐい。とても素敵なアリアなどもあって機会があれば再演を期待したいが、おそらく難しいのではないか。)

この「三部作」もそんな作品なのかもしれません。ダンテの「神曲」を題材に、「外套」「修道女アンジェリカ」「ジャンニ・スキッキ」で構成される三本の短編オペラが連なって構成されます。もちろん、ものの本などを見れば種類の違う「死」がそれぞれ介在する、とか、いろいろなことが書かれていますが。要は大掛かり。一つ一つは規模が小さいものの、ものすごく大勢のキャストをそろえる必要がありますね。ですので、何かの記念に、というある種の口実が必要な演目だと思われます。

今回はそこで初演から100年。取り組むこと自体に価値がある。確かにそういう公演です。しかし日本でオペラといえば、を牽引してきた二期会がそこに甘んじるわけにはいかないでしょう。これを成功させねばならない。けれども、飽き飽きする瞬間がほとんどなく、例によって明け方まで原稿を書いて、一件打ち合わせを済ませて初台に赴いた小生であっても、睡魔がオペラパレスの怪人に勝って私の席までやってくることはついぞありませんでした。初めて観る演目。異例なほどにスキのない世界観が舞台に構成されていたと感じました。とても見ごたえのするプロダクション、もしかすると二期会の歴史に名を遺す公演ではないか、そう思うほどでした。

外套(9月7,9日組)より

外套(9月7,9日組)より

演出でしっかりと登場人物一人一人にキャラクターが与えられていました。いい演出は字幕にも勝ります。歌詞、言語がわからなくても、たちどころに目の前で起きていることがわかるものです。セリフも歌もないような人に至るまで、かなり深く役割分担がなされていました。そして無駄がない。そして、動きの裏に心情描写のようなものが綿密に盛り込まれていました。

また、個人的には、人間が生きていると避けられないことでもある「覆水盆に返らず」ということがうまく表現されていたと感じました。「外套」では水(酒も含めた液体)が盛大に撒かれ、かけあいます。「修道女アンジェリカ」では、衣服が脱ぎ散らかされます。しかもそれが洗濯されることで外套からのつながりを象徴的に残すようにも感じました。そして「ジャンニ・スキッキ」では遺言状を探して、戸棚を開け、中にある書類が躊躇なくあたりにばらまかれるわけです。これらは、人間の行為であり、一度行ったら、厳密には再び戻す、片付けるという行為をなさなければもとにはもどらないのです。これは運命であり、時間軸であり、人間の欲望が行為に移った時、避けて通れない定め、すなわち取り返しのつかないこと、なのではないでしょうか。そして、その究極的なテーマが「死」なのだということを丁寧に、濃密に表現していた演出のように感じ、巧いなあと思ったのでした。

修道女アンジェリカ(9月7,9日組)より

修道女アンジェリカ(9月7,9日組)より

数曲、圧倒的に有名な「ジャンニ・スキッキ」の「私のお父さん」を含めて、よく聞くメロディもありますが、基本的には、連綿としたアリアのオンパレードではなく、聴きごたえのする音楽と、しっかりとした台本。あとはそれをライブとして成功させるための、力量が演出とキャスト、そしてオーケストラに求められる。上演はすなわち「プッチーニの無茶ぶりに応えるということ」だといっても過言ではない。そんなオペラだと思いました。「修道女アンジェリカ」までは何とも暗いのです。しかし、「ジャンニ・スキッキ」でもやはり、死はテーマになるものの、遺産争奪を介しての喜劇に映る。そのふり幅さえなかなか生半可な描写では意味がないでしょう。で、ああいう構成だからつまるところ全体としては「喜劇」なのだと思います。

ジャンニ・スキッキ(9月7,9日組)より

ジャンニ・スキッキ(9月7,9日組)より

でも、浮足立って、陳腐なうちわネタで盛り上がるような喜劇の世界では無論ありません。たぶん、キャストもそれぞれの役と交錯するほどに入り込んでいたのではないでしょうか。

そして、実際に人を殺さないし、自ら命を絶ったりするものではないが、人生そんなものなのである。そして、またどんなにがめつく生きたとしても、その財産はこの世に置いていくしかなく、やがてはそうなるのだよ。さらりとそう思わせてくれる「三部作」なかなかの見ごたえでした。そしてこのテーマを、笑い飛ばし、悩み苦しむ人がいたとしたら一蹴すればよいと背中を押してくれるようなオペラへと昇華させることに成功していた、今回の「三部作」に何か励まされたような心地がしたのです。映画と同様、オペラも生きる糧になるんだよな。久しぶりに感じることができたのも、個人的には大きな収穫でした。

所見:2018年9月6日
文:中込健太郎(自動車ライター) / photo: Naoko Nagasawa

東京二期会オペラ劇場
〈三部作〉外套/修道女アンジェリカ/ジャンニ・スキッキ
2018年9月6日(木)
新国立劇場 オペラパレス

指揮:ベルトラン・ド・ビリー
演出:ダミアーノ・ミキエレット

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