オペラには「今、この人のこの役が聴きたい･･･」と思うタイミングがある。しかし、その思いが全てのキャストに共通してあてはまる公演に出くわすということは、そうそうあることではないだろう。そのような困難を毎年毎年実現してしまうのだから、佐渡裕芸術監督をはじめとする全ての劇場スタッフの熱意と努力には驚かされる。公演は、平日も含め全て昼の時間帯に開催され、チケットも完売に近いというのだから、これはもう驚異的としか言いようがないのではないか。

今年2023年の演目は、モーツァルト作曲「ドン・ジョヴァンニ」であった。上演は7月14日(金)～23日(日)までの間に8公演。ジョシュア・ホプキンズが題名役を演じる組と、大西宇宙が題名役の組のダブルキャストが組まれた。

演出を手掛けたデヴィッド・ニースは、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場などで豊富な経験を持ち、日本でも小澤征爾音楽塾オペラ・プロジェクトなどでも度々起用されている。佐渡裕芸術監督プロデュースオペラでは「コジ・ファン・トゥッテ」(2014)、「フィガロの結婚」(2017)でタッグを組んでいた。今回の演出は、やや保守的であると言えるかもしれないが、作品の持つ魅力を再認識するためのヒントとなるようなものが随所にちりばめられており好感が持てる。ロバート・パージオラによる装置と衣裳は、目を引くような煌びやかさよりは、洗練された美しさを語りかけるようなものであった。照明は高沢立生、振付に広崎うらん、それぞれ望みうるメンバーが名を連ねる。

音楽面を見ていこう。

佐渡の指揮は、往年の巨匠の演奏を彷彿とさせるようなゆっくりしたテンポで序曲が始まったように思う。音の密度がつまっていると表現した方が良いような印象だ。オーケストラは自身の監督のもとに創設された、兵庫芸術文化センター専属のオーケストラ「兵庫芸術文化センター管弦楽団」であった。チェンバロは森島英子。

歌手については、やはり題名役の大西宇宙が圧倒的な存在感を示し、ドン・ジョヴァンニ役のデビューとして最大の成功を収めたと言えよう。柔軟な声の表現力と明晰な歌唱に加え、舞台での立ち姿には色気と華やかさを感じさせる。一方、レポレッロ役の平野和は、役者としても通用するほどの演技力で、貴族の従者になり切る。この二人のかけあいの場面には、ユーモアに加えて、ある種の清々しささえも感じる。

高野百合絵はリリックな美しい声で、正統派のドンナ・アンナ役を丁寧に歌っていた。ドン・オッターヴィオ役の城宏憲の、しなやかな高音も魅力だ。

ドンナ・エルヴィーラ役に配役されていた池田香織がハイディ・ストーバーに変更になっていたが、急な変更を微塵も感じさせない歌唱は流石だ。

騎士長役の妻屋秀和は、少ない出番ながら、その重厚な美声で実力を示した。

小林沙羅のツェルリーナは、可憐さに加え、若い女性特有の強かさを絶妙に表現し、無骨なキャラクターのマゼット、森雅史を翻弄する。

合唱は、ひょうごプロデュースオペラ合唱団。合唱指揮を矢澤定明が受け持ち、歌唱と演技のバランスも良かった。

客席はほぼ埋まっており、終演後の長く続くカーテンコールに、非常に満足した聴衆の様子が見て取れた。(所見：2023年7月20日)

取材・文：オペラ･エクスプレス編集部　／　写真：長澤 直子

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2023
モーツァルト：歌劇 《ドン・ジョヴァンニ》
（全2幕/イタリア語上演・日本語字幕付/新制作）

2023.7/14（金）、7/15（土）、7/16（日）、7/17（月・祝）、7/19（水）、7/20（木）、7/22（土）、7/23（日）
各日14：00
兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール

演出：デヴィッド・ニース
指揮：佐渡裕
管弦楽：兵庫芸術文化センター管弦楽団
合唱：ひょうごプロデュースオペラ合唱団

出演
（◇＝7/14, 7/16, 7/19, 7/22　◆＝7/15, 7/17, 7/20, 7/23）
ドン・ジョヴァンニ：ジョシュア・ホプキンズ◇　大西宇宙◆
騎士長：ニコライ・エルスベア◇　妻屋秀和◆
ドンナ・アンナ：ミシェル・ブラッドリー◇　高野百合絵◆
ドン・オッターヴィオ：デヴィッド・ポルティーヨ◇　城宏憲◆
ドンナ・エルヴィーラ：ハイディ・ストーバー◇7/20,23　池田香織◆7/20,23出演なし
レポレッロ：ルカ・ピサローニ◇　平野和◆
マゼット：近藤圭◇　森雅史◆
ツェルリーナ：アレクサンドラ・オルチク◇　小林沙羅◆

問：芸術文化センターチケットオフィス0798-68-0255
https://www.gcenter-hyogo.jp/giovanni/