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比類なき英雄の登場―びわ湖ホール《ジークフリート》

比類なき英雄の登場―びわ湖ホール《ジークフリート》

びわ湖ホールが新制作で贈る「ニーベルングの指環」がいよいよ後半2作へと突入した。先の「ラインの黄金」「ワルキューレ」と回を重ねる毎に熱い注目が注がれる「びわ湖リング」。前2作に引き続き、ミヒャエル・ハンペ(演出)とヘニング・フォン・ギールケ(美術・衣装)、沼尻竜典(びわ湖ホール芸術監督)と京都市交響楽団が「この劇場でしか観られない&聴けない」ワーグナーの世界を牽引した。「ジークフリート」からは新たなゲスト歌手も合流する。

これは筆者の私見であるが、「ジークフリート」は恐らくワーグナーの「指環」において最も高水準の上演達成の困難な作品ではなかろうか。
まず第一に、「ジークフリート」はリング4作の中で最も少ない歌手で構成されている。つまり単純に考えて、その分各歌手の負担がぐっと重くなるのだ。第二に、台詞の分量がリング中最多であること(上演時間は次作『神々の黄昏』の方が長いのに!)。第三に、外題役ジークフリートの難しさである。全曲を朗々と歌い続けた後、第3幕の途中から合流しフルパワーで歌うブリュンヒルデに対抗せねばならない。この「過大な要求」とでもいうべき役を歌い熟(こな)せる歌手は、世界を見回しても数えるほどであろう。

このように、上演に際して数々の困難を伴う「ジークフリート」であるが─「びわ湖リング」はこれらの障壁を如何にして乗り越えたのか。
まずはなんと言っても、百戦錬磨のクリスティアン・フランツを筆頭とした歌手陣であろう。ジークフリート役を歌い続けて実に21年というフランツが演じる英雄は、一面的でない感情の襞を見事な言葉捌きで体現していた。外題役の充実を得て初めて、「ジークフリート」─巨大な構造を有した、少年の一大成長譚─に血が通うのである。ノートゥングを再び鋳る第1幕の闊達な演技(水分補給さえ自然な演技に溶け込ませた!)、初めて女性を識る瞬間のDas ist kein Mann!(叫ばず、恐れと驚きを含んだ発声で歌われる)等々、作中の印象的な瞬間をこれ程情感深く聴かせられる歌手が他に居るだろうか。
ミーメのホフマンは端正でアクは少ないが充分立派で、第1幕の高音も安定。そして、フランツと互角に渡り合う「びわ湖リング」の邦人歌手陣にも改めて驚愕した。さすらい人(青山貴)とミーメの問答、ブリュンヒルデ(池田香織)とジークフリートの愛の語らい、いずれもどちらかが押し負けるという瞬間は微塵も無く、ドイツ語の美しさを湛えた見事な歌に惚れ惚れとした。「神々の黄昏」でも、クリスティアン・フランツと池田香織の愛の二重唱を耳にしたい。これは、熱望である。

上述した初日の歌手陣の充実と比較すると、2日目(3/3)は大きな差を感じたというのが正直なところだ。特にジークフリート(クリスティアン・フォイクト)の不発には、フランツの歌唱が如何に優れていたか、という事実を痛感してしまった。声量不足や言葉の不明瞭さ、演技と、全体的に明らかに物足りない。第3幕では、満を持して登場したブリュンヒルデ(ステファニー・ミュター)に完全に圧し負けていた。さすらい人(ユルゲン・リン)の舞台映えする容姿は魅力的だが、声の魅力や演技を含めると初日の青山貴に軍配を上げたい。
寧ろ2日目はミーメ(高橋淳)、アルベリヒ(大山大輔)、エルダ(八木寿子)らがそれぞれの声の持ち味を十全に活かし、物語に深みを与えていた事が嬉しい。そして、両日で小鳥を務めた吉川日奈子の清澄な歌が華を添えたことも記しておくべきだろう。

