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観客の傍で紡がれる、摩訶不思議な物語―東京春祭for Kids 子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》

観客の傍で紡がれる、摩訶不思議な物語―東京春祭for Kids 子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》

東京・上野を中心に1ヶ月間開催されている東京・春・音楽祭。

今回は、

東京春祭for Kids
子どものためのワーグナー《さまよえるオランダ人》

5回公演の内の4回目、3月24日(日)11時開演の回にお邪魔してきました。


会場は三井住友銀行東館ライジングスクエア内の広いフロアの一角で、床はカーペット敷きで天井が高く、ちょっとしたミュージアムのような雰囲気です。

客席の代わりに雛段が設置され、観客はそこに腰かけて観賞します。

対面側には左からボートと桟橋のようなセット/仕切りの壁に囲まれた簡易的なつくりのステージ/オーケストラと、壁に沿うように横長に配置されており、観客席との距離はわずか数メートルです。

公演のコンセプトが子ども向けオペラですので、観客の大半は親子連れが占めており、お子さんの年齢層は小学校低学年くらいでしょうか。

配布されたプログラムには、子どもが読みやすそうな平仮名が多めの丸っこいテキストで、登場人物の説明や物語のあらすじ、オーケストラの楽器の名称とイラストが載せてありました。

ワーグナーのオペラの中では比較的初心者向けとされている「さまよえるオランダ人」ですが、1時間という短時間の公演でどのようにまとめられているのか、わくわくしながら開演を待ちます。

現代風のアレンジとクスッと笑えるユーモラスな演出

やがて会場が暗くなり、オーケストラ(管弦楽:東京春祭特別オーケストラ)が序曲を奏で始めました。(指揮:ダニエル・ガイス)

広大な海の風景、荒々しい波を想起させるメロディーです。

ホールのような音響設備のないこの場所で、しかも至近距離での演奏でしたが、オーケストラの編成を小規模にしていることもあり、そのサウンドは驚くほどバランス良く美しい響きをもって届いてきます。

やがてオーボエが穏やかなテーマを演奏しはじめると、ステージに照明が灯り、そこにはヒロインのゼンタ(田崎尚美)が…

寝そべってテレビを見ていました。

ちょっと衝撃的な光景です。

服装もシンプルなワンピースに白いスニーカー。完全に現代の、それも庶民の普段着です。
ゼンタが食い入るように見ているテレビには海や船、さまよえるオランダ人の舞台とおぼしき映像(こちらは本格的な雰囲気のもの)が映っていて、傍らには同じく船の描かれた本が置いてあります。

芸が細かい。近距離の観賞でこそ生きる工夫ですね。

ヒロインと一緒にテレビを眺めていると、右手側から自転車に乗った女性が登場。
オーケストラの前をすいーっと横切り、自転車を抱えて舞台によじ登ります。

女性はシンプルな黒いワンピースに、ぺらっとしたコートのお母さんチックなスタイル。こちらは乳母のマリー(金子美香)です。

マリーはステージの端に立てかけられている何かを忌々しげに見ています。

?なんだろう、あれ…良く見ると男性の等身大パネルです。
オランダ人役の友清崇さんその人が、天使のような翼を生やして微笑んでいます。

「さまよえるオランダ人」では、ヒロインのゼンタが伝説の呪われた船乗りであるオランダ人に憧れて、本来は肖像画を飾っているのですが、今回このパネルがその役目を担っているようです。

ちょっとアイドルの追っかけみたいですが、よく考えると元の設定も同じようなものでした。


さて、序曲が終わり、向かって左端のボートのセットにて、船上でのやりとりから物語がスタートです。

ノルウェー船の船長であるゼンタの父親、ダーラント(斉木健詞)と舵手(菅野敦)が歌い始めます。

字幕なしのドイツ語上演なので、知らない人は歌詞の意味がさっぱり分からないと思うのですが、至近距離で聴くテノールとバスの美声に観客はくぎ付けでした。

そしてボートの上で覆いをかぶって隠れていた主役のオランダ人が登場です。
やっぱりあの等身大パネルの方でした。

ダーラントはツータックのスーツに黄色いラインの入ったスラックスの海員制服、オランダ人は白シャツに黒いズボンと、男性陣も皆、現代風に衣装を揃えてあります。

歌はドイツ語ですが、間の会話劇はやさしい日本語でされており、ストーリーを一応追いかけることができました。

ここで印象的だったのが、オランダ人がダーラントに、世界中から集めた宝と引き換えに娘と結婚させてほしいと交渉する場面です。

オランダ人は、真実の愛を得るまでは海をさまよい続けなくてはいけないという呪いを受けています。

寓話のような設定ですが、何しろ衣装や舞台セットが現代風にアレンジされているので、宝を一目見て娘の結婚を即決したダーラントの悪い父親っぷりが妙に現実感を持って際立っていました(ゼンタはオランダ人に心底憧れていたので、結果オーライではあります)。

