オペラ・エクスプレス

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次代に受け継がれるワーグナー演奏の精髄─「わ」の会コンサートvol.6

ワーグナー音楽のエッセンスを親しみやすく、されどその深遠さは妥協なく伝えてくれる「わ」の会のコンサート。第6回目となる今年はメンバー総出演、ゲスト歌手招聘、オーディションで選ばれたラインの乙女の登場と、かつてないほど盛り沢山の豪華版だ。その公演の模様を、抜粋された3つのオペラの順番に振り返ってみたい。

3人のフレッシュな乙女がアルベリヒを翻弄─《ラインの黄金》

水着姿のラインの乙女達とプール清掃員アルベリヒ

コンサートの開幕を告げたのは《ラインの黄金》第1場。巨大な4部作《ニーベルングの指環》のまさに冒頭を飾る場面である。世界の生成が2台ピアノ(木下志寿子&三澤志保)により4手で重厚に奏でられる中、ラインの乙女が軽やかに登場して戯れを始める。そこに地底の小人アルベリヒが現れてひと悶着―というのが本来の流れだが、今回の「わ」の会ヴァージョンはちょっとした読み替え版。ラインの乙女達(今野沙知恵、花房英里子、藤井麻美)はプールサイドで優雅にシャンパンを傾けながらくつろいでおり、ウェイター(菅康裕、黙役)を従えている。一方アルベリヒ(友清崇)はつなぎ服を着てデッキブラシを持ったプールの清掃員という趣だ。髭のメイクを施したアルベリヒは田中邦衛のようで筆者は思わず苦笑。プールを優雅に泳ぐ乙女達に翻弄される彼はやがてつなぎ服を脱ぎ捨て、追い回す。途中自分のデッキブラシでウェイターに頭をコテンとやられたりもし、演出の太田麻衣子は第1場がもつ戯画的な特徴を強調したのだと思われる。とはいえ音楽と無関係な要素が舞台を害するのではなく、歌の言葉と演出が一致しているので不快感はない。乙女3人が輝かしい黄金への讃美を斉唱する場面(Rheingold! Rheingold!)ではキラキラと金色に舞う照明が舞台を照らすし、ヴォークリンデが「愛を断念した者のみが黄金から指環を造ることが出来る(Nur wer der Minne Macht entsagt…)」と漏らしてしまう重要な場面では、神妙に佇む彼女一人にスポットが当てられるのだ。そしてアルベリヒは舞台奥にある黄金を奪い去ってしまう。去り際にニーベルング動機のリズムで高笑いをしていたのも工夫の一つであろう(《ジークフリート》第2幕でミーメを死に追いやるアルベリヒが同じリズムで笑う)。

ブリュンヒルデとヴォータンの鬼気迫る駆け引き、抱擁―《ワルキューレ》

ヴォータンに抱かれるブリュンヒルデ、タンホイザーを誘惑するヴェーヌスと全く違う2役を演じ分ける池田香織

《ラインの黄金》から次作《ワルキューレ》の間には大きな時間的隔たりがある─なにせヴォータンが地底へ向かい智の女神エルダを籠絡して産ませた子が成長しているわけだから─が、この問題は独特の方法で解決され、滑らかに《ワルキューレ》第3幕第3場へと接続された。舞台上方の字幕にてト書きの内容を抜粋説明し、それと連動してライトモティーフ(示導動機)を巧みに繋いだピアノ演奏を挿入するという方法だ。この城谷正博編の「間奏曲」は優れていて、《ワルキューレ》も短いながら前2幕の重要なモティーフが含まれている。この手法はワーグナーを隅々まで熟知した「わ」の会ならではのものであった。
この場面の聴きものは、なんと言っても池田香織のブリュンヒルデであった。「最も優れた英雄はあのヴェルズング族から生まれてくる(der weihlichste Held – ich weiss es – entblüht dem Wälsungenstamm.)」と確信を持って語り、父ヴォータンに背いてまで生かそうとしたジークムント、ひいては彼の子として次作で誕生する英雄ジークフリートがいかに重要であるかを父に説くブリュンヒルデ。ここで音楽はまだ姿を現さぬジークフリート動機を静かに奏でており、彼女の言葉を裏付けるのであるが─ここでの池田の„ich weiß“は、父の激情に慄く自らを鼓舞するような色をも帯びた。この言い方一つとっても、彼女が如何に深く音楽と言葉を読み込み、役を掘り下げているかが解るというものだ。「びわ湖ホールのブリュンヒルデ」はますます進化する。
そして、そんな娘の必死の説得に徐々に揺るがされていく主神ヴォータン(大塚博章)も威厳を保って最後まで歌い切った。やや時代がかってはいたものの、その声は高々と槍を掲げる終結でもよく伸びた。演出は《ラインの黄金》の造り込みに比べるとシンプルで、アルベリヒが強奪した黄金のヴェールが無くなったセットはそのままブリュンヒルデが平臥する寝床となる。ローゲの喚び出しでは、もちろん辺りを紅いライトが包み込む。こうしてブリュンヒルデは暫しの眠りについた。

