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孤独な青年僧が金閣寺に火を放った理由とは?「美」は無言の圧力—神奈川県民ホール開館40周年記念 オペラ《金閣寺》公演レポート

黛敏郎作曲のオペラ《金閣寺》を観てきました!三島由紀夫の小説を原作に、ベルリン・ドイツ・オペラで1976年に世界初演された作品です。海外の歌劇場が日本の作曲家に委嘱した最初のオペラだそうです。歌詞はドイツ語。今回は神奈川県民ホール開館40周年記念としての上演でした。

クラウス・H・ヘンネベルクによる台本は、合唱団がギリシャ悲劇のコロスのような役割を持って状況や主人公 溝口の心理を語り、それに溝口のモノローグが対峙されます。そしてその合間に原作の様々なエピソードが回想シーンのように挿入されるのです。20世紀後半の日本を代表する作曲家の一人、黛の音楽は仏教の声明に基づくお経コーラスや、金管やパーカッションを多用した巨大なオーケストラが圧巻でした。

このオペラには、三島由紀夫のあまりにも有名な原作からいくつか変更された点があります。もっとも大きな変更は溝口の身体的な問題が吃音から片腕の不具になっていること。今回、演出の田尾下哲は、この変更とオペラの中で柏木が溝口に尺八を贈るエピソードの整合性を見出せなかったという理由で尺八に関する場面をカットしました。またこのオペラは全三幕で作曲されていますが、今回は溝口が、米兵と一緒に金閣寺を訪れた娼婦の腹を踏む場面(本来は第二幕第二景)で第一部を終えて、休憩を挟んでその後を第二部として上演しました。

田尾下の演出の中心となったのは、神奈川県民ホールの大きな舞台にそびえ立った金閣寺の立体的な建造物です。静かに佇むその姿は、物言わぬ金閣寺がいかに溝口を支配していたかを如実に表していました。舞台は黒を基調として赤が効果的に使われ、様々なエピソードは具体的に描かれていましたが、巧みな舞台転換で処理され理解しやすかったです。照明も的を射ていました。
神奈川県民ホール《金閣寺》DSC_3689 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)
他の登場人物と比べて歌う量が格段に多い溝口役を演じたのはバリトンの宮本益光。艶のある暗めの声で主人公の心理を巧みに表現する歌唱、そして特に最後の放火の場面では、世界を敵に回して戦うような迫力がありました。
神奈川県民ホール《金閣寺》DSC_8419 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)
次に印象に残ったのが柏木役の鈴木准です。松葉杖を使った演技が素晴らしかったですし、邪悪で魅力的な柏木の雰囲気が良く出ていました。この役はテノールにしてはあまり映えない音域で書かれているのでは?と思いましたが歌も表現力があり良かったです。
神奈川県民ホール《金閣寺》DSC_8145 © Naoko Nagasawa (OPERAexpress)
父親役の黒田博、鶴川役の与那城敬はさすがの演唱でした。母役の飯田みち代と若い男役の高田正人は濡れ場の演技をしながらの歌唱が迫真の出来。道詮和尚の三戸大久は容姿も声も役柄にぴったりでした。生け花の師匠である女役の吉原圭子は所作が美しく、娼婦役の谷口睦美は雰囲気のある演技、有為子役の嘉目真木子は凛とした美しさでした。

このオペラでは特に重要な役割を担う合唱は舞台上には配置されず、舞台裏から音響を補強しての歌でした。下野竜也の指揮する神奈川フィルハーモニー管弦楽団はクリアな音で迫力のある演奏。素晴らしかったです。

今回の公演は、プログラムが大変良く出来ていて、田尾下哲による演出プランに関する説明、片山杜秀による音楽と作品の解説、そして三島由紀夫文学館館長・作家の松本徹による三島由紀夫の『金閣寺』に関する文章など大変読み応えのある内容でした。事前のレクチャーなども数多く行われたようで、そのことにより20世紀の日本人作曲家のオペラを上演する意義が深まったことと思います。黛敏郎の精緻な自筆譜が劇場ロビーに展示されていたのも興味深かったです。
(所見:12月6日)

文・井内美香 reported by Mika Inouchi / photograph:Naoko Nagasawa


《金閣寺》

全3幕/新制作/ドイツ語上演(日本語字幕付)
作曲:黛敏郎
原作:三島由紀夫
台本:クラウス・H・ヘンネベルク
2015年12月5日(土)・6日(日)各日15時開演
神奈川県民ホール 大ホール

初演:1976年6月23日ベルリン・ドイツ・オペラ

指揮:下野竜也
演出:田尾下哲

出演:
溝口:小森輝彦(12/5)/宮本益光(12/6) (※溝口役のみダブルキャスト)
父 : 黒田博
母 : 飯田みち代
若い男 : 高田正人
道詮和尚 : 三戸大久
鶴川 : 与那城敬
女 : 吉原圭子
柏木 : 鈴木准
娼婦 : 谷口睦美
有為子 : 嘉目真木子

合唱:東京オペラシンガーズ
管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

装置:幹子 S.マックアダムス
衣裳:半田悦子
照明:沢田祐二
音響:小野隆浩

合唱指揮:安部克彦

ドラマトゥルク・字幕:長屋晃一
所作指導:市川笑三郎
原語指導:ミヒャエル・シュタイン
台本翻訳:庭山由佳

主催:神奈川県民ホール[公益財団法人神奈川芸術文化財団]

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