娘さんをつれて観劇に来たお客さんの心中が案じられます…

美しいソプラノの歌声、シンプルかつ機能的な小道具の存在

場面は変わり、再びステージ上にいるゼンタとマリーが会話を交わします。

このあたりから日本語での会話劇が増え、観客は物語に徐々に引きこまれて行きました。

「マリーが歌ってくれないなら、私が歌うわ」
と、ゼンタが歌い始めます。有名な「ゼンタのバラード」です。

つい先ほどまで乳母とテレビのリモコンの取り合いをしていたゼンタが、やおらヨーホーと美しい声を発したので、子どもたちは驚いている様子でした。

呪われた船乗りの伝説を勇ましく歌い上げるこのバラード、コンサートホールではあり得ない近距離で聴くのは至福の時間です。
高音を歌う声に耳がキーンとしたりしません。迫力を保ちつつも柔らかく届いてきます。

さて、ここでニューキャラクターが登場しました。
ゼンタに思いを寄せる青年、エリック(高橋淳)です。

ふたりはちょっといい雰囲気なのですが、伝説のオランダ人の話になるとゼンタは憧れの気持ちを隠す事ができません。
苛立つ彼は例の等身大パネルをがんと殴りつけます。

この小道具が、一連の劇の中で案外重要な存在となっています。

例えばゼンタはパネルのオランダ人の顔を愛しげに撫でますし、マリーは自分が着ていたコートをパネルの頭にぞんざいにかぶせてしまい、ゼンタと険悪になります。

真っ白な翼を生やしたオランダ人の等身大パネルを、登場人物がどう扱うか、またパネルをめぐってお互いにどのようなアクションを起こすかで、相関関係が分かるようになっているのです。

少ない日本語での会話やドイツ語の対訳がないことを、この一枚のパネルが見事に補っています。

演出のカタリーナ・ワーグナーさんの、さすがの手腕といったところです。

至近距離で紡がれる物語に夢中になる

物語は進み、ダーラント船長に連れられたオランダ人がステージに上り、いよいよゼンタとの邂逅を果たしました。
一目でゼンタは恋に落ちます。

金塊を片手に早くもお祝いモードなダーラントを部屋から閉め出し(ここの演出も面白かった)、オランダ人とゼンタは二人きりでお互いの気持ちを確かめ合います。

ステージから追い出されていた父が、舵手を伴い浮かれて戻ってきました。

手には「けっこんおめでとう」のカラフルなガーラントにお酒、相変わらず金塊。うきうき踊りながら部屋を飾りつけるダーラントは、その演技も子ども向けにとてもコミカルです。


結婚祝いが終わり、一人のゼンタを訪ねて、エリックが再びステージに上がりました。
二人の結婚を知って焦ったエリックはゼンタに詰め寄ります。

仕方のない流れだけれど、ゼンタもちょっと思わせぶりだったよね、と女子トークのような感想が湧くのは、エリックがチェック柄のシャツというカジュアルな姿だからでしょうか。

二人の会話を陰で聞いていたオランダ人が、裏切られたと早合点して海へ去ってしまいました。

本来の話ではオランダ人は出航してしまうのですが、ここではボートの上に戻り、初登場まで隠れていたシートをかぶって再び身を隠します。
拗ねてふて寝しているようにも見えるのがちょっとかわいいです。

ゼンタはオランダ人に、自身の愛を証明するために海に飛び込みますが、ここでは海のセットは用意されていないので、ステージから意を決した様子で飛び降りてオランダ人の元へ駆け寄り、手を差し伸べるラストシーンとなりました。

観劇を終えて

一時間という短い時間と簡素な舞台装置でお話の主な部分をかいつまんでの上演でしたが、演者の実力とオリジナリティ溢れる演出の妙、そしてオーケストラの美しい演奏で、ワーグナーの魅力を小さな舞台に見事に再現しています。
大人も子どもも楽しめる、とても見ごたえのある内容になっていました。

もともと奇天烈な物語ですが、小道具や衣装が現代日本風なこともあり、日常の中で見た奇妙な夢のような、なんとも不思議な印象が胸に残りました。

取材・文:オペラ・エクスプレス編集部

東京春祭 for Kids
子どものためのワーグナー 《さまよえるオランダ人》
(バイロイト音楽祭提携公演)

■日時・会場
2019/3/21 [木・祝] 14:00開演(13:30 開場)[約60分]
2019/3/23 [土] 11:00開演(10:30 開場)/14:00開演(13:30 開場)[各回約60分]
2019/3/24 [日] 11:00開演(10:30 開場)/14:00開演(13:30 開場)[各回約60分]
三井住友銀行 東館 ライジング・スクエア 1階 アース・ガーデン

■出演
指揮:ダニエル・ガイス

オランダ人:友清 崇
ダーラント:斉木健詞
ゼンタ:田崎尚美
エリック:高橋淳
マリー:金子美香
舵手:菅野敦

管弦楽:東京春祭特別オーケストラ
音楽コーチ:ユリア・オクルアシビリ

監修:カタリーナ・ワーグナー
   ダニエル・ウェーバー
   ドロシア・ベッカー
編曲:マルコ・ズドラレク
演出:カタリーナ・ワーグナー
美術:Spring Festival in Tokyo
照明:ピーター・ユネス
衣装:Spring Festival in Tokyo
   (オリジナル版<2016 / バイロイト>:イナ・クロンプハルト)
プロジェクト・マネジメント:マルクス・ラッチュ
芸術監督:カタリーナ・ワーグナー

■曲目
ワーグナー:歌劇《さまよえるオランダ人》 (抜粋)

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