二期会公演に先駆けて味わう名場面─《タンホイザー》

エリーザベトを見守るヴォルフラム、やつれ果てた姿のタンホイザー

後半の《タンホイザー》第3幕は、来年2月の二期会公演でも活躍する「わ」の会メンバーがその魅力をいち早く披露する場となった。ヴォルフラム(大沼徹)は冒頭から美しいドイツ語が際立ち、動きはほとんどないが充分な存在感を発揮。エリーザベトを見送った後の「夕星の歌」のしみじみとした情感も大沼ならではのものだろう。ここでは舞台後方に星がきらめく。
1人祈りを捧げるエリーザベト(小林厚子)はホールをいっぱいに充すヴォリューム感ある歌唱─しかも些かも押し付けがましくはない─が役と抜群の相性だ。是非全曲を期待したいと思ってしまうのは筆者だけではあるまい。別の機会で聴いた「歌の殿堂のアリア」も素晴らしかったのだ…。
そして下手側客席の方からよろよろと現れる、ぼろぼろの出立ちの男はハインリヒことタンホイザー(片寄純也)。以前の「わ」の会では彼の「ヴェーヌス讃歌」(第2幕)の輝かしさに魅了されたが、今回の悲痛な語りもまた力があった。絶望する彼を再び呼び戻そうと誘惑するのはヴェーヌス(池田香織)。前半《ワルキューレ》での深い慟哭とは全く異なる妖しさを湛えてタンホイザーを誘惑した。最後にはローマからの巡礼者一行(前半のキャストも衣装そのままで合唱に参加する)が「芽吹いた杖」を持ってやってくるわけだが、今宵は具体的な杖の描写の代わりに舞台後方に巨大な樹が出現する。これは元々くすのきホールにあった舞台機構をそのまま利用したものだ。序曲にも現れる有名な旋律に包まれ、音楽は高揚感のうちに閉じられる。

リハーサル・レポートでもお伝えした通り、2020年はあらゆる舞台芸術にとって苦難の年であり、その中でも大編成を要するワーグナー作品にとっては「受難」ともいえる程に実演機会が世界中で奪われた。「わ」の会とて、当初の計画(合唱を大々的に用いるはずだった)から大きく転換を強いられたが、苦境を乗り越えて充実した公演を実現させた全ての関係者に拍手を贈りたい。熟達の歌い手に加え、オーディションで選ばれたフレッシュな乙女達(次代のワーグナー上演での活躍に期待!)、重厚な指揮と色彩に富む4手ピアノ、ツボを押さえて作品の魅力を提示する演出と、非常に充実した一夜であった。細切れのアリア集のような形ではなく、ある程度まとまった場面をじっくりと味わわせてくれる「わ」の会の魅力は今年もいささかも減じてはいなかったのである。

カーテンコールの模様

取材・文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka

【公演データ】
2020年12月4日(金)19時開演
@調布市文化会館たづくり くすのきホール
「わ」の会コンサートvol.6 Befreiung:解放
(日本ワーグナー協会創立40周年記念事業)

¥7000 (学生¥5000)
指揮:城谷正博 
演出:太田麻衣子
ピアノ: 木下志寿子、三澤志保
字幕作成・解説:吉田真

ワーグナー:楽劇《ラインの黄金》第1場
ヴォークリンデ:今野沙知恵
ヴェルグンデ:花房英里子
フロスヒルデ:藤井麻美
アルベリヒ:友清崇
ウェイター:菅康裕(黙役)

ワーグナー:楽劇《ワルキューレ》第3幕 第3場より
ヴォータン:大塚博章
ブリュンヒルデ:池田香織
ワーグナー:歌劇《タンホイザー》第3幕より
タンホイザー:片寄純也
エリーザベト:小林厚子
ヴォルフラム:大沼徹
ヴェーヌス:池田香織
若い巡礼:今野沙知恵、花房英里子、藤井麻美
巡礼たち:友清崇、大塚博章、菅康裕、飯塚奈穂、木崎真紀子、菅原光希、玉崎真弓、宮城佐和子

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