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磨き抜かれた声・オペラの魅力を伝えるための一枚—「イル・クオーレ Il cuore」木下美穂子(ソプラノ)インタビュー

磨き抜かれた声・オペラの魅力を伝えるための一枚—「イル・クオーレ Il cuore」木下美穂子(ソプラノ)インタビュー

アメリカで活躍するソプラノ歌手、木下美穂子さん。昨年11月にはオクタヴィア・レコードから待望のデビュー・アルバムが発売されました。今年1月11日(月・祝)にはロームシアター京都のオープニング公演で《フィデリオ》レオノーレ役を歌い、来年2017年2月には東京二期会《トスカ》公演にも主演します。
Mihoko Kinoshita SOPRANO Official Website

アルバムのタイトルは「イル・クオーレ Il cuore」。イタリア語で「心」です。暖かみのある声が豊かに響き、スケールの大きい歌唱でオペラ・アリアの名曲が披露されます。ピアノ(平塚洋子)も歌にぴったりと寄り添う演奏。CDのブックレットには演出家の栗山昌良氏からの「木下美穂子さんのこと」という一文があり、彼女の得意とする《蝶々夫人》役を共に作り上げた喜びが記されています。

《フィデリオ》他のご出演のために帰国中の木下さんにお話を聴きました。


Q: ファースト・アルバムの発売おめでとうございます。まさにオペラの魅力を伝えるための一枚、という感じです。磨き抜かれた声と、舞台が目に浮かぶような歌唱が素晴らしかったです。

A: どうもありがとうございます。ソロアルバムは念願でしたので、このCDを出す事が出来て嬉しいです。

Q: オペラの舞台に立つためにまずはイタリアに、そして現在はアメリカに在住ということですが。

A: 母親が音楽大学で声楽を学んだ事もあり、子どもの頃からオペラ歌手になりたいと夢見ていました。でも声を作っていく、という作業は本当に時間がかかるんです。2001年にいくつかのコンクールで賞を頂き、そのタイミングでイタリアに行って2007年までローマに住んでいました。最初はもちろんレッスン、レッスンで声を磨いて。

Q: イタリア人の先生につかれたんですね?

MihokoKinoshita2A: そうです。私は割と早い時点で名ソプラノのレナータ・スコットに出会う事が出来たんです。可愛がって頂きました。出会いはローマでしたがスコットは基盤をアメリカに置いていましたから、イタリアにいる時からアメリカは身近な感じではありました。それで、イタリアのヴェルディの声国際コンクールで賞を取った時に、さあ、もう歌いだそう、と考えて、イタリアはなかなかチャンスがありませんでしたからドイツなども視野に入れていたんです。

その時に、たまたまアメリカに勉強に行きました所、コンクールのお話があり、あなたは無名だから受けてみたら、と言われて一位を取り、それでエージェントがついてアメリカでの活動が始まりました。

Q: 実際に歌い始めてアメリカのオペラ界、音楽界はいかがでしたか?ヨーロッパは保守的な印象がありますが、アメリカはまた違うと思います。

A: アメリカはもっと多様です。そしてよりショー的な部分が重視されます。いかに魅せるか、ということですね。イタリアにいた時にはとにかく声、声、声という感じでしたが、アメリカに行くとやはり総合的な、お芝居や、表現の仕方、そしてイタリア語以外の様々なレパートリーを歌うとか、そういう大変さがあります。その中で試行錯誤しながらやっています。まだまだアメリカはこうですよ、と言える程ではありませんが。

Q: 素晴らしいキャリアを築いていらっしゃると思います。それで木下さんのお声はソプラノ・リリコ、叙情的な役柄に適した、いわゆるオペラの一番素晴らしいアリアが目白押し、という歌う曲を選ぶのに困ってしまうお声ですね。

A: そうですね。でも、ある意味、お仕事をする上では激戦区なんです。皆やはりそこに集中してきますから。その一方では、おっしゃる通り、こんなに素敵な曲をどうもありがとう、という曲がたくさんあります。今回のCDも、歌いたい曲が色々ありましたが、全体の構成を考えて、それから今、私が皆さんにお聴かせしたい曲を選んでこのCDが出来上がりました。

Q: 木下さんが普段、舞台でよく歌われている曲と、舞台ではまだこれから歌う、という曲があると思います。

A: 一曲目の《トスカ》は来年2月に東京二期会で歌います。トスカ役はまだどこでも歌った事がありません。もし10年くらい前にオファーが来ていたら多分無理だったと思うんです。それが今のタイミングで、こういう風にお話をいただけたというのは、本当に歌手冥利に尽きるというか、嬉しい事です。

Q: ローマに長く住んでいらっしゃったので思い入れもありますか?

A: そうなんです!いつも通っていた場所や、知っている場所が出てきますから。例えばトスカがローマから逃げようとして「チヴィタヴェッキア」を通って行く、と言いますが、電車で通るたびにいつも「あ、ここが《トスカ》の」って思っていました。

Q: 同じプッチーニでも《蝶々夫人》は日本を含めて数多く歌っていらっしゃいます。

A: 外国で《蝶々夫人》を歌うことは、最初はあまり好きではなかったんです。日本人だから蝶々夫人でいいよ、というニュアンスでキャスティングされるのは本意ではない、と思っていた時期もありました。私を選んで歌わせる、それが日本人がそこで歌っているだけ、というのは嫌でしたし。それにお客さんにとっては私が歌うと、所作も含めて、それが正しい蝶々さんになってしまうんです。

でも《蝶々夫人》を演出家の栗山先生と三回させていただいて、もう私もなかなか成長しなくて先生も大変だったと思うんですけれども(笑)、きちっとしたものを一度自分の中に入れて、それでやっと、アメリカや外国で、私の《蝶々夫人》を見せたい、と思いました。

