オペラ・エクスプレス

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吹き抜ける微かな風の気配—サーリアホのオペラ「Only the Sound Remains ー余韻ー」

吹き抜ける微かな風の気配—サーリアホのオペラ「Only the Sound Remains ー余韻ー」

最後の音が劇場の空気に同化して消えて行くその瞬間、微かな風が私の傍らを吹き抜けて行くような気配を感じた。6月6日に東京文化会館で上演された、カイヤ・サーリアホのオペラ「Only the Sound Remains ー余韻ー」でのことだ。まさにそのタイトル通りの世界が目の前に立ち現れ、私たちの心に特別な音色を幾つも残してくれた。

東京文化会館の舞台芸術創造事業は、実験的な舞台芸術作品を、毎年創造・発信していて目が離せない。開館60年にあたる本年(2021)のこの作品は、ヴェネツィア・ビエンナーレ、カタルーニャ音楽堂との国際共同制作だ。

オペラは第一部と第二部に分かれており、それぞれが能の『経正』と『羽衣』を原作としている。(翻訳・編作:エズラ・パウンド、アーネスト・フェノロサ)言い換えれば、能のオペラ化ということになるだろうか。とはいえ「西洋から見た能はこうだ」というようなものでは決してなかった。オペラという様式で能の主題を、能の持つ特徴や精神を用いて表現しているように感じた。能は、究極にそぎ落とされた簡素な動きで物語が進む。登場人物はシテ(主役)と、それに対峙するワキ。そのような能における要素を用いて、オペラという様式で、サーリアホによって語られたというような印象を受けた。

今回のオペラのソリストは、カウンターテナー(ミハウ・スワヴェツキ)とバス・バリトン(ブライアン・マリー)の2名だ。そこにダンスの森山開次が加わる。コーラスも各パート1名ずつ(ソプラノ:渡邊仁美、アルト:北村典子、テノール:長谷川公、バス:山本竜介)のミニマムな構成だ。器楽の編成は、第1ヴァイオリン(成田達輝)、第2ヴァイオリン(瀧村依里)、ヴィオラ(原裕子)、チェロ(笹沼樹)の他、カンテレ(エイヤ・カンカーンランタ)とフルート(カミラ・ホイテンガ)と打楽器(神戸光徳)のみ。各楽器1名ずつだ。

特筆すべきことは、客席のあちこちの角に配置された、スピーカーの数々。二階席の正面は、それらを制御する機材やスタッフで埋め尽くされた。(音響:クリストフ・レブレトン、音響エンジニア:ティモ・クルキカンガス)エレクトロニクスを効果的に使い、長いエコーが付加されたり、音量を変化させたりしているように聴こえた。会場のどの位置に座るかでも、かなり異なる印象になったのではないだろうか。

第1部: Always Strong

第1部の「経正」は、琵琶の名手だった経正を弔う行慶のもとに、亡霊となった経正が現れるというもの。写真とともに見て行こう。
(※写真は本番とは別日に行われたゲネプロから。本番とは一部異なります。)

舞台装置は巨大な障子のようなスクリーン。ここに写し出される影には、亡霊の気配が強く感じられる。(演出:アレクシ・バリエール)

Only the Sound Remains ー余韻ー

経正(ミハウ・スワヴェツキ)の繊細な歌唱にダンス(森山開次)が融合し、特別な雰囲気を醸し出す。

「青山」を奏でた経正の亡霊は、憤りから修羅の姿と化す。それを恥じて自ら姿を消すラストでは、 オケピットの中で歌っていたコーラスが、舞台上に姿を現す。


第2部: Feather Mantle

そして第2部。苦悩や葛藤が描かれていた「経正」とは対照をなすような内容の「羽衣」。
「羽衣」は、羽衣伝説をもとにしている。こちらも写真とともに見て行こう。
(※写真は本番とは別日に行われたゲネプロから。本番とは一部異なります。)

舞台には巨大な「障子」。第一幕にあった袖の部分が無く、開放的だ。村人を演じるコーラスは、冒頭は舞台上にいる。

カウンターテナーの神秘に満ちた美しい響きは、まさに天界から降りて来た美女を思い起こさせる。ここでは、カウンタテナーとダンサーが二人で一体となり表現、性別を超越した存在感を示す。

天女の衣は形としては登場しない。舞に感銘を受けた白龍(ブライアン・マリー)のさまは、実に人間的でユーモラスにも見える。

極限に抑えられた動きの中に、跳躍や旋回を巧みに取り入れたダンス。

総じて高次元で、異なる文化や表現を融合させることを試みた上演だったのではないか。
2人のソリストと卓越したアンサンブル、そしてダンス。弦楽器と打楽器にフィンランドの民族楽器カンテレと能の笛の質感を思わせるところがあるフルート。指揮は、カイヤ・サーリアホ作品のスペシャリストとして、彼女の多くの作品を手掛ける、クレマン・マオ・タカス。

カーテンコールの最後、会場にいたサーリアホご本人にスポットライトが当たる。客席から立ち上がり挨拶をする様子が、天から降り立ったイメージと重なる。赤いショールを纏い、何度も何度も振り返りながら客席を後にして行く姿に、惜しみない拍手が続いた。

取材・写真:長澤直子

東京文化会館 舞台芸術創造事業〈国際共同制作〉
オペラ『Only the Sound Remains -余韻-』
(日本初演・新制作)〔全2部/原語(英語)上演 ・日本語字幕付〕

2021年6月6日(日)15:00開演(14:15開場)
東京文化会館 大ホール

原作:
第1部 能「経正」 第2部 能「羽衣」

作曲:カイヤ・サーリアホ

翻訳・編作:エズラ・パウンド、アーネスト・フェノロサ

指揮:クレマン・マオ・タカス
演出:アレクシ・バリエール
振付:森山開次

美術・衣裳:アレクシ・バリエール、エティエンヌ・エクスブライア
映像:アレクシ・バリエール
照明:エティエンヌ・エクスブライア
音響:クリストフ・レブレトン
舞台監督:山田ゆか(ザ・スタッフ)
音響エンジニア:ティモ・クルキカンガス
ビデオエンジニア:ジャン=バティスト・バリエール

出演
第1部: Always Strong
経正:ミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)
行慶:ブライアン・マリー(バス・バリトン)
ダンス:森山開次

第2部: Feather Mantle
天女:ミハウ・スワヴェツキ(カウンターテナー)
白龍:ブライアン・マリー(バス・バリトン)
ダンス:森山開次

第1ヴァイオリン:成田達輝
第2ヴァイオリン:瀧村依里
ヴィオラ:原裕子
チェロ:笹沼樹
カンテレ:エイヤ・カンカーンランタ
フルート:カミラ・ホイテンガ
打楽器:神戸光徳

コーラス:新国立劇場合唱団
・ソプラノ:渡邊仁美
・アルト:北村典子
・テノール:長谷川公
・バス:山本竜介

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