そして、長時間の上演を支えるオーケストラの美演も印象深い。ハープを収容するための特設2階建てピット(!)で臨んだ沼尻竜典×京都市交響楽団はやや体温が低いきらいこそあれ、常に水準を保って物語を紡ぐ。勿論、幕切れ筆頭に熱量を増す箇所もあった。振り返れば前2作よりも感銘は向上。初日に比して2日目は更に充実度を増し、特に金管群は筋肉質な鳴りを保ちつつ安定感が向上。第3幕の間奏曲で響くホルンの超高音もセクションで見事に突破していた。第1幕のスケルツォ的な音の躍動、2幕の清澄さ(木管が美しい!)等々、バランスが良いトゥッティも彼らの美点の一つだろう。欲を言えばモティーフ群はより意味深く響いてほしいが。

最後に、ミヒャエル・ハンペの演出にも触れておきたい。プログラム・ノートに彼が言葉を寄せている通り、「指環」は作品が進む毎に示導動機が劇的に増える。瞬間的には2つ、或いは3つのモティーフ群が同時に響く瞬間があるのだ。よって「ト書きと音楽の情報を丁寧に具現化」せんとする彼の試みは前回「ワルキューレ」以上に困難なものとなる。
その「挑戦」において、ハンペ率いる演出チームは今回も映像とセット、そして紗幕を効果的に用い、美しく達成していた。森、岩山、大蛇、あらゆる要素が写実的に現れる。第1幕でジークフリートが引っ張ってくる熊でさえ、役者を入れた実際の熊が登場するのだ!また各幕の冒頭箇所では鳥瞰の映像を用い、それが滑らかにズームした先で実際の舞台と合流するという手腕がしばしば用いられていた。映像と舞台の一致は実に洗練され、また前2作との整合性も取られており美しいが、それが感銘や驚嘆に必ずしも繋がらないのが舞台制作の難しい所だろう。その原因は、歌手の動きの少なさ、あまりにト書き通りに進みすぎ意外性を欠く点などにあるのかもしれない。ただ神話の世界を見事に劇場に現出させる手腕は健在で、世界が崩落する「神々の黄昏」も引き続き期待ができそうだ。

歌手・管弦楽・舞台と、あらゆる分野の力がオペラでは求められる─そして、ワーグナー「指環」ほどその「結集」がモノを言う作品も無いだろう。いよいよ2020年3月、「びわ湖リング」のヴァルハラは炎上し、この巨大な4部作は幕を閉じる。それを劇場で目撃するため、(筆者も含めた)多くの人々がびわ湖に通うことだろう。

文:平岡 拓也 Reported by Takuya Hiraoka
写真(3月2日組):長澤 直子 Photos by Naoko Nagasawa

びわ湖ホール プロデュースオペラ
ワーグナー作曲 ≪ニーベルングの指環≫
第2日ジークフリート(全3 幕 ドイツ語上演・日本語字幕付)

2018年3月2日(土)・3月3日(日)
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 大ホール

演出:ミヒャエル・ハンペ
美術・衣裳:ヘニング・フォン・ギールケ

3月2日
ジークフリート:クリスティアン・フランツ(テノール)
ミーメ:トルステン・ホフマン(テノール)
さすらい人:青山貴(バリトン)
アルベリヒ:町英和(バリトン)
ファフナー:伊藤貴之(バス)
エルダ:竹本節子(メゾ・ソプラノ)
ブリュンヒルデ:池田香織(メゾ・ソプラノ)

3月3日
ジークフリート:クリスティアン・フォイクト(テノール)
ミーメ:高橋淳(テノール)
さすらい人:ユルゲン・リン(バリトン)
アルベリヒ:大山大輔(バリトン)
ファフナー:斉木健詞(バス)
エルダ:八木寿子(メゾ・ソプラノ)
ブリュンヒルデ:ステファニー・ミュター(メゾ・ソプラノ)

両日
森の小鳥:吉川日奈子(ソプラノ)

管弦楽:京都市交響楽団
コンサートマスター:ハルトムート・シル

指揮:沼尻竜典

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