蝶々さんは、全然ひよわな女性ではありません。ものすごく強くてしなやかで、例えばトスカとは性格も全然違いますけれども、やはり同じ位の素晴らしい女性だと思うんです。そういうものを音楽の中で、そして演技としても表現したいな、とやっています。ですから思い入れは強いです。すでに50回くらいこの役を歌っていますが、毎回新しいし、ルーティーンになることはありえないです。大切な役です。

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Q: プッチーニはやはり凄い作曲家ですね。台本の心理的な表現もよくこんな事が解るな、と思う点が多いですけれど。

A: 素晴らしいですよね。言葉の選択、一つ一つが。イタリア・オペラは言葉が全てを物語っているというか、その言葉に対する音楽、なんですよね。その二つの一致が特にプッチーニはたまらないです。だからこれだけ世界中で愛されているんだと思います。私は「マノン・レスコー」もゆくゆくは歌いたいのですけれども…考えただけで泣けてしまいます(笑)。言葉と音楽の密接さが素晴らし過ぎます。

Q: このアルバムの中で他にまだ歌った事が無い役は?

A: 《ノルマ》や《ラ・ロンディネ》などはオペラに出演した事は無いです。ノルマは今後、ぜひ歌いたい役なんです。日本では上演が少ないと思いますが、日本だけではなくてもどこかでチャンスがあったら… これはレナータ・スコットと勉強した曲なんです。「いつか美穂子、ノルマを歌ってね」と言われたので。二年ぐらい前に取り組んで、一度寝かせて、今回レコーディングの機会に、やってみよう、と思って入れた曲です。《ラ・ロンディネ》は海外ではコンサートなどで歌っていますが、とても魅力的な曲ですし、日本ではもう少し軽めの声質の方が歌っているイメージがありますが、また違う表現で、と思って歌ってみました。

Q: 《オテロ》や《イル・トロヴァトーレ》は舞台でも歌っていらっしゃいますね。その他にもボーイト《メフィストーフェレ》、カタラーニ《ラ・ワリー》などイタリア・オペラの魅力を知らしめる曲が入っています。それに加えて、ドヴォルザークの《ルサルカ》そして最後の二曲が宗教曲で、特に最後のロイド=ウェッバーの《レクイエム》からの曲が大変良い曲で感動しました。

MihokoKinoshita1A: ヴェルディは歌わせてもらえるならいつでも歌いたい作曲家です。《ドン・カルロ》や、あと少し先には《アイーダ》も歌いたいですね。《ルサルカ》はもう、曲が好きで。いい曲ですよね?無条件に曲が良くて、大好きなのでコンサートでもよく歌っています。

最後の二曲は、オペラ・アリア以外の物も入れたい、という事と、最近の世界の状況が不安定な中で、何かオペラ・アリアでは表現出来ない気持ちを伝えたい、と思って選んだ曲です。誰かを慰めるとか、そんな大げさな事は思っていませんが、ただ心を込めて、祈りを込めて何か歌いたいと思って、今回こういうプログラムにしました。最後のウェッバーはやっぱり美しい曲ですし…

Q: 録音を重ねてお一人で二重唱になっているのも面白かったです。

A: そうなんです。これはCDならでは、というライヴでは絶対出来ない事を今回の試みとしてやってみようかなと思ってこの曲を入れました。

Q: ロームシアター京都のベートーヴェン《フィデリオ》ではドイツ語のオペラに挑戦ですね。

A: これは指揮の下野竜也さんからお話をいただきました。アメリカに移住してからスペイン物を歌ったり、アメリカの新作オペラを歌ったりして、やはりイタリア・オペラだけではない幅になってきています。ドイツ物を歌って欲しい、と言われることも多いので、そろそろ歌いたい、と思っていた時期だったのです。

Q: 指揮の下野さんとはこれまで共演なさっているんですか?

A: ヴェルディの《レクイエム》を一回、それからベートーヴェンの《第九》を何回か一緒にさせて頂いています。下野さんと私は、郷土が一緒なんです。鹿児島出身で。それに多分、世代も近いのではないかと思います。お互い年齢は言わないんですけれども(笑)。ですから気持ち的に近い気がしています。

Q: 熱いテンペラメントが似ていらっしゃるのかもしれないですね。今日はどうもありがとうございました。今後のますますのご活躍をお祈り申し上げます。

インタビュー・文:井内美香 / photo: Naoko Nagasawa


アルバム情報
イル・クオーレ
木下美穂子(ソプラノ)

平塚洋子(ピアノ)
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プッチーニ:歌に生き、恋に生き(歌劇「トスカ」より)
ベッリーニ:清らかな女神よ~貴方の美しく誠実な心が(歌劇「ノルマ」より)
プッチーニ:なんと美しい夢(ドレッタの夢)(歌劇「つなめ」より)
ヴェルディ:アヴェ・マリア(歌劇「オテロ」より)
ボーイト:ある夜、暗い海に(歌劇「メフィストーフェレ」より)
ドヴォルザーク:月に寄せる歌(歌劇「ルサルカ」より)
ヴェルディ:静かな夜(歌劇「イル・トロヴァトーレ」より)
カタラーニ:さようなら、ふるさとの家よ(歌劇「ラ・ワリー」より)
プッチーニ:ある晴れた日に(歌劇「蝶々夫人」より)
モーツァルト:キリエ(ミサ曲ハ短調K.427より)
[※友利あつ子(ソプラノ)竹本あづみ(アルト)半田爾(テノール)杉谷直信(バス)]
アンドリュー・ロイド・ウェッバー:ピエ・イエズ(「レクイエム」(1985)より)

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