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【公演レポート】コロナ禍の制約を逆手に取る!─オペラdeミルフィーユの《コジ・ファン・トゥッテ》

【公演レポート】コロナ禍の制約を逆手に取る!─オペラdeミルフィーユの《コジ・ファン・トゥッテ》

今年2月に《コジ・ファン・トゥッテ》の上演で旗揚げ公演を開催した千葉県発のオペラ団体・オペラdeミルフィーユ。先日本誌でお届けしたリハーサル・レポートに続き、本公演の模様をレポートする。

会場を後にしながら抱いた、偽りない感想をまず記す。出口の見えない暗いトンネルのごときコロナ禍を吹き飛ばすような笑いに満ちた2時間半の劇空間だった!と同時に、オペラ観劇において、今回ほど新喜劇や漫才を観る時のようにゲラゲラと腹を抱えて笑った体験もこれまでなかった─勿論マスクをし、声のヴォリュームは控えめにした上ではあるけれど。オペラdeミルフィーユの旗揚げは日本のオペラ界に鮮烈な印象を叩きつけることに成功した。

演出・太田麻衣子のプランは、コロナ禍をドラマトゥルギーの中に組み入れて逆手に取るというもの。舞台は病院、それもSDS(Social Distancing Syndrome, ソーシャル・ディスタンス症候群)治療医院と置き換えられ、老哲学者ドン・アルフォンソはその医院の医師、青年士官と恋人達は患者といった役回りを務める。登場人物は皆白衣に身を包み、舞台上手で演奏するオーケストラと指揮者も同様の装いだ。SDS治療医院の患者達は、その名の通りソーシャル・ディスタンス確保に異様なまでに固執する「病」を抱えている。医師のドン・アルフォンソや看護師デスピーナが回診のために自分達のベッドに近づいてくるのも拒否してしまい、飛び回り逃げまどう。「若い男女2組がお互いの恋人の貞節を試すために画策したら両方心変わりしてしまった」という、よく考えればやや―否、かなり―無理のある設定が《コジ》の軸であるが、SDSをもう一つの大きな軸に据えることで、「恋人の交換」という設定の現実性の薄さを和らげることに成功していただろう。4人の若い男女は徐々に距離確保の壁を乗り越え、勇気を出して(文字通り)手を取り合い、幕切れではSDS完治を謳う。これまたよく考えれば、「恋人の交換」は男女の関係性においては中々の裏切り行為とも思えるが、ネタバラシを経て何事も無かったように互いが元の関係に戻るという、これまた強引な筋書きをこのオペラは有している。「SDS完治」の結末はその強引さを目立たなくすると同時に、濃厚接触が忌避され続けている現実世界が良い方向へ向かうことへの希望も託されている。

ピンク一色のデスピーナ(高橋愛梨)にお仕置きされるフェルランド(鷹野景輔)

そして、大山大輔が手掛ける台本・字幕も攻めに攻めていた。「ぴえん」「ぴっぴ」やら、最先端現代語頻発の舞台に若い聴衆が多く集まった客席がドカドカ沸くのだ。原語歌唱&日本語台詞のハイブリッド上演であり、かつレチタティーヴォ・セッコは言語の母音を重視した上で日本語で歌うという手法(詳細はリハーサル・レポートでのインタヴューを参照されたい)であり、字幕の内容や台詞といった演技以外の場面でも頻繁に笑いが起きていた。これはやはり、瞬間的に理解可能な母国語の強みであろう。オペレッタ並みの笑いの量だ。
大前提として、舞台上の音楽は真摯かつ豊かである。音楽への妥協なき取り組みがあり、かつ「遊び」も徹底しているからこその全体の充実だ。歌手陣は演技が全くクサくなく皆好演で、特に女声の素晴らしさが目覚ましい。「マジムリ~」「ウケる~」と堂々たるJKぶり(?!)のドラベッラ(高野百合絵)・フィオルディリージ(月村萌華)の艶やかな姉妹(幼めの台詞回しも、ハイティーンという元々の設定を考えれば納得が出来る)は重唱もアリアも魅力的だ。日生劇場《コジ》でもドラベッラで好評を博し、今回全く違った設定でも魅せた高野、25曲の大アリアをしなやかな歌で彩った月村。見事なコンビ芸だった。

次第にSDSを克服してゆく恋人2組。ドラベッラ(高野百合絵)とグリエルモ(澤地豪)

男声陣の振り回されぶりも愉しい。フェルランド(鷹野景輔)とグリエルモ(澤地豪)は舞台を這いずり回り、ベッドの上下で歌ったりと、とにかくよく動く。2幕、“A trarle il cor dal scellerato petto(あの邪悪な胸から心臓を引き裂いてやる)”と罵る歌での大胆な表情付けにはどきりとした。
また、患者の世話係の姿から度肝を抜く変貌で舞台を引っ掻き回すデスピーナ(高橋愛梨)、狂言回しかつツッコミ役として客席と舞台を繋ぐドン・アルフォンソ(大山大輔)、端役ならぬ「葉役」2人(この読替の背景を説明してくれる)も大活躍だ。山本音弥が指揮するピアノ+弦楽アンサンブルは歌手と緊密に連携し、フェルランドとグリエルモが「乾杯!」と歌う箇所では弦のピッツィカートにシャンパンの泡が弾けるようなニュアンスを与えるなど、細かな芸も光った。

この動きはあの有名な…。ドン・アルフォンソ(大山大輔)も大活躍

字幕や台詞の大胆さに、正統派オペラファンの中には眉を顰める向きもあるかもしれない。だが、少なくとも今回この舞台を観た人間は間違いなく《コジ》という作品が強烈に脳裏に刻まれたはずだし、次に古典的な演出を観ながら物語を思い出すのも容易なのではないか。そこから舞台設定の読み替えの幅を知り、何度も同じ演目を観比べる愉しさを知る人もいるかもしれない。そうした意味で、オペラdeミルフィーユはオペラ界の強力な「起爆剤」たり得るだろう。若く、強力なオペラカンパニーの旗揚げ成功を心から祝福したい!

なお上演は配信で6月30日まで楽しむことができるので、まだご覧になっていない方、もう一度楽しみたい方は是非こちらからチェックしていただきたい。抱腹絶倒のひとときが待っている。

写真提供:オペラdeミルフィーユ
取材・文:平岡 拓也
Reported by Takuya Hiraoka

【公演情報】
2021年2月27日(土)

オペラdeミルフィーユ
W.A.モーツァルト作曲《コジ・ファン・トゥッテ》
@J:COM浦安音楽ホールコンサートホール


指揮:山本音弥
演出:太田麻衣子
台本:大山大輔(原作ダ・ポンテ)
フィオルディリージ:月村萌華

ドラベッラ:高野百合絵
フェランド:鷹野景輔
グリエルモ:澤地豪
デスピーナ:高橋愛梨
ドン・アルフォンソ:大山大輔
葉役:山田健人、加藤隼
コレペティートル:佐藤響、齋藤美樹
音楽監督:松川智哉
舞台監督:八木